いしものがたり

午後野つばな

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「王が訊ねておられる。なぜお前がこれを持っている? 答えよ」
 マーリーン公に指示された兵士がヒースの口にはめていた布を外す。その瞬間、ヒースはメトゥス王に飛びかかった。が、すぐに鎖がぴんと伸びきって跳ね返されてしまう。
「やめろ……! その石に触るな……!」
 必死に抵抗しながら、ヒースはシュイの石を取り戻そうとする。マーリーン公はそんなヒースを冷たく眺めた。
「素直に答えるわけがないか。もうよい、その布をはめよ」
 兵士が再び布を手に近づく姿を見て、ヒースはぎくりとした。
「頼む、その石を返してくれ……! それは大切なものなんだ……!」
「こいつ暴れるな!」
 二人がかりで押さえ込まれ、ヒースは口に布をはめられてしまう。もはやヒースの存在など目に入らないメトゥス王に、マーリーン公がささやいた。
「これさえあればひとまずは他国への牽制になりましょう。ですが、貴石一粒では時間稼ぎがせいぜいです。すぐに新たな貴石が必要になりましょう」
「うむ……」
 メトゥス王は大切そうにシュイの石を懐にしまうと、マーリーン公を見た。
「後は任せたぞ」
「はっ」
 螺旋階段を上っていくメトゥス王の背中を、ヒースは食い入るように目で追いかける。
 やめろ、その石を返せ……! その石はシュイのものだ……!
「こいつ、いい加減にしないか」
「……っ!」
 腹を木の棒で強く殴られ、涙が滲んだ。だが、口に布を噛んでいたおかげで悲鳴をシュイに聞かれずにすんだ。がくりとうなだれた額の傷口から流れた血が目に染みる。
「痛みを感じてないわけじゃないでしょうに、案外しぶといですね」
 ぞっとするほど冷たい声だった。虫けらを見るようなマーリーン公の目に、ヒースの心臓はぎゅっと凍りついた。実際王都側が村にしたことから考えても、彼らにとってヒースや他の者の命などはどうなっても構わないのだろう。
 ヒースの胸にやり場のない怒りと悲しみがこみ上げる。それは大切なものを無惨に奪われたやり切れなさと深い悲しみだった。
 ちくしょう……!
 そのときヒースは、震えるシュイに気がついた。
 シュイ……!
 シュイの顔色は真っ青だった。その場に立っているのもやっとの状態で、凍りついた瞳は何も映してはいないようだった。
 シュイ、大丈夫だ。こんなこと何でもない。
 ヒースは必死だった。身体の痛みなんて何でもない。ただ壊れたように立ち竦む幼なじみに、ヒースは心の中で必死に呼びかけた。たとえ言葉にしなくても、ヒースが知るシュイなら、きっと伝わると信じて。
 凍りついたシュイの瞳の奥に、何かがちらりと動いたのがわかった。その瞳が驚いたように見開かれ、ヒースを見て透明な膜が潤む。さっきまで血の気が引いていたシュイの頬にわずかな血色が戻り、ヒースはほっとした。
 そうだ、つらいなら顔を背けていればいい。お前なら俺が言いたいことがわかるだろう?
 ヒースたちは見つめ合うように視線を合わせる。そのとき、気持ちが通じ合ったようにふっと空気がゆるんだ。そんな自分たちのようすをマーリーン公が何かを考えるようにじっと眺めていることに、ヒースは気づかない。
「恐れ入りますが石さま、大切なご友人の方に、我々もこんな仕打ちをしたくはないのですよ」
 満足そうな笑みを浮かべるマーリーン公に、ヒースははっとなった。胸の中が不安でざわめく。
「我々は何よりもこの国のため、いま実際に苦しんでいる民のために仕方なく行っているのです。なに、あなたさまが涙の一粒や二粒、流してくれたらこんなことはすぐにやめさせましょう。すべてはあなたさま次第なのですよ。どうかよくお考えいただきますよう」
 マーリーン公が兵士に合図をする。シュイがはっとしたようにヒースの方へ近づこうとするのを、傍にいたフレデリックが制した。棒を振り上げた兵士の口元に微かな笑みが浮かぶのをヒースは見た。
「……っ!」
 何度も繰り返し殴打され、ヒースは逃げることもできない。ぐうっと喉の奥からおかしな声が漏れた。気丈にも意識を保っていられたのはそれまでだ。自分に向けられる容赦のない暴力をどこか他人事のように感じながら、やがてヒースは完全に意識を失った。
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