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石造りの地下牢はすきま風が入り込み、ひどく寒かった。そこはどこか塔の地下にあるようだった。寮に戻るとき、王室専用の兵士たちに取り囲まれ、ここに連れてこられたのは覚えている。捕まったときに頭を殴られ、意識を失ったことも。乾いた血が髪に張りつき、引き攣ったような感触があった。両腕には鉄輪がはめられ、そこから頭上に伸びた鎖がヒースの自由を奪う。
ここは……?
注意深く周囲のようすを窺いながら、ヒースは少しでも情報が探れないか試みる。試しに鎖を軽く引っ張ってみたが、がしゃがしゃと音が鳴るだけで外れそうになかった。
「おとなしくしてろ!」
牢番に怒鳴られ、ヒースは言うことを聞いた振りをする。いまは慎重に脱出する機会を窺うしかない。何としてもここから逃げ出さなければ……。
ランプの明かりと共に、誰かが石造りの螺旋階段を下りてくる。何気なく顔を向けたヒースは、そこに現れた顔を見て目を瞠った。
「おお臭い。この臭いはどうにかならないものか。臭くて鼻が曲がりそうだ」
この国の王であるメトゥス王とマーリーン公、そして彼らを守る兵士たちがヒースのいる地下牢に下りてくる。
「その者か」
「そうでございます」
メトゥス王はヒースを見ると、眉を顰めた。ヒースが武道大会で勝ち残り、一度接見したことなど覚えていないようすだった。
「まさかモンド村の生き残りがいたとはな」
「誠に。しかし今回におきましては、我々にとって幸運だったかもしれませんよ」
「うむ……」
マーリーン公の言葉に、王は不満を滲ませながらも渋々うなずいた。
「それで石さまは」
「いま護衛の者が連れて参ります」
シュイの名前に、ヒースははっとなった。
「やめろ! シュイは関係ない!」
がしゃんと鎖が鳴った。彼らに近づこうとする動きは、自らを拘束する鎖によって阻まれる。だが、それを見咎めた兵士が容赦なくヒースの肩を打ち据えた。
「無礼者! 王の御前だぞ!」
「……っ」
目が眩むほどの痛みに、ヒースは一瞬息ができなかった。手にした棒で何度も激しく打たれる。がっと鈍い嫌な音がした。続けて兵士が打とうとするのを、メトゥス王が止めた。
「もうよい。死んでしまったら元もこうもない。いまはな」
メトゥス王は悪臭に鼻を押さえながら、血を流し、傷ついたヒースを虫けらでも見るような目でちらりと見た。それはヒース一人の命などはどうでもいいと思っている口振りだった。
「はっ!」
メトゥス王の命令に、ヒースを打ち据えていた兵士はぴしりと直立する。ひっそりとした気配と共に、微かな物音が聞こえたのはそのときだ。薄暗い螺旋階段の壁に、ランプの明かりがぼうっと反射する。その中にシュイの銀色の髪が、整った顔立ちが浮かび上がるのを、ヒースは腫れ上がった目でかろうじて見た。
シュイ……。
ヒースは声を出すことができなかった。瞬きも忘れたように澄んだ瞳を凍りつかせたシュイが、ショックを受けたようすで鎖に繋がれたヒースを凝視している。その顔色はいまにも倒れてしまいそうなほど真っ白だった。微かに震える唇が言葉を紡ごうとするのを、ヒースは誰にも気づかれないよう瞬きをしてそっと制した。
違うよシュイ、お前のせいなんかじゃない。お前は何も悪くない。
ここは……?
注意深く周囲のようすを窺いながら、ヒースは少しでも情報が探れないか試みる。試しに鎖を軽く引っ張ってみたが、がしゃがしゃと音が鳴るだけで外れそうになかった。
「おとなしくしてろ!」
牢番に怒鳴られ、ヒースは言うことを聞いた振りをする。いまは慎重に脱出する機会を窺うしかない。何としてもここから逃げ出さなければ……。
ランプの明かりと共に、誰かが石造りの螺旋階段を下りてくる。何気なく顔を向けたヒースは、そこに現れた顔を見て目を瞠った。
「おお臭い。この臭いはどうにかならないものか。臭くて鼻が曲がりそうだ」
この国の王であるメトゥス王とマーリーン公、そして彼らを守る兵士たちがヒースのいる地下牢に下りてくる。
「その者か」
「そうでございます」
メトゥス王はヒースを見ると、眉を顰めた。ヒースが武道大会で勝ち残り、一度接見したことなど覚えていないようすだった。
「まさかモンド村の生き残りがいたとはな」
「誠に。しかし今回におきましては、我々にとって幸運だったかもしれませんよ」
「うむ……」
マーリーン公の言葉に、王は不満を滲ませながらも渋々うなずいた。
「それで石さまは」
「いま護衛の者が連れて参ります」
シュイの名前に、ヒースははっとなった。
「やめろ! シュイは関係ない!」
がしゃんと鎖が鳴った。彼らに近づこうとする動きは、自らを拘束する鎖によって阻まれる。だが、それを見咎めた兵士が容赦なくヒースの肩を打ち据えた。
「無礼者! 王の御前だぞ!」
「……っ」
目が眩むほどの痛みに、ヒースは一瞬息ができなかった。手にした棒で何度も激しく打たれる。がっと鈍い嫌な音がした。続けて兵士が打とうとするのを、メトゥス王が止めた。
「もうよい。死んでしまったら元もこうもない。いまはな」
メトゥス王は悪臭に鼻を押さえながら、血を流し、傷ついたヒースを虫けらでも見るような目でちらりと見た。それはヒース一人の命などはどうでもいいと思っている口振りだった。
「はっ!」
メトゥス王の命令に、ヒースを打ち据えていた兵士はぴしりと直立する。ひっそりとした気配と共に、微かな物音が聞こえたのはそのときだ。薄暗い螺旋階段の壁に、ランプの明かりがぼうっと反射する。その中にシュイの銀色の髪が、整った顔立ちが浮かび上がるのを、ヒースは腫れ上がった目でかろうじて見た。
シュイ……。
ヒースは声を出すことができなかった。瞬きも忘れたように澄んだ瞳を凍りつかせたシュイが、ショックを受けたようすで鎖に繋がれたヒースを凝視している。その顔色はいまにも倒れてしまいそうなほど真っ白だった。微かに震える唇が言葉を紡ごうとするのを、ヒースは誰にも気づかれないよう瞬きをしてそっと制した。
違うよシュイ、お前のせいなんかじゃない。お前は何も悪くない。
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