いしものがたり

午後野つばな

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 夜の闇に紛れて、ヒースは東の塔の下にいた。
 メモなんかじゃだめだ。シュイに会って、本心を確かめる。
 塔は東棟より連絡通路が繋がっているが、当然警備が厳しく忍び込むのは不可能だった。だとしたら直接外からいくしかない。
 地上から塔を見上げ、高さを目で測る。当然足場などはなく、落ちたらただではすまない。ヒースはロープの先に石を巻きつけると、解けないか何度か引っ張って確かめた。ロープをひゅんひゅんと回すと、空に向かって一気に放つ。ロープの先についた石が窓の手すりに引っかかり、ロープがぴんと張った。何度かロープを引っ張り、解けないか確かめる。これは村にいたとき、足場がないような高い木に登るときに使った技だ。
 よしっ、大丈夫だ。
 深呼吸し、ロープを命綱に器用に塔の壁面を登っていく。村の子どもたちはたいてい木登りが得意だったが、その中でもヒースは群を抜いていた。もともと身体能力に優れていたのだろう、誰よりも上手に高い木に登ることができた。だが木登りとは違って、塔の壁は勝手が違った。しかも夕方に降った雨のせいで足場が悪く、滑りやすい。
 バルコニーの手すりにリボンが結ばれている。それはヒースのメモへの返信に、シュイが寄越したリボンだった。それが目印のようにひらひらと風にはためいている。
 あそこにシュイがいると思った瞬間、油断したのだろう、ヒースは足を滑らせた。身体がふわりと宙に浮き、ヒースはとっさにロープを強くつかんだ。
「……くっ!」
 ロープがぴんと張り、塔の壁面で宙づりになる。誰かが近づく気配がしたのはそのときだ。見回りの兵士だ。ヒースは息を殺したまま、その場にじっと固まる。
「どうした?」
「いや、いま何か物音が聞こえなかったか?」
「何も聞こえなかったぞ。お前の気のせいじゃないか?」
「そうかなあ……」
 声はヒースのいるすぐ下から聞こえた。万が一見つかったらおしまいだ。
 明かりが上空に向けられた。兵士が照らした明かりはヒースのすぐ横を通り過ぎる。ヒースの額に冷や汗が滲んだ。
「ほら、誰もいやしないだろ。いくぞ」
 明かりが消え、あたりは再び暗くなった。やがて兵士の気配が完全になくなると、ヒースは詰めていた息をほっと吐いた。
 危なかった。気をつけないと……。
 再びロープを登り、バルコニーに手をかけると、ヒースはひらりと身を踊らせた。物陰に潜み、慎重に中のようすを窺う。だが、部屋の中にいるシュイを見つけて、ヒースはとっさに声を上げそうになった。
 シュイ……!
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