いしものがたり

午後野つばな

文字の大きさ
上 下
44 / 108

3-16

しおりを挟む
 ヒースが緊張に汗を滲ませていることにも気づかず、オースティンは大したことじゃないぞと前置きしながらも、彼が知る昔話をしてくれた。
「俺の国にも同じような古い言い伝えがある」
「言い伝え?」
「そうだ。確かこうだ。遙か昔、世界のはじまりには龍がいて、自然界や人々の暮らしを守っていた」
「龍……?」
 ヒースの村にも龍神信仰はあった。かつてこの世界は龍神さまによってつくられたと信じられ、祀っていた。もちろんヒースもそうだ。だが、オースティンが語るのは、ヒースが思ってもみないような不思議な話だった。
「龍の傍らには石がいた。龍と石はいつも一緒で、片時も側を離れることはなかった。好奇心旺盛な石は、自分たち以外の世界があることを知り、龍には内緒でたびたび人間の世界をのぞき見る。そしてある日、自らも降り立った下界で一人の貧しい人間の少年と出会った。ひょんなことから少年の中に入った石は、帰り道を失い、不幸にもそのまま命を落としてしまった」
「ちょっと待て。石とは何だ? それは人間なのか? 第一、その石はどうして人間の少年の中に入ったんだ? すぐに龍の元へ帰ればよかったじゃないか」
「さあ、どうだったかな。ただの言い伝えだからな。俺の故郷では人間というよりかは、神話や伝説などに出てくる超自然的な存在とか、妖精のようなものだと考えられている。ある日、星が落ちるように生まれるのだと。その石もたまたまその少年の中に入って戻れなくなってしまったか、それともその中が気に入ったのか……」
 オースティンの話に、ヒースは眉を顰める。
 シュイは赤ん坊のとき、人がほとんど訪れることのない湖のほとりに捨てられていたのを、薬草を採取していた老婆に拾われた。シュイは確かにヒースたちとは違っているところもあったが、普通の人間だ。オースティンの話す石と自分が知る幼なじみの少年の姿が一致せず、ヒースは一人じっと考え込む。
 そのときふと視線を感じた。こちらをじっと見るオースティンを前に、話の腰を折ってしまったことに気づいたヒースは、胸に沸いた疑問をいったん封じ込め、「すまない、話を続けてくれ」と促した。
「ともかく、石の死を知った龍は嘆き悲しんだ。その悲しみと怒りは深く、世界を滅ぼすと思われたほどだった。山は崩れ、あふれた川の水は人間が暮らす村を襲い、人々を呑み込んだ。災厄は100日間続いた。101日目の朝、龍は自らの身を喰い、永遠に続くかと思われた災厄はようやく収まった。龍の元を離れた石はやがて転生を繰り返す。いつか再び龍の元へと戻れることを願って――。つまりは創世記と呼ばれるたぐいの話だな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...