いしものがたり

午後野つばな

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 その晩、ヒースは夢を見た。
 森の中に二人の子どもがいる。一人の子どもは泣いていて、もう片方が相手の子どもを慰めていた。
 ――ああ、これは故郷の夢だ。そしてあの子どもたちは自分たちだ。
 懐かしい記憶に、ヒースは胸を詰まらせながら、彼らから離れた場所でその光景を切なく眺めている。これが夢だと忘れてしまうほど、それはリアルな感触だった。
 木々のざわめき。森の中の小さな獣が移動する微かな足音までが感じられる。落ち葉の濡れた感触と、むっとした土の発酵する匂い。こうしていると、静謐な山の空気までが実際に肌に感じられる気がした。すべてがあまりに現実的で、ヒースは子ども時代の自分に戻って泣きたくなった。懐かしい故郷の景色がそこにはあった。
「シュイ、泣いたらだめだ」
 幼さが残る自分の声が聞こえ、ヒースは再び意識を子どもたちに引き戻した。
 銀の髪を顎の長さに切り揃え、いまにも零れ落ちそうな涙を瞳にたたえている子どもは在りし日のシュイだ。あふれるように零れた涙が、ふっくらとした幼い少年の頬を濡らした……、とそのとき、不思議なことが起こった。透き通った涙はきれいな円をつくると、次の瞬間硬質な石に変わって、シュイの瞳からころんと転がり落ちた。
「あっ」
 そのとき言葉を発したのは、幼いときの自分だろうか、それともそれを眺めているいまの自分だろうか。
 一度我慢の決壊を越えた涙は次々とシュイの瞳から零れ、それはころころと透明な石になって地面に転がった。
「あーあ」
 呟いたのは、幼いヒースだ。子どもが驚いているようすは微塵もなかった。子どもは地面に落ちた虹色に輝く石を拾い集めると、泣いている幼なじみの顔の前に差し出した。
「シュイ、見て。シュイが流した涙の石だ。きれいだね」
 幼いヒースの言葉に、シュイが透き通った水色の瞳を向ける。長いまつげが濡れていた。冬の晴れた空のような色をした瞳が、光を浴びてきらきらと光る。それはいま幼いヒースが手にしている石と同じくらいきれいだった。
 幼いヒースはにっこりと笑うと、幼なじみの少年に片手を差し出した。
「だけど、これはきっと誰にも知られちゃいけないことだ。だからシュイ、約束して。誰にもこのことは言っちゃいけない。もしどうしても泣きたくなったら、ひとりで我慢しないでおれを呼ぶんだよ」
 シュイは瞼を拭うと、ヒースの手を取った。先ほど拾ったシュイの涙の石を、龍神が眠っているという言い伝えのある翡翠色をした美しい湖に沈める。幼い自分たちが手をつないで村へ戻る姿を、青年になった現在のヒースはじっと眺める。
 ――そうだ。これは俺たちに実際にあった出来事だ。この後俺たちはシュイが流した石を誰にも知られないよう、湖に沈めたのだ。何度も何度も。
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