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第131話 赤橙色の舞台で

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 目的の施設はバスから降りると、すぐ目に入った。
 バスの残していった排気ガスを洗い流す風に、聖は鼻をひくつかせる。

「潮風に混じって、柑橘類の香りがするような」
<イヌか、テメェは>

 スペイン東部にある都市バレンシアは、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸に囲まれた地中海のうち、バレアレス海に面している。豊富な海産物が獲れる一方で農業も盛んに行われており、なかでも柑橘類のオレンジが多く栽培され人気が高い。ただ、世界的に名の知られた「バレンシアオレンジ」と同じ都市名ではあるが、そちらの主な原産国は、アメリカ合衆国カリフォルニア州の、サンタアナである。

「スペシャルゲストって、誰のことなんだろう?」
<そういう表現使う場合、大抵はショボイよな>
 バレンシア入りして二日目、聖はバスを乗り継いで海岸近くにあるテニスクラブにやってきた。大会開催まであと三日。それまでの間は、大会側に指定された近隣のコートを使って練習ができる。場所は確保できたが肝心の練習相手がいなかった聖は、日本にいる奏芽かなめに相談することにした。すると奏芽から「当方にてスペシャルゲストをご用意しました」と、畏まった風に言われた。詳細については会ってのお楽しみということで、誰が来るのかあれこれ考えながら、聖は当日を迎えた。

「さすがに早く着き過ぎたかな」
<一度のやらかしでビビりすぎだろ>
 約束の時間は午前8時だが、まだ1時間以上は余裕がある。モザンビークでの経験から、バスを使うときはつい、早めに行動してしまうクセがつきつつあった。営業時間前だったため入口が閉まっており、どうしたものかとウロウロしていると、聖に気付いたスタッフが招き入れてくれた。聖がバレンシアオープンの参加選手であると知るや、スタッフからコートに入って構わないと言われたので、お言葉に甘えることにする。とはいえまだ一人なので、周りをランニングしたり、動的ストレッチをするなどのウォーミングアップをして時間を潰すことにした。

「空と海の青さに、コートの赤色が映えるなぁ」
<テニスとかどうでもいいから観光しようぜェ~>
 コートよりも高台にあるクラブハウスからは、朝日に照らされた美しいバレアレス海と、眼下に広がる多数のテニスコートを一望できる。コートは全て、煉瓦を砕いて造られたアンツーカーと呼ばれる人工土のサーフェス、赤橙色の土レッド・クレーだ。バレンシアオープンのコートサーフェスは、このレッド・クレーとなる。色合い的には、レッドというよりもオレンジに近い。四月頃から徐々に、テニス界はクレーコートシーズンへと移行してゆく。大半の大会が、グランドスラムの一角であるローラン・ギャロスに向けた前哨戦的な位置づけとなり、多くの選手がこの時期から、白いソックスを赤橙色に染め上げていくこととなる。

「ATCにもあったけど、同じレッドクレーなのに質が違う気がする」
<勘違いか気のせい、もしくは思い過ごしだな>
 気候のせいか、それとも色が同じだけで別物なのか、聖はその僅かな感触の違いを確かめながらウォーミングアップする。アドがいうように気のせいかもしれない、というレベルではあるが、日本でやったことのあるレッドクレーよりも、こちらの方が乾いている印象だ。フットワークのブレーキをかけたときに、どうしても足が滑ってスライドしてしまう。

「スペインの選手は、小さい頃からこれに慣れ親しんでいるんだもんな。ハードコートと違って反発力を利用できないから、ダッシュもブレーキも、しっかり自分の脚力を使わないといけない。そりゃ、フットワークが鍛えられるわけだ」
<人はそれを、無いものねだりと呼ぶンだぜ>
 芝生グラス、ハード、クレー。テニスではサーフェスが変わると、プレーに求められるものが大きく変わる。そのなかでもレッドクレーは、ハードコートと比較するとボールの跳ね方が高くなり、球足が遅くなるという特徴を持つ。その為、ラリー戦になりやすく、ポイント毎のやりとりが多くなり、比例して試合時間も長くなる。勝利するには確かなフィジカルと、接戦を耐え抜くメンタルが不可欠だ。テニス大国スペインは、このクレーコートによって育まれているといっても良いだろう。

「よぉ、気合入ってるじゃねぇか」
 コートの外から、男の低く太い声がする。
 振り向くと、険しい顔つきの黒鉄徹磨くろがねてつまが立っていた。

「ガ、いや、黒鉄さん!?」
「言い直さなくても、ガネでいいぞ」
<オエ~! ホラやっぱりロクでもねェ! 期待しなくて良かった! クソが!>
 上下黒いウェアの徹磨は、黒獅子のような厳つい雰囲気をまとっている。以前会ったときよりも、ひと回りほど身体の厚みが増している気がした。コートに入ると、荷物も置かずまっすぐ聖の元へやってきて、我慢できなかったのかニカッと破顔して、聖の手を取って握りこむ。ガッシリとしたその手の厚みは、乱暴さがありながらも、頼もしさを感じた。

「へぇ、プロっぽい身体つきになったな。まだまだ細ぇけど」
 遠慮なく聖の二の腕を掴み、品定めするようにいう徹磨。
 身体をあちこちまさぐられながら、聖がどうにか挨拶を返す。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
<オメェはゴリラの遺伝子でM.O手術でも受けたンか?>
 アドの言葉と横腹を触られたタイミングが重なり、思わず変な声が出る。

「よし、前のリベンジマッチやろうぜ。3セットな」
「え、今からですか?!」
「逃げんのか?」
 徹磨は素早く聖の首に腕を回し、絶対に逃がさんぞという構えだ。
 直接会うのは二回目だが、不思議とそんな気がしない。

「いや、そういうワケでは」
 聖としては、徹磨のような選手と練習できるのは願ってもないことだ。去年は聖が徹磨に勝っているが、聖の主観では勝ったつもりなど毛頭ない。開始から能力全開だったうえに、ルール的にも聖が有利な条件だったと思う。だから徹磨がリベンジマッチを望むのなら、いくらでも受けるべきだと考えている。とはいえ、いくらなんでも急すぎて、さすがに即答できなかった。

「ハッハッハ、冗談だよ。ま、やるにはやるが、あとでな。時差ボケきっちり直して、お互いクレーにフィーリング合わせてからだ。にしてもオマエ、マジで強くなったな。そりゃ強いのは知ってたけどよ。まさかプロテスト使わずにオールカマーズ路線で行くとはな。顔に似合わず漢気あるじゃねぇの。んで? 愛しの素襖とはどうよ、もうヤったんか?」
 ゴツくて太い腕を首に回したまま、徹磨はあれこれ捲し立ててくる。傍から見るとガラの悪い不良に絡まれているような恰好にみえるが、聖はなんだか、特大サイズの大型犬にじゃれつかれているような気分だった。

「コラぁ! 後輩をイジメんなよぅ!」
 不意に、舌っ足らずな女の声が響く。
 聞き覚えのあるその声がする方へ向くと、頬を膨らませた鈴奈が立っていた。
 そしてその横には、笑顔を浮かべながら手を振っているミヤビの姿もある。

「スズさん、と、ミヤビさん!?」
 青い空と海を背にした二人の笑顔が、やけに眩しく見えた。

           ★

「テメェら、くっちゃべりに来たのか!? 使える時間は限られてんだぞ!」
 ミヤビと鈴奈に再会して、近況報告に花が咲きそうになったところを、徹磨が鋭く諫めた。聖としては、久しぶりに会う徹磨とももっと話がしたかったし、ATCを離れたというミヤビの話も聞きたかったし、アゼルバイジャンで結局話のできなかった鈴奈とも話がしたかった。だが徹磨の言う通り、自分たちはここへ同窓会をしに集まったのではない。

<真っ先にじゃれついてきたヤツのセリフとは思えねェけどな>
 アドのツッコミには胸中で同意しつつ、聖は気持ちを切り替え、練習に励んだ。
 練習を終えると、4人はクラブハウスのオープンテラスで昼食をとることにした。


「同棲!? ミヤビさんが、蓮司と?」
「いや、その、同棲じゃなくて。同じ家に住んでるだけっていうか……」
「同棲だろそれ」
「同棲じゃーん」
<同棲じゃねェか、何いってンだこの淫乱>
 ミヤビのカミングアウトに驚いたのは聖だけで、徹磨も鈴奈も既に知っているようだった。先輩二人からいじくり倒されるミヤビは、なんだか聖の知らない一面がみられて面白い。事情を要約すると、何やら蓮司が原因であるということは分かった。二人はATCを離れたあと、二月にプロテストを受験して合格し、聖と同じように春からプロ登録しているのだという。聖と違って日本テニス協会からの支援を受けられる立場ではあるが、それでも活動費を維持するのは大変らしい。二人で力を合わせながら、試合へ出場しつつイベント等の仕事をこなしてやりくりしているのだという。聖が目の前のことで手一杯になっている間、当然ながら他の人はそれぞれの人生を歩んでいる。そんなことは改めて考えるまでもなく分かり切ったことだが、それでもやはり驚いてしまう。ミヤビの状況もそうだし、徹磨もそうだ。そして、聖は気付かれぬよう、ミヤビの隣にいる鈴奈へ視線を向けた。

「ホント、甲斐甲斐しいったらないよ。ミヤって世話焼き女房だよねぇ」
 ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべながら、鈴奈がミヤビをちょくちょくといじっている。その様子は、聖の知っている鈴奈と変わらない。そのことに安心を覚える一方で、しかしそれが却って、アゼルバイジャンでの彼女の態度と食い違う。あのとき、彼女が浮かべていた冷めた表情が、聖の脳裏に蘇る。

(ガネさんとミヤビさんがその話に触れないのは、なんでだろう)
 デリケートな話題であることは、重々承知している。だからこそ、二人があえてそれについて無視している可能性は高い。同性であるミヤビはきっと、既に鈴奈と何かしら話をしているはずだ。だとすれば、自分が事情を知らないからといってこの場で尋ねるのは、寝た子を起こすようなもの。

<気になるならストレートに聞けよ、このムッツリ>
 アドは簡単に言うが、そういうわけにはいかない。そもそも、聖はどうしてその話に自分が固執するのか、自分でも理由が分からない。普通に考えれば、鈴奈は選手として実績を出す為に、より最適な選択をとっただけのこと。尋ねれば多少は彼女なりの思いも答えてくれるだろうが、それを聞きたいのは聖の個人的な感情に過ぎない。なぜ、気になって仕方がないのか。

 鈴奈が、彼女が自分の元ペアだからか?
 普段ムードメーカーを買って出る、面倒見の良い先輩だからか? 
 或いは、自分は彼女に、特別な何かを期待しているのだろうか?

(僕はスズさんの事情を知ってどうしたいんだ? なにができるわけでもないのに。自分が知らないことだからとにかく知りたいっていう、結局これは、ただの下世話な好奇心なんじゃないか)

 着地先が定まらない思考が空転し、それが自己批判に向き始めた時だった。

「いや、オレとコイツの他には、金俣かねまたさんとトグさんも出るぜ」
 徹磨が気になる人物の名前を口にする。
 バレンシアオープンへ出場する、他の男子日本勢の話だ。
 出た名前を耳にするや、女子二人がそれぞれ反応を示す。

「そうなんだ~。じゃあ聖くんとトグさんが当たったら、リベンジマッチか」
 ミヤビが言いながら、チラリと聖に視線を投げて寄越し、目が合う。
 もちろん、それが意図するのは、渡久地とのリベンジマッチに関してではない。

「カネヤンも出るのかぁ。合流したくないナ~。トグっちゃんは良いけどサ」
 鈴奈が頬を膨らませ、露骨に嫌そうな態度を見せる。

 金俣剛毅かねまたごうき。ATC所属の現役の選手で、現在は徹磨を抜き、世界ランク53位で男子日本勢第1位。マイアミで参加したジュニア団体戦では監督を務め、準優勝へ導いた。自他ともに認めるストイックな性格で、馴れ合いを好まない。サポートスタッフは必ず自身で選出しており、海外の者が大半を占める。聖にとっては身近なプロ選手だが、彼以上に近寄り難い雰囲気を放つ者を他に知らない。

「最近の若いヤツらは薄情だなぁ。マイアミじゃ金俣サンが監督だったんだろ? あの人、基本的にはクソほど厳しいけど、言ってることもやってることも間違ってないぜ。そりゃたまに極端だけど。でもあれは、自分の甘えを律するために、わざとあぁしてんだよ。今ドキ貴重だぜ、あんな風に厳しい態度とれる人ってのは。好きになれとは言わねーけど、リスペクトはあっても良いんじゃねぇか」
 徹磨はそんな風に金俣について語る。確かに、金俣のストイックな言動や態度を好意的に見ればそう捉えることもできる。常に自分が掲げた目標への最短距離を目指し、余計なものは全て削ぎ落そうとする彼の姿勢は、一部の選手から支持されているし、ファンもいる。しかし、

――君とミヤビの誘拐の件、監督の金俣は把握していたようだ

 マイアミからの帰国間際、聖はジオからそう伝えられた。聞いたときは驚いたが、そう思えなくもない心当たりは確かにあった。聖とミヤビが誘拐されたとき、日本のメンバーたちには「二人とも食中毒にあたった」という説明がされたのだと聞いている。誘拐から解放されたあと、二人が本当に病院へ運ばれたのは偶然で、聖は能力の使用による代償、ミヤビは極度のストレス状態からの解放と疲労が原因だった。それをさも「食中毒だった」という事にして体裁を整えたのだ。復帰したあと、金俣からは「食事には気をつけろといったはずだ」と注意されたぐらいで、それ以外の言及はなかった。また、二人を救出してくれたイタリアンマフィアのリッゾから「誘拐の件は他言無用」と厳命されていた二人は、その状況を自分に都合よく解釈した。しかし振り返って考えてみると、不自然さは拭えない。

(多分、金俣さんも、自分は誘拐の件を知らない、って事にしたかったんだろうけど)
 金俣が誘拐の件を把握していたのだとすると、聖とミヤビは誤魔化せたのではなく、見逃されたということになる。あの時はその方が都合が良かったのでそのままにしていたが、疑問が解決されたわけではない。そもそも何故、金俣は誘拐の件を把握していたのか。把握していて尚、言及しなかった理由はなんなのか?  彼は一体、何をどこまで知っているのか? あれこれ考えるが、当然答えは出てこない。しかし考えることを止めることはできない。思考の沼にハマっていくと、つい聖は会話から外れがちになり、曖昧な相槌を打つだけになっていく。

 そして、そんな聖の様子を、鈴奈だけが見とめていた。

           ★

 ATP250バレンシアオープン初戦当日

「Game and Set Match,Wakatsuki. 4-6、7-6、7-6」
 主審のアナウンスが流れ、会場が歓声に包まれる。

(キッツかった! ホントにダメかと思った!)
 勝利した直後、聖は思わずコートの上で倒れ込みながらそう思った。全身から噴き出した汗のせいで、コートの土塗れになっているが、そんなことはお構い無しだ。まだ初戦だというのに、全身全霊、文字通り死力を尽くして決勝戦を戦い抜いたあとのようだった。

「やるなぁ、おまえ」
 対戦相手がわざわざ聖の元までやってきて、手を差し伸べてくれる。聖はその手をとって起き上がり、汗や汚れも気にせずハグをして互いの健闘を讃え合う。疲労困憊で苦悶の表情を浮かべっ放しの聖に対し、対戦相手の方はいっそ清々しいまでの笑顔を見せている。今日初めてお互いに顔と名前を知り合った仲だったが、3時間以上の激闘を経て、2人は数年来の友人同士であるかのような親近感を覚えていた。

「聖、おめぇマジでやるなぁ!」
 コートを去り、控室に戻ったところに迎えてくれた徹磨も、自分事のように祝福してくれた。能力リザスを使っての勝利ではあったが、時間が経つに連れて、聖のなかにもタフマッチを制した喜びが徐々に広がってくる。試合をしていて感じたが、やはり聖がリザスを使うとき、相手の調子は崩れることがない。それどころかむしろ、さらなる底力を発揮してくるように思える。そう思えたからこそ、聖も遠慮せず自分の意志でリザスを使うことができた。

(それにしても、大会グレードが上がったせいもあって、相手のレベルは段違いだ。今日勝てたのは、リザスに加えてちょっと運が味方したからに過ぎない。さすがにもう、リザスと僕の実力だけじゃ追いつかないレベルになってきた。そうなると、この後は常に撹拌事象が起きてくれなきゃ、この大会で優勝するのは無理な気がする。でも)
 シャワーを浴びながら聖は考える。
 汗と土と余計な考えを、全部まとめて洗い流していく。

(でも、別に良いんだ。僕の目的は、この大会で優勝することじゃない)
 自分の決意を引き締めるように、ノブを捻って湯を止めた。

(この大会が終わったら、ハル姉と少し話をしてみよう)
 上部大会であるATP250バレンシアオープン。ひとまずその参加へと漕ぎ着け、聖はどうにか初戦を突破できた。全てが自分の実力ではないにせよ、全ては自分の決断と行動の結果であるのは確かだ。初めは勢い任せで伝えてしまった「春菜に相応しい選手になる」という曖昧な目標だったが、そろそろ、それを具体的なものにしなければならない。それには、聖だけでなく、春菜の意見も聞いておきたい。恐らく春菜にこのことを話せば、あぁしろこうしろとは言わないだろう。どんな風に切り返してくるかは、おおよそ予想がつく。しかしだからといって、自分でゴールを決めてしまうのもなんだか違う気がする。それに、聖が虚空のアカシック・記憶レコードからこの能力を授かった理由について、朧気ながらその役割を理解しているつもりだ。自分が何のためにテニスの世界へ挑んだのか、あるいは導かれたのか。その辺りをハッキリさせておく必要があると考えていた。

「ハァ!? オイ、そいつぁマジなんだろうな!?」
 タオルで身体を拭いていると、ロッカールームから徹磨の怒鳴り声が聞こえた。見た目と言い、声といい、喋り方といいほぼ全てが厳つい徹磨が怒鳴ると、結構な迫力がある。本人はそれを自覚して、わざと冗談で使ってくることがあるのだが、熊にじゃれつかれるような感じがして、聖は冷や冷やしてしまう。だが今の声は、そういう冗談ではない、なにかただならぬ気配を感じさせた。

「ガネさん、どうしたんです?」
 タオルを巻いてから、ロッカールームへ戻る聖。
 通話を終えたらしい徹磨は、片手の端末を見つめている。

「トグさんが」
「え、渡久地さん?」

 徹磨は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、こう続けた。

「ドーピング違反が見つかったってよ」

                              続く
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