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第115話 進む道に差した影
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モザンビークのオールカマーズ、挑戦者決定戦。聖は首尾よく勝ち進み、決勝戦へと駒を進めた。次の試合に勝てば、前年度のチャンピオンである渡久地菊臣が待つ、オールカマーズ・ファイナルに挑むことができる。
聖の対戦相手は、アゼルバイジャンという日本ではあまり聞きなれない国の選手が相手だった。試合前日の夜、聖は自分なりに対戦相手のことを調べてみた。しかし相手も聖と同じような駆け出しの選手で、これといった情報が出てこない。どうしたものかとホテルの部屋で思い悩んでいると、渡久地が夕食に誘ってくれて、そこでアドバイスをくれた。
「身長はお前よりひと回り小さい。だが、打てる球は全部攻撃するタイプだ。好き放題打たせて調子に乗せると、そのまま押し切られかねない。気持ちよく一撃で決めさせず、兎に角返して、相手が息切れするまで辛抱強く堪えろ。そうすりゃ勝てる」
バスのトラブルから助けてもらって以降、聖は渡久地と交流を深め、今ではすっかり先輩と後輩の間柄になった。なんでも渡久地いわく、ベスト8まで勝ち上がった選手については、あらかた選手情報を押さえているという。
「親切心だけじゃないさ。聖が勝ち上がった方が、オレが優勝しやすい」
渡久地はそんな風に言ったが、後輩である聖を気にかけてくれているのは明白だった。対戦相手に関する情報、世界を転戦する過酷さ、プロ選手としての心構えなどなど。先輩として活躍している渡久地から、聖は色々な話を教えてもらった。その甲斐あってか、翌日の挑戦者決定戦決勝を、聖は見事に制した。
試合序盤は渡久地が言っていた通り、聖は終始相手のパワーに押され、守勢を強いられてしまう。アグレッシブな相手のプレーに圧倒されたが、聖は渡久地のアドバイスに従い、どれだけ攻撃されても、どれだけエースを決められても、とにかく一本多く返球することに努めた。やがて相手にミスが出始めると、聖は冷静に相手の弱点を見極め、ジリジリと差を詰めて遂には逆転勝利を収めた。
「よくやったぞ、真面目クン!」
「決勝もガンバレよ! 次もお前に賭けるからな!」
「オイ、こっちにもサインくれ!」
試合後、ファンサービスを求める観客に、聖は不慣れながらも応えた。日本と違うからなのか、それともこれがオールカマーズであるがゆえなのか、観客の雰囲気はなんとなく全体的に荒っぽい。対戦相手に賭けていたであろう客からは、いくつか罵声が飛んできたものの、自分が思っていたよりもあっさりと聞き流すことができ、聖は自分でも驚いた。
<オレ様のお陰だな>
(あぁ、それはあるかもしれない。マジで)
会場でシャワーを浴びてからホテルへと戻ると、聖は食事をしに町へ出た。アフリカを訪れて一週間と少し。なんとなく町の雰囲気にも慣れてきたなと、聖はアフリカの乾いた風を感じながらぼんやりと思う。住み慣れた国とは違う、異質な空気と文化。何万年前という気の遠くなる昔、人類はこのアフリカの地から始まったという。その事について、なにか特別に実感がわく、などということはないのだが、それでもぼんやりと感慨深さのようなものを覚える。もしかすると、自分を構成する遺伝子のどこかに、この地に関する記憶かなにかがあったりするのだろうか。そんなことを思いながら、聖はマプートの町なかを歩いた。
★
モザンビーク共和国は、アフリカ大陸の南東に位置する。インド洋に面した海岸線を南北に延びる縦長の地形で、十六世紀頃からポルトガルに統治された。アラブ地域をはじめとしたインド、ペルシア、中国との交易拠点として発展してきた国だ。十九世紀末期には二十年以上内戦が続き、現在でも街にはその爪痕が散見される。かと思えば、ポルトガル植民地時代のコロニアル様式などの建築物や、パリのエッフェル塔を設計したグスタフ・エッフェルをはじめとした当時の著名な建築家たちが残した欧州風の建造物が、街に彩りを与えている。混乱とかつての繁栄の雰囲気と、経済的な急成長に伴い整備された近代的なビル群が同居する、異文化の闇鍋のようなところだった。
そんな町なかを、聖は一人でブラついてみる。既に夕刻を過ぎていたが、繁華街であればさほど治安は悪くない。屋台の立ち並ぶマーケットで適当に買い物をし、日本でいうフードコートのようにテーブルや椅子が雑然と並んだ広場に陣取り、買い込んだ夕食を食べ始めた。
<それ、美味いのか? イモのペーストだっけか?>
食事をする聖に、アドが尋ねてくる。
「トウモロコシだよ。粉末にしたものを炊いたんだってさ」
聖が口にしているのは、モザンビーク周辺で主食となっているシマと呼ばれる食べ物だ。見た目はマッシュポテトのようで、味そのものはあまりない。おかずとして食べるペイシという魚のから揚げに、トマトと唐辛子のソースがかけられていて、一緒に食べると丁度よい味わいになる。
<そっちのドロドロしたやつは?>
「えーっと、マタパ、だったかな。キャッサバっていう芋とかカボチャの葉を、カニとかココナッツミルクと一緒に煮込んだやつ。スパイスが入ってるみたいだけど、辛くないカレーみたいだよ」試合後ということもあり、空腹だった聖は他にもアロースコンペイシやバジーヤなども買い、もくもくと食べていった。
<坊ちゃん育ちかと思ってたが、意外と適応力あンだな>
「もう一週間以上も経つし、さすがにね。最初はなんか匂いが気になったけど、慣れると全然いけるよ。なにより、ちゃんと食べないと力がでないし。そういえば、四日目の試合で身体に力が入らなかったのは、多分だけどご飯のせいだと思う」
<あぁ確かに、ありゃあスタミナ切れだったな>
モザンビークでの出来事を、聖はアドと振り返る。なるべく考えないようにしているが、もしアドの存在がなく、本当の意味で一人このモザンビークにきていたら、果たして聖は決勝まで勝ち残れただろうかと想像する。アドや渡久地の存在がもし無かったら。低ランクのプロテニス選手は、コート上でもツアーの転戦も、たった一人でこなさなければならない。そう考えると、自分がいかに恵まれているかということを聖は実感する。
夕食を済ませた聖はホテルへ戻り、シャワーを浴びたあと入念にストレッチを行う。モザンビークを訪れてから今日まで、あっという間だった。明日の決勝戦が終われば、ひとまず最初の海外ツアーは終わる。一旦日本へ帰国し、その後すぐにまた別のオールカマーズへと参戦する予定だ。明日の相手となる渡久地とは既に知り合い同士だが、今後の活動の為にも勝っておきたい。
<予選の最初の三日間は一日二試合の過密スケジュール、休息日も無かったし、身体の方はどうなンよ? やっぱメディカルケア専属のトレーナーとか雇った方が良いンじゃね?>
「それが理想だけど、今は無理だよ。ここと、せめてあともう一つか二つは勝たないと。ていうか仮に勝っても、経費を考えるとトレーナーは厳しいかな。スポンサーがつけば別かもしれないけどさ。それに、このぐらいのスケジュールをこなせないようじゃ、グランドスラムでは戦えないと思う」
<ケッ、なにいってやがる。まだATPポイントもついてねェ最底辺野郎が>
「渡久地さんとの決勝に勝てば、オールカマーズでもちゃんとポイントつくよ」
<いくつ?>
「……5ポイント」
<優勝で!? 少なっ!>
「いいんだよ、オールカマーズは賞金がメインなんだから」
<いくら?>
「約200万、日本円で」
<ンン? なんか聞いてたほどじゃなくね?>
「副賞があるんだよ。観客の賭け金総額で変動するから、なんともいえない」
<ざっくり平均でいくら入るンだよ>
「去年が150万、だったかな」
<幅があるにしても、総額で300万~400万か。それなら確かに破格だな>
「でしょ? 仮に300万だとして、色々経費を引いても150万くらい残る」
<でもポイント5か~。ゴミじゃん。デコピンで飛ばした銃弾食らって死ぬやつ>
「なに? わかんない」
<そういや、主催者推薦枠はねェのか?>
「モザンビークは無い。でも次に行く予定のアゼルバイジャンには、イスタンブールで開催されるATP250の主催者推薦枠が副賞にある。優勝できれば、だけどね」
<するだろ~。なンたってお前にゃアカレコ様がついてンだからよォ~!>
「それが、そう簡単にはできないよ」
そういうと、聖は自分のタブレット端末を取り出した。
「ただの偶然だろうけど、今日の相手がアゼルバイジャンの人だったの覚えてる?」
<あぁ、昨日オメーが選手の情報調べてンのに、やれアゼルバイジャンは天然ガスの資源が豊富だとか、地上に漏れ出たガスに火がついて長いこと大地が燃え続けてる『ヤナ・ルダク』が有名だとか、もしかすると試合中に相手がケツから火ィ噴いて加速してくるかもとか、クソどうでもいい情報しか探せなかったっけな>
「嫌味の為の記憶力凄いな。ていうか、後半はアドが勝手に言ってただけだろ」
うんざりしながら、聖は話を続ける。
「こっちが調べられないんだから、相手も調べられないはずだよなって思ってたけど、そんなことなかったんだ」
聖はタブレットを操作し、動画配信サイトをブラウザで立ち上げる。
ブックマークを開くと、マイアミの団体戦で撮影された動画が何本もあった。
どうやら、大会の公式チャンネルがアップロードしているらしい。
<おォ? なんだよ、割と良い画で撮れてやがンな。クソ生意気に>
動画サイトには聖たちが出場した全ての試合の他、個別のハイライトをまとめた販促用のようなショート動画もある。コメント欄には多様な言語で感想が寄せられており、大半が好意的なものに思えた。
「今考えても仕方ないけど、動画に残るの、ちょっと怖いんだよね」
聖は鈴奈と組んだミックスの試合を選択する。シークバーを動かし、ある時点から再生。暫く眺めるが、他人がパッと見ただけでは特に不自然な点は見当たらないはずだ。しかし、自分のプレーを把握している聖の目から見ると、その変化は明らかだ。急にプレーの質が上がっているとハッキリ分かる。
――そのうち、解き明かしてみせましょう
不気味で無機質なゴーグル越しから感じる、観察者の瞳。聖が倒れてラボに運ばれた日以降、聖は新星教授との接触は無い。そのせいもあって、危機意識がすっかり薄れていた。しかし聖は今、マイアミの大会を経てプロとなり、世間の表舞台に立つこととなった。まだ注目されるほどではないが、こうして少なからず映像は残る。そして自分と戦う相手は、必ず情報収集として動画を目にするだろう。
「撹拌事象は僕の意志と無関係だから仕方ないにせよ、自分の判断でリザスを使う場合は、しっかり使いどころを見極めないといけない。多分、これまで以上に」
明日対戦する渡久地は、間違いなく聖をしっかり調べているだろう。そして決勝の様子は、半永久的にオンライン上で保存される。それがどの程度のリスクを抱えているのか、聖にはまだ判断できない。
「ただでさえ、テニスはトーナメント形式なんだ。それも一つの大会に出場すると、大体一週間から十日間ぐらいはそこに出続ける。しばらくはモザンビークみたいに、予選で一日二試合こなす必要のある大会にも出なきゃならない。そうなると、おいそれとリザスを使うわけにはいかない。それに、動画として残るのがなんかこう、上手くいえないけどよくない気がする。変に目立つと危ないっていうか」
果たして、聖の特異性に気付く人間がどの程度現れるか。それは未知数だ。しかし、現にかなり早い段階で新星には目をつけられた。あれ以降特に何があるわけではないが、相手は世界的な科学研究組織であるGAKSOの重鎮だ。とても都合よく聖の存在を忘れてくれている、とは考えにくい。
<アホか、テメェは>
心底馬鹿にしたように、アドが吐き捨てる。
<目立つと危ない? なァにを寝ぼけてやがる。アスリートは目立ってナンボの商売だろうが。誰よりも派手に、誰よりも強く、誰よりも勝って、自分が最強であることを誇示する。結果はもちろん、時には態度や振る舞い、テメェのキャラクターで自分の存在を世界に知らしめるのが、プロのアスリートなンだよ。目立たず生きたいなら就職しろボケ>
「いや、あの、そういう話じゃ」
<そういうハナシさ。テメェは特に人とは完全に違うルート、言うなれば裏ルートから表舞台へ行こうとしてンだ。目的は愛しのお姫様と並び立てるに相応しい選手になることだろ? てことは、きっちり実績を打ち立てて、どうだこのオンナはこのオレのモンだって周りを黙らせる必要があンだよ。そのためには、周りがドン引きするぐれェ派手に勝ちまくって、世界中の注目の的にならなきゃダメなンだよ。誰もが羨む、輝かしい存在になるのが、オメェの役割だ>
捲し立てるように言うアド。いつものような軽口ではない。
正直、アドが何故ここまで熱弁を振るうのか、聖には分からない。
「でも、注目を浴びすぎたりすると、またマフィアとかそういうのが」
<心配すんな>
アドは聖の言葉を遮る。
<表舞台はオメーの仕事。舞台裏は、害虫駆除はオレがやる>
「害虫駆除? ごめん、話が見えないんだけど」
尋ねると、アドはピタリと黙り込む。奇妙な沈黙が、部屋に満ちる。
「アド?」
続きを促す聖。表舞台、舞台裏、害虫駆除。また何かの引用だろうか?
<あァ~! もうウルセェなァ! 明日は決勝戦なンだろが! あの先輩風吹かしまくってる幸薄イケメンぶっ倒して、賞金片手に日本へ凱旋すンだろ!? ゴチャゴチャ言ってねェでさっさとクソして寝ろボケ!>
珍しくアドの方からリンクを切ったようで、以降は応答しなくなった。仕方なく、聖はベッドに入って横になる。アドの言葉と態度は気になったが、疲れが溜まっているせいか、すぐにまぶたが落ちて、聖はモザンビーク最後の夜を過ごした。
★
「さぁやってきました、モザンビーク・オールカマーズファイナル! 前年度のチャンピオンは言わずと知れたこの男、本大会三連覇中でマプートの英雄、渡久地菊臣! 三年前の初優勝時、史上最悪のサイクロン被害に見舞われたモザンビークの首都マプートへ、獲得賞金の全てを寄付した偉大な男だ! 昨年末のオーストラリアで行われたアデレード・オールカマーズでは、同国日本のエースで後輩の黒鉄徹磨を破って優勝! 先月のオーストラリアンオープンでは、自身初の四回戦進出! そして対するは、なんとなんと、またもや日本の後輩が相手だ! 海外ツアー初参戦の新星、若槻聖! アデレードとは異なり、今回は渡久地がチャンピオンとして若槻を迎え撃ちます! 渡久地が先輩としての意地を見せるか! はたまたプロとして海外ツアー初参戦の若槻が、先輩を相手にいきなり大金星を上げるか! 注目の一戦です!」
二月中旬、南半球のモザンビークはオーストラリアと同じく、夏の盛りを迎えていた。照りつける太陽に目を細めながら、渡久地は額に浮いた汗を手の平でぬぐいとる。昨年の八月と九月はほとんどアメリカで過ごし、十一月にはオーストラリアへと移動した。そのためここ半年以上、どこにいてもずっと夏の陽射しを感じ続けている。とはいえ、アデレードで過ごしたときは、まるで氷の海のなかにいたような感覚だった。頭の芯から身体の隅々まで、血液が凍り付いていたんじゃないかと思う。
(そうか、ここの太陽はこんなに暑く、熱かったんだ)
渡久地はその艶やかな長髪を、頭の後ろで括る。ジャグに入れたドリンクをひと口飲むと、冷たく爽やかな味のする液体が胃の腑へと滑り落ちていく。光、味、風、音、匂い、全ての五感が恙無く、世界の存在を身体の内側へと教えてくれる。それは人間である以上、当たり前の感覚だ。しかし、その当たり前の感覚は、常に自分自身の身体の状態を渡久地に突きつけてくる。今の渡久地には、それが何よりも耐えられない。だから彼は、そのストレスから自分を解放してくれるとっておきの指輪を、ポケットに忍ばせる。
観客席は、声援と騒めきに満ちている。
ネットの向こう側には、最近知り合った年の若い後輩。
若槻聖は、真剣な眼差しを向けてくる。気負いは無く、驕りも無く、純粋な覚悟だけを映した瞳。遥か先にある夢に向かい、自分の持ち得る全てを賭けて、最初の一歩を踏み出したのだろう。幼い顔立ちはまだどこか頼りなく、危なげな印象はぬぐえない。しかし、それでも彼は、自らの足でこの道を進むだろう。その先で、何が彼を待ち受けているのかも知らぬまま。
(オレも、オマエと同じ道を歩んでいたはずなんだ)
二人の視線がぶつかる。若槻の瞳に宿る光が、渡久地の心にある影を照らす。ひょっとしたら、今ならまだそっちへ戻れるのではないか。そんな期待が膨らみかける。しかし、心のなかにいる冷静な自分が、すぐにその期待を踏み潰した。
(なにをしている。さっさと使え)
頭のなかで、自分とは異なる声が聞こえた気がした。渡久地のキャリアの生殺与奪を握る、あの男の声。ただの妄想だというのに、やけにハッキリと聞こえるのは、それだけ自分があの男に依存している証拠だろう。もしくは、自分の矜持を守るためか。あの男が命令するから、自分はそれを使う。だから、これは仕方のないことなのだ、と。
「渡久地さん」
自分の名を呼ぶ声に、思わずハッとする渡久地。
「今日はよろしくお願いします」
若槻が決然と、相手に対する敬意をもって頭を下げる。素知らぬ風を装い、挑戦者を迎え撃つチャンピオンのように振る舞う。自分でも、なんと応えたのか分からない。余裕をみせられただろうか。それとも、自身の企みを見透かされただろうか。分からない。分からないが、どうしても、いや、どういうわけか、渡久地は指輪をポケットに忍ばせたまま、ポジションへ向かう。
(いいさ、何も最初からでなくても。最後に勝てば問題ない)
選べるはずの選択肢を敢えて選ばなかったのは、余裕か、それとも躊躇か。
栄光と夢に向かい、歩んできたはずだった。才能に恵まれ、環境に恵まれ、数多くのチャンスをものにして、夢に続く扉を開いた。そして目指すべき栄光へと続く道を、真っ直ぐに進んでいたはずだった。しかし、いつの頃からか、歩くのが辛くなった。行けども行けども、目的地に辿り着かない。誰よりも一番前を歩いていたはずが、知らぬ間に周りから追い抜かれ、気付けば暗い道に迷い込んでいる。振り返っても、戻るには遅すぎた。もはや、進む以外に道はなくなっている。別の者が歩いている道は光り輝いて見えるのに、自分の歩く道には光がない。それどころか、周りの光が作る影で、自分の行く先が見えなくなっている。
「The best of 3 set match Wakatsuki service to play.」
空にある太陽がほんの一瞬だけ、風に流された雲に遮られた。コートの上に、影が落ちて闇が広がってゆく。世界が全部、影に染まってしまえば良い。そんな考えが、渡久地の胸によぎる。しかし、ネットを挟んだ向こう側を避けるように、影は自陣だけを暗くして、通り過ぎていく。
(……っ)
瞳に覚悟を宿した青年と、躊躇いを胸に秘める男。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
続く
聖の対戦相手は、アゼルバイジャンという日本ではあまり聞きなれない国の選手が相手だった。試合前日の夜、聖は自分なりに対戦相手のことを調べてみた。しかし相手も聖と同じような駆け出しの選手で、これといった情報が出てこない。どうしたものかとホテルの部屋で思い悩んでいると、渡久地が夕食に誘ってくれて、そこでアドバイスをくれた。
「身長はお前よりひと回り小さい。だが、打てる球は全部攻撃するタイプだ。好き放題打たせて調子に乗せると、そのまま押し切られかねない。気持ちよく一撃で決めさせず、兎に角返して、相手が息切れするまで辛抱強く堪えろ。そうすりゃ勝てる」
バスのトラブルから助けてもらって以降、聖は渡久地と交流を深め、今ではすっかり先輩と後輩の間柄になった。なんでも渡久地いわく、ベスト8まで勝ち上がった選手については、あらかた選手情報を押さえているという。
「親切心だけじゃないさ。聖が勝ち上がった方が、オレが優勝しやすい」
渡久地はそんな風に言ったが、後輩である聖を気にかけてくれているのは明白だった。対戦相手に関する情報、世界を転戦する過酷さ、プロ選手としての心構えなどなど。先輩として活躍している渡久地から、聖は色々な話を教えてもらった。その甲斐あってか、翌日の挑戦者決定戦決勝を、聖は見事に制した。
試合序盤は渡久地が言っていた通り、聖は終始相手のパワーに押され、守勢を強いられてしまう。アグレッシブな相手のプレーに圧倒されたが、聖は渡久地のアドバイスに従い、どれだけ攻撃されても、どれだけエースを決められても、とにかく一本多く返球することに努めた。やがて相手にミスが出始めると、聖は冷静に相手の弱点を見極め、ジリジリと差を詰めて遂には逆転勝利を収めた。
「よくやったぞ、真面目クン!」
「決勝もガンバレよ! 次もお前に賭けるからな!」
「オイ、こっちにもサインくれ!」
試合後、ファンサービスを求める観客に、聖は不慣れながらも応えた。日本と違うからなのか、それともこれがオールカマーズであるがゆえなのか、観客の雰囲気はなんとなく全体的に荒っぽい。対戦相手に賭けていたであろう客からは、いくつか罵声が飛んできたものの、自分が思っていたよりもあっさりと聞き流すことができ、聖は自分でも驚いた。
<オレ様のお陰だな>
(あぁ、それはあるかもしれない。マジで)
会場でシャワーを浴びてからホテルへと戻ると、聖は食事をしに町へ出た。アフリカを訪れて一週間と少し。なんとなく町の雰囲気にも慣れてきたなと、聖はアフリカの乾いた風を感じながらぼんやりと思う。住み慣れた国とは違う、異質な空気と文化。何万年前という気の遠くなる昔、人類はこのアフリカの地から始まったという。その事について、なにか特別に実感がわく、などということはないのだが、それでもぼんやりと感慨深さのようなものを覚える。もしかすると、自分を構成する遺伝子のどこかに、この地に関する記憶かなにかがあったりするのだろうか。そんなことを思いながら、聖はマプートの町なかを歩いた。
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モザンビーク共和国は、アフリカ大陸の南東に位置する。インド洋に面した海岸線を南北に延びる縦長の地形で、十六世紀頃からポルトガルに統治された。アラブ地域をはじめとしたインド、ペルシア、中国との交易拠点として発展してきた国だ。十九世紀末期には二十年以上内戦が続き、現在でも街にはその爪痕が散見される。かと思えば、ポルトガル植民地時代のコロニアル様式などの建築物や、パリのエッフェル塔を設計したグスタフ・エッフェルをはじめとした当時の著名な建築家たちが残した欧州風の建造物が、街に彩りを与えている。混乱とかつての繁栄の雰囲気と、経済的な急成長に伴い整備された近代的なビル群が同居する、異文化の闇鍋のようなところだった。
そんな町なかを、聖は一人でブラついてみる。既に夕刻を過ぎていたが、繁華街であればさほど治安は悪くない。屋台の立ち並ぶマーケットで適当に買い物をし、日本でいうフードコートのようにテーブルや椅子が雑然と並んだ広場に陣取り、買い込んだ夕食を食べ始めた。
<それ、美味いのか? イモのペーストだっけか?>
食事をする聖に、アドが尋ねてくる。
「トウモロコシだよ。粉末にしたものを炊いたんだってさ」
聖が口にしているのは、モザンビーク周辺で主食となっているシマと呼ばれる食べ物だ。見た目はマッシュポテトのようで、味そのものはあまりない。おかずとして食べるペイシという魚のから揚げに、トマトと唐辛子のソースがかけられていて、一緒に食べると丁度よい味わいになる。
<そっちのドロドロしたやつは?>
「えーっと、マタパ、だったかな。キャッサバっていう芋とかカボチャの葉を、カニとかココナッツミルクと一緒に煮込んだやつ。スパイスが入ってるみたいだけど、辛くないカレーみたいだよ」試合後ということもあり、空腹だった聖は他にもアロースコンペイシやバジーヤなども買い、もくもくと食べていった。
<坊ちゃん育ちかと思ってたが、意外と適応力あンだな>
「もう一週間以上も経つし、さすがにね。最初はなんか匂いが気になったけど、慣れると全然いけるよ。なにより、ちゃんと食べないと力がでないし。そういえば、四日目の試合で身体に力が入らなかったのは、多分だけどご飯のせいだと思う」
<あぁ確かに、ありゃあスタミナ切れだったな>
モザンビークでの出来事を、聖はアドと振り返る。なるべく考えないようにしているが、もしアドの存在がなく、本当の意味で一人このモザンビークにきていたら、果たして聖は決勝まで勝ち残れただろうかと想像する。アドや渡久地の存在がもし無かったら。低ランクのプロテニス選手は、コート上でもツアーの転戦も、たった一人でこなさなければならない。そう考えると、自分がいかに恵まれているかということを聖は実感する。
夕食を済ませた聖はホテルへ戻り、シャワーを浴びたあと入念にストレッチを行う。モザンビークを訪れてから今日まで、あっという間だった。明日の決勝戦が終われば、ひとまず最初の海外ツアーは終わる。一旦日本へ帰国し、その後すぐにまた別のオールカマーズへと参戦する予定だ。明日の相手となる渡久地とは既に知り合い同士だが、今後の活動の為にも勝っておきたい。
<予選の最初の三日間は一日二試合の過密スケジュール、休息日も無かったし、身体の方はどうなンよ? やっぱメディカルケア専属のトレーナーとか雇った方が良いンじゃね?>
「それが理想だけど、今は無理だよ。ここと、せめてあともう一つか二つは勝たないと。ていうか仮に勝っても、経費を考えるとトレーナーは厳しいかな。スポンサーがつけば別かもしれないけどさ。それに、このぐらいのスケジュールをこなせないようじゃ、グランドスラムでは戦えないと思う」
<ケッ、なにいってやがる。まだATPポイントもついてねェ最底辺野郎が>
「渡久地さんとの決勝に勝てば、オールカマーズでもちゃんとポイントつくよ」
<いくつ?>
「……5ポイント」
<優勝で!? 少なっ!>
「いいんだよ、オールカマーズは賞金がメインなんだから」
<いくら?>
「約200万、日本円で」
<ンン? なんか聞いてたほどじゃなくね?>
「副賞があるんだよ。観客の賭け金総額で変動するから、なんともいえない」
<ざっくり平均でいくら入るンだよ>
「去年が150万、だったかな」
<幅があるにしても、総額で300万~400万か。それなら確かに破格だな>
「でしょ? 仮に300万だとして、色々経費を引いても150万くらい残る」
<でもポイント5か~。ゴミじゃん。デコピンで飛ばした銃弾食らって死ぬやつ>
「なに? わかんない」
<そういや、主催者推薦枠はねェのか?>
「モザンビークは無い。でも次に行く予定のアゼルバイジャンには、イスタンブールで開催されるATP250の主催者推薦枠が副賞にある。優勝できれば、だけどね」
<するだろ~。なンたってお前にゃアカレコ様がついてンだからよォ~!>
「それが、そう簡単にはできないよ」
そういうと、聖は自分のタブレット端末を取り出した。
「ただの偶然だろうけど、今日の相手がアゼルバイジャンの人だったの覚えてる?」
<あぁ、昨日オメーが選手の情報調べてンのに、やれアゼルバイジャンは天然ガスの資源が豊富だとか、地上に漏れ出たガスに火がついて長いこと大地が燃え続けてる『ヤナ・ルダク』が有名だとか、もしかすると試合中に相手がケツから火ィ噴いて加速してくるかもとか、クソどうでもいい情報しか探せなかったっけな>
「嫌味の為の記憶力凄いな。ていうか、後半はアドが勝手に言ってただけだろ」
うんざりしながら、聖は話を続ける。
「こっちが調べられないんだから、相手も調べられないはずだよなって思ってたけど、そんなことなかったんだ」
聖はタブレットを操作し、動画配信サイトをブラウザで立ち上げる。
ブックマークを開くと、マイアミの団体戦で撮影された動画が何本もあった。
どうやら、大会の公式チャンネルがアップロードしているらしい。
<おォ? なんだよ、割と良い画で撮れてやがンな。クソ生意気に>
動画サイトには聖たちが出場した全ての試合の他、個別のハイライトをまとめた販促用のようなショート動画もある。コメント欄には多様な言語で感想が寄せられており、大半が好意的なものに思えた。
「今考えても仕方ないけど、動画に残るの、ちょっと怖いんだよね」
聖は鈴奈と組んだミックスの試合を選択する。シークバーを動かし、ある時点から再生。暫く眺めるが、他人がパッと見ただけでは特に不自然な点は見当たらないはずだ。しかし、自分のプレーを把握している聖の目から見ると、その変化は明らかだ。急にプレーの質が上がっているとハッキリ分かる。
――そのうち、解き明かしてみせましょう
不気味で無機質なゴーグル越しから感じる、観察者の瞳。聖が倒れてラボに運ばれた日以降、聖は新星教授との接触は無い。そのせいもあって、危機意識がすっかり薄れていた。しかし聖は今、マイアミの大会を経てプロとなり、世間の表舞台に立つこととなった。まだ注目されるほどではないが、こうして少なからず映像は残る。そして自分と戦う相手は、必ず情報収集として動画を目にするだろう。
「撹拌事象は僕の意志と無関係だから仕方ないにせよ、自分の判断でリザスを使う場合は、しっかり使いどころを見極めないといけない。多分、これまで以上に」
明日対戦する渡久地は、間違いなく聖をしっかり調べているだろう。そして決勝の様子は、半永久的にオンライン上で保存される。それがどの程度のリスクを抱えているのか、聖にはまだ判断できない。
「ただでさえ、テニスはトーナメント形式なんだ。それも一つの大会に出場すると、大体一週間から十日間ぐらいはそこに出続ける。しばらくはモザンビークみたいに、予選で一日二試合こなす必要のある大会にも出なきゃならない。そうなると、おいそれとリザスを使うわけにはいかない。それに、動画として残るのがなんかこう、上手くいえないけどよくない気がする。変に目立つと危ないっていうか」
果たして、聖の特異性に気付く人間がどの程度現れるか。それは未知数だ。しかし、現にかなり早い段階で新星には目をつけられた。あれ以降特に何があるわけではないが、相手は世界的な科学研究組織であるGAKSOの重鎮だ。とても都合よく聖の存在を忘れてくれている、とは考えにくい。
<アホか、テメェは>
心底馬鹿にしたように、アドが吐き捨てる。
<目立つと危ない? なァにを寝ぼけてやがる。アスリートは目立ってナンボの商売だろうが。誰よりも派手に、誰よりも強く、誰よりも勝って、自分が最強であることを誇示する。結果はもちろん、時には態度や振る舞い、テメェのキャラクターで自分の存在を世界に知らしめるのが、プロのアスリートなンだよ。目立たず生きたいなら就職しろボケ>
「いや、あの、そういう話じゃ」
<そういうハナシさ。テメェは特に人とは完全に違うルート、言うなれば裏ルートから表舞台へ行こうとしてンだ。目的は愛しのお姫様と並び立てるに相応しい選手になることだろ? てことは、きっちり実績を打ち立てて、どうだこのオンナはこのオレのモンだって周りを黙らせる必要があンだよ。そのためには、周りがドン引きするぐれェ派手に勝ちまくって、世界中の注目の的にならなきゃダメなンだよ。誰もが羨む、輝かしい存在になるのが、オメェの役割だ>
捲し立てるように言うアド。いつものような軽口ではない。
正直、アドが何故ここまで熱弁を振るうのか、聖には分からない。
「でも、注目を浴びすぎたりすると、またマフィアとかそういうのが」
<心配すんな>
アドは聖の言葉を遮る。
<表舞台はオメーの仕事。舞台裏は、害虫駆除はオレがやる>
「害虫駆除? ごめん、話が見えないんだけど」
尋ねると、アドはピタリと黙り込む。奇妙な沈黙が、部屋に満ちる。
「アド?」
続きを促す聖。表舞台、舞台裏、害虫駆除。また何かの引用だろうか?
<あァ~! もうウルセェなァ! 明日は決勝戦なンだろが! あの先輩風吹かしまくってる幸薄イケメンぶっ倒して、賞金片手に日本へ凱旋すンだろ!? ゴチャゴチャ言ってねェでさっさとクソして寝ろボケ!>
珍しくアドの方からリンクを切ったようで、以降は応答しなくなった。仕方なく、聖はベッドに入って横になる。アドの言葉と態度は気になったが、疲れが溜まっているせいか、すぐにまぶたが落ちて、聖はモザンビーク最後の夜を過ごした。
★
「さぁやってきました、モザンビーク・オールカマーズファイナル! 前年度のチャンピオンは言わずと知れたこの男、本大会三連覇中でマプートの英雄、渡久地菊臣! 三年前の初優勝時、史上最悪のサイクロン被害に見舞われたモザンビークの首都マプートへ、獲得賞金の全てを寄付した偉大な男だ! 昨年末のオーストラリアで行われたアデレード・オールカマーズでは、同国日本のエースで後輩の黒鉄徹磨を破って優勝! 先月のオーストラリアンオープンでは、自身初の四回戦進出! そして対するは、なんとなんと、またもや日本の後輩が相手だ! 海外ツアー初参戦の新星、若槻聖! アデレードとは異なり、今回は渡久地がチャンピオンとして若槻を迎え撃ちます! 渡久地が先輩としての意地を見せるか! はたまたプロとして海外ツアー初参戦の若槻が、先輩を相手にいきなり大金星を上げるか! 注目の一戦です!」
二月中旬、南半球のモザンビークはオーストラリアと同じく、夏の盛りを迎えていた。照りつける太陽に目を細めながら、渡久地は額に浮いた汗を手の平でぬぐいとる。昨年の八月と九月はほとんどアメリカで過ごし、十一月にはオーストラリアへと移動した。そのためここ半年以上、どこにいてもずっと夏の陽射しを感じ続けている。とはいえ、アデレードで過ごしたときは、まるで氷の海のなかにいたような感覚だった。頭の芯から身体の隅々まで、血液が凍り付いていたんじゃないかと思う。
(そうか、ここの太陽はこんなに暑く、熱かったんだ)
渡久地はその艶やかな長髪を、頭の後ろで括る。ジャグに入れたドリンクをひと口飲むと、冷たく爽やかな味のする液体が胃の腑へと滑り落ちていく。光、味、風、音、匂い、全ての五感が恙無く、世界の存在を身体の内側へと教えてくれる。それは人間である以上、当たり前の感覚だ。しかし、その当たり前の感覚は、常に自分自身の身体の状態を渡久地に突きつけてくる。今の渡久地には、それが何よりも耐えられない。だから彼は、そのストレスから自分を解放してくれるとっておきの指輪を、ポケットに忍ばせる。
観客席は、声援と騒めきに満ちている。
ネットの向こう側には、最近知り合った年の若い後輩。
若槻聖は、真剣な眼差しを向けてくる。気負いは無く、驕りも無く、純粋な覚悟だけを映した瞳。遥か先にある夢に向かい、自分の持ち得る全てを賭けて、最初の一歩を踏み出したのだろう。幼い顔立ちはまだどこか頼りなく、危なげな印象はぬぐえない。しかし、それでも彼は、自らの足でこの道を進むだろう。その先で、何が彼を待ち受けているのかも知らぬまま。
(オレも、オマエと同じ道を歩んでいたはずなんだ)
二人の視線がぶつかる。若槻の瞳に宿る光が、渡久地の心にある影を照らす。ひょっとしたら、今ならまだそっちへ戻れるのではないか。そんな期待が膨らみかける。しかし、心のなかにいる冷静な自分が、すぐにその期待を踏み潰した。
(なにをしている。さっさと使え)
頭のなかで、自分とは異なる声が聞こえた気がした。渡久地のキャリアの生殺与奪を握る、あの男の声。ただの妄想だというのに、やけにハッキリと聞こえるのは、それだけ自分があの男に依存している証拠だろう。もしくは、自分の矜持を守るためか。あの男が命令するから、自分はそれを使う。だから、これは仕方のないことなのだ、と。
「渡久地さん」
自分の名を呼ぶ声に、思わずハッとする渡久地。
「今日はよろしくお願いします」
若槻が決然と、相手に対する敬意をもって頭を下げる。素知らぬ風を装い、挑戦者を迎え撃つチャンピオンのように振る舞う。自分でも、なんと応えたのか分からない。余裕をみせられただろうか。それとも、自身の企みを見透かされただろうか。分からない。分からないが、どうしても、いや、どういうわけか、渡久地は指輪をポケットに忍ばせたまま、ポジションへ向かう。
(いいさ、何も最初からでなくても。最後に勝てば問題ない)
選べるはずの選択肢を敢えて選ばなかったのは、余裕か、それとも躊躇か。
栄光と夢に向かい、歩んできたはずだった。才能に恵まれ、環境に恵まれ、数多くのチャンスをものにして、夢に続く扉を開いた。そして目指すべき栄光へと続く道を、真っ直ぐに進んでいたはずだった。しかし、いつの頃からか、歩くのが辛くなった。行けども行けども、目的地に辿り着かない。誰よりも一番前を歩いていたはずが、知らぬ間に周りから追い抜かれ、気付けば暗い道に迷い込んでいる。振り返っても、戻るには遅すぎた。もはや、進む以外に道はなくなっている。別の者が歩いている道は光り輝いて見えるのに、自分の歩く道には光がない。それどころか、周りの光が作る影で、自分の行く先が見えなくなっている。
「The best of 3 set match Wakatsuki service to play.」
空にある太陽がほんの一瞬だけ、風に流された雲に遮られた。コートの上に、影が落ちて闇が広がってゆく。世界が全部、影に染まってしまえば良い。そんな考えが、渡久地の胸によぎる。しかし、ネットを挟んだ向こう側を避けるように、影は自陣だけを暗くして、通り過ぎていく。
(……っ)
瞳に覚悟を宿した青年と、躊躇いを胸に秘める男。
戦いの火蓋は、切って落とされた。
続く
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