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Episode 5.Resentment

如月(きさらぎ)

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 車内にいたタケルが、夕菜に対し急に声を荒げる。
「いますぐ車を出ろ!」 タケルは運転席側のドアを蹴り開け、レビテーションで車内から脱出する。
 それを見た夕菜も、慌ててドアを開け、転がるように車内から脱出した。
 その直後だった。陸の車のタイヤが激しい摩擦音を叫ばせながら、高速で空回りを始める。
「な、なにコレ?」
 戸惑う夕菜に、タケルはさらに声を上げる。
「そこに止まるなっ、早く飛べっ」
「と、飛べって言われたって――」 飛べと言われても、夕菜はレビテーションが使えない。
 車の急発進。――と、コンクリートに黒い形跡を残して、すぐにUターンしてきた。狙いは夕菜だ。
「――間に合うか?」 タケルが急降下を開始する。その際、タケルは自分のフォースウェポン『ハルバード』を生成した。
 だが、車の方が早かった。タイヤは激しく煙を上げ、衝突の瞬間を覆い隠す。
 衝突音はしなかった。煙の中から車だけが姿を現す。
「? 彼女は?」 タケルが周囲を見渡すと――
「――な、なんなの、いったい?」 夕菜のレビレーション発動。バランスの取り方になれていないものの、夕菜はレビテーションを発動させ宙に浮いていた。
「……レビテーションに目覚めたか。――力を抜け。自然体になれば体勢が整う」 タケルはまだレビテーションに慣れていない夕菜にアドバイスを送る。
「う、うん」 身体の力を抜くと、不安定だった体勢が安定し、夕菜はその場に浮遊する。
「……けど、これじゃあ――」 そう、これでは夕菜は体勢を維持するので精一杯で、動くことが出来ない。
「大丈夫だ、さすがに車じゃ空は飛べん」
 タケルがそう口にした直後、問題の車が妙な動きを始めた。サスペンションの反動を利用して、車体が激しく上下運動を始めた。
「……まさか、飛びあがろうって言うのかよ?」
 タケルの予感が的中する。――車の跳躍。宙に浮く夕菜に車が襲いかかる。
「くっ――陸さん、すまない」 タケルが手持ちのハルバードを赤く光り輝かせる。――そして、テレポーテーションの発動。
 次の瞬間、夕菜の目の前で陸の車は真っ二つになっていた。――車は防波堤の先の海へと落下していった。

 無我の斬糸が九十九に命中しようとしたその時だった。
 鎖が無我の腕を弾いた。
「――なっ!?」 無我が驚くのは無理もない、Bモードが発動している以上、ただの鎖が無我の腕を弾くなどありえないのだから。
 鎖に目を向ける。――鎖は赤く光り輝いていた。
「物質にAモードだと?」 どうやら九十九は鎖にAモードを付加させたようだ。
「まぁ、さすがにダメージにはならんか。では、こいつはどうかな?」
 波止めブロックが一斉に無我を襲う。
「――『木枯(こがらし)』」 再度、木枯がブロックを迎え撃つ。
 木枯が波止めブロックに突き刺さる、先ほどは簡単に破壊出来たというのに。――よく見ると、波止めブロックは青く光り輝いている。
 ブロックはなおも無我を襲う。無我に近づくにつれ、その色は青から紫に、紫から赤へと変わる。
 ブロックが次々と無我に命中していく。Bモード越しに無我の身体に衝撃が伝わってくる。――その衝撃は拳で殴られた程度なのだが、圧倒的な数による攻撃は無我にダメージを蓄積させていく。
「こうなったら、EXPERT最強も台無しだな?」
 無我はブロックに耐えながら、九十九から目を離さない。
「さすがといったところか。まだ、なにか狙っていやがる」
 突如、無我のABモードが解除される。そして、斬糸も消えてなくなった。
「ようやくあきらめたか。――望み通り、終わりにしてやろう」
 Aモードに包まれた波止めブロックが無防備な無我にとどめを刺しに放たれた。

『――そう。だから如月(きさらぎ)って私の昔の苗字を技の名にしたの。……だって、なんか悲しくない? 今まで当たり前のように呼ばれていた名前が消えちゃうなんて?』
『だからといって、何もあんなとんでもない技に付けんでも……』
『なによ? 私の名前だよ? 最高の技に付けたいじゃない』
『その技のせいで、キミが破壊の象徴にならなければよいのだがな』
『なによ? それが自分の女に言う台詞、虚空?』

 ――EXPERT本部、司令室。
「――虚空、おい虚空」 気が付くと、そこに陸の姿があった。
「――陸か。すまない、少し昔を思い出していたようだ」
「……無我の事か?」
「違う――とは言いきれないか。――麻衣の事だ。陸、お前は麻衣の如月という技を覚えているか?」
「なんだ、唐突に? ――如月、か。あんな破天荒な技、いまはもう使える者なんていないだろうな」
「――なんでだろうな? 今になって急に思い出すなんてな」

 港に風が突き抜けていった。それは、夕菜とタケルがちょうどレビテーションを解除して地に足をつけたその時だった。
「な、なに? 今の風は?」 不思議な風に、夕菜はなにかを感じる。
 その風は優しく突き抜けていった。だが、もし二人がまだ宙にいたのなら、あの風は二人の身体を彼方へと運んでいただろう。そう、思えてくる不思議な風だった。
「自然の風じゃねぇな? 何かを中心に放射線状に広がったような――! む、無我か?」 タケルが中心の位置を探ってみると、辿り着いた場所は、無我と九十九が向かった方角だった。
 二人は風の中心――無我のいる場所に向かって走り出した。

 直立している無我を中心に、地面の破壊痕が円状に広がっている。その円の中に、九十九の姿を発見する。――すでに息絶えて倒れている姿を。
「――なんだ、これは? いったい、なにが起こったんだ?」 現場経験が豊富で様々な状況を見てきたタケルでさえ、こんな状況は初めてだった。
 振りかえった無我の瞳を見て、タケルの背筋は凍りつく。――暗く、深く、そして冷たい目。まるで、殺戮機械でも見ているような気分だった。
「……これは、やむを得ないな」《――No.20より、No.1へ緊急連絡。至急、現場に来られたし》
 タケルがテレパシーを送信してすぐ、二人のEXPERTがその場に現れた。No.1の法名 虚空と、No.3を持つ、舞川 陸だ。
「! ――お父さん!?」 予想外の人物の登場に、夕菜が声を上げた。
「……やれやれ、なんでお前がいるのかねぇ、夕菜? ――さて。虚空」 陸は夕菜を気にしつつも、虚空に目を向ける。
「――まさか、無我があの技を習得していたとはな」 虚空はこの光景をひと目見て、なにが起こったのかを理解したようだ。
「虚空さん。なんなんすか、この状況は?」 タケルは虚空になにが起きたのかを尋ねた。
「これが如月という技だ」 虚空はそう答えた。
「如月って、まさかあの、フォースを逆流させて、フォースを纏うもの全てを破壊するっていう、あの技のことですか?」 どうやらタケルは如月という技の名前だけは知っているようだ。
「――結局、無我は何をしたの?」 夕菜がそう尋ねる。
「……あの男――九十九は自分のフォースが体内で爆発したんだ。――もう、命はないだろうな」 陸が夕菜にそう答えた。
「――タケル」 虚空がタケルを呼ぶ。
「はい」
「後処理は任せる。――無我は連れて帰るぞ?」
「……はい。わかりました」
 タケルが了解すると、虚空は無我を連れてテレポーテーションを発動させる。虚空と無我の姿が、この場から消えていった。
「――やはり無我を出撃させるべきではなかったのか?」 無我を目にした陸が、そんなようなことを口にする。
「陸さん……」 そんな陸を見て、タケルは言葉を失う。
「ねぇ、お父さん。無我はどうなるの?」 夕菜が陸に無我の身の上を尋ねた。
「――それはどういう意味で聞いている?」 その質問に、陸は夕菜に問い返す。
「え? どういう意味って……、だって、無我は悪人とはいえ人を殺しちゃったんでしょ?」
「――それは問われる事はない。相手が一般人に危害を加えそうな場合、捕縛できなければ殺害もやむをえないとされている。今回はそれを適用できる」
「だったら、無我はお咎めなしで、いつもどおりの――」 夕菜はまた明日になれば無我が元通りになっていると思っていたのだが――
「――それは無理だろうな」 それを陸が否定する。
「え? どうして? お咎めはないんでしょ?」
「――無我のあの目だよ。無我があの冷たい目になれば、もう、笑顔は見せない。……三年前、ようやく昔の明るい無我に戻ってくれたと思っていたのにな。……こうも簡単に壊れてしまうものなのか?」
「……大丈夫ですよ、陸さん。たしかに前の時は元の無我に戻るのに四年もかかりましたが、いまは幻斗くんだってそばにいるんですから」
「二人とも、何を言っているの? そりゃ、事が事だからそう簡単に笑うことなんて無理だろうけど、あの無我だよ? 二、三日もすれば――」
「……そうか。夕菜、お前は義務教育時代の――ガルラでの無我を知らないのか」
「ガルラ!? ガルラって、プラナよりずっと東の街じゃない? なんで無我の話でガルラが出てくるのよ?」
「無我はもともとガルラの出身だ。――プラナに来たのはいまから七年前の事になる」
「え? どういう事? 第一、ガーディアンスクールはガルラにだって――ううん、むしろガルラの方が大きい学校だって聞いてるよ? それに、桐生は無我と同じ学校の出って聞いてるし」
「――ああ。彼も、幻斗くんもガルラの出身だ」
「じゃあ、なんで無我と桐生はわざわざ近くの学校を避け、遠いこのプラナに来たのよ?」
「……少し、長い話になるな。――移動しようか。さて。無我は車をどこに停めたんだ?」
「車? ――あっ!?」 車と聞いて、夕菜が何かを思い出す。
「り、陸さん。その事でちょっとお話が……」 そして、申し訳なさそうにタケルが話を切り出した。

 陸と夕菜はタケルの作業の邪魔にならないように場所を移動した。――防波堤に腰をおろし、陸が話を切り出した。
「さて、夕菜。何から聞きたい?」
「無我の事の前に、なんでお父さんまでがEXPERTなのかってのが聞きたい」
「……うーん、そうだな。――夕菜、『シングルナンバーズ』って聞いた事があるか?」
「一桁のNo.のEXPERTの事だよね? たしか、EXPERTの精鋭が持つNo.だって」
「精鋭、か。俺は多分、No.20のタケルやNo.42を持つ凪よりも遥に劣っているぜ?」
「それは、年、なんじゃないかな?」
「言うなぁ。だが、最盛期だったとしても、かなわないだろうな。シングルナンバーズには精鋭が持つNo.という意味はない」
「じゃあ、本当の意味は?」
「EXPERT設立時にいたメンバーがシングルナンバーズだ。――つまり俺や無我はEXPERTの初期メンバーということになる」
「ちょっと待って、EXPERTって出来たのはたしか十年くらい前だよね?」
「正確には十二年前だ」
「じゃあ、無我は五歳でEXPERTになったっていうの?」
「無我は生まれついての天才なんだよ」
(そういえば前に、無我が九歳でレビテーションを使っていたって日向が言ってたなぁ)
「早い話、俺と無我の父親である虚空とは昔馴染みでな。その虚空がEXPERTを創るって言い出したんだ、俺が無関係でいるわけにはいかなくてな。――ま、余計なトラブルを避けるため、お前たちには伏せておいたってわけだ。――じゃあ、そろそろ本題に入るとするか?」
「うん、無我と桐生の話だね」
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