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第1話 勇者の苦悩

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 その昔。
 黒炎の邪神を退けし一人の英雄を人々は崇めた。
 英雄の名は、マルク。
 世界を覆う暗澹たる闇から人々を解放した彼の偉業は、神すらも認めるものだった。
 
 そして神は彼の功績に対して、ある報酬を与える。
 一つは〝閃耀せんようの勇者〟の称号。
 闇を払い、世界に一筋の光を齎したことに由来する。
 さらにもう一つは血筋と才幹の保存。
 闘いにおいて類まれなる才覚を持った彼の能力を後世に継承し、いつか訪れるであろう邪神の再来に備えてのものだった。
 それにより彼の一族の男子は、代々その名を踏襲することとなる。

 英雄の死から1000年の時が経った今、邪神の復活により世界は再び混沌に包まれる。
 人々は勇者の再臨を心から待ちわびた。
 邪神軍の侵攻による多大な犠牲を払いながら、それでも愚直に待ち続けた。
 そして、遂にその時は訪れる。
 かつての英雄と同等の能力を持ち合わせた一人の男子が誕生した。
 男子は幼少期より頭角を現し、英雄・マルクの名に恥じない才覚を周囲に示す。
 彼の能力に確信を持った聖都ギンスバーフの国王・フリードは、彼の16歳の誕生日を機に邪神討伐へ向かう旨の勅令を下した。
 邪神に打ち勝ち、始祖の英雄のように人々を絶望の深淵から救い出せば、王から〝閃耀の勇者〟の称号を正式に与えられる。

 自身の父すらも遂に得られなかった誇り高き勇者の称号を手に入れるため、彼は意気揚々と生まれ育った故郷を旅立つ。
 王をして、『1000年に一度の逸材』と評された彼であれば、邪神を除き称号を手に入れ、100年、1000年と語り継がれる伝説になり得るだろう。









 ……と、思っていた時代が俺にもありました。
 何を隠そう、こうして今自室の寝床で腐っている俺こそ、かつて『1000年に一度の逸材』と持て囃された勇者・マルクだ。
 
 いや、途中まではスゲェ順調だったんだよ、マジで。
 ターニングポイントは1年半前だ。
 邪神・ドーマーの片腕と目される邪竜・バルツェロとの戦いで、ヤツが最期に放った呪詛により俺は1年もの間、寝たきりになってしまった。
 半年前にようやく呪いの効果が薄れ、こうして日常生活が送れるまでには回復したが、やはり1年のブランクは大きい。
 ベテラン剣士10人が束になって掛かってこられても負けなかった、かつてのフィジカルは影を潜めた。
 それに加え、最強の魔導師、マスター・ソーサラーとタメを張れるほど満ち溢れていた魔力も、呪詛の影響でピーク時の10分の1まで減退する始末。
 まぁ要するに勇者・マルク。
 絶賛スランプ中だ。

 そして、更にやるせないことがある。
 それはの出現だ。
 というのも、勇者の俺がこの体たらくとは言え、国家としては国民の安心のために何かしらのポーズを取らなければならないわけで……。
 苦肉の策として、王は俺の一族の中から仮の勇者を採用し、〝暫定勇者パーティー〟なる組織を結成させ、邪神城へ差し向けた。
 血統的にかなり勇者一族としての血は薄いらしいのだが、厄介なことにコイツらが存外にイイ仕事をしやがる。
 人々の間にも、『もうコイツらが邪神倒してくれるんじゃね?』といった空気が流れているらしく、最早俺が出る幕が残されているかは甚だ疑問である。
 こんな状況でやる気を出せと言われても、土台ムリな話だ。
 気付けば、こうして寝腐っている時間も日に日に増えていった。
 それでも一応、毎日リハビリ兼ねての鍛錬は欠かしてはいないが。

「マルク君、まだ寝てたんだ。早く稽古に行こうよ」

 俺の寝そべるベッドの上方から、聞き慣れた声が聞こえる。
 コイツは幼馴染で、剣士のクルーグ。
 16回目の誕生日を迎えた日、ともに邪神討伐へ旅立ったパーティーメンバーの一人だ。

「おう、もう少ししたら行くわ」
「うん。部屋の外で待ってるね」

 幼少期からの気の置けない同性の友人ということもあるのだろうが、やはりコイツは優しい。
 こうして搾りカスに成り果てた俺に呆れることなく、付き合ってくれる。
 無論、血筋だけ見りゃ俺は極上のサラブレットだから、表面上周囲から無下にされることはない。とは言え、どこかで期待外れと思われていることは犇々と感じてしまう。
 だから、クルーグは今の俺にとって数少ない味方の一人だと言っていい。
 もっともクルーグ本人がどう思っているかは定かではないが。

「悪い、待たせたな。行くか」
「そうだね。行こう」

 ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   

「はぁはぁ……」

「マルク君、だいぶ感覚取り戻してきているんじゃない?」
「そうか? 自分じゃ分からん……」

 俺が邪竜の呪詛を浴びてからというもの、療養のため故郷の城下町に帰ってきているわけだが、未だ本調子を取り戻せていない。
 城下町ということもあり、訓練場などの施設も充実しており、希望すれば軍の訓練にも加えてくれる。
 ましてや、俺はあの英雄の子孫にして、邪神の野望を打ち砕く勇者だ。
 俺が本気になったと知れば、専用の修行プログラムも組んでくれるだろう。
 だが、かつては『1000年に一度の逸材』と評され、世界を混沌から解き放つと期待されていた存在だ。
 今さらどの面下げて、周りを頼れというんだ?
 そんな後ろめたさがあるからか、俺たちはこうして街はずれの森でひっそりと鍛錬に明け暮れている。

「少なくとも、力は戻ってきているんじゃないかな? 一時期のマルク君、本当に見ていられなかったから……」
「……何か悪いな、お前にまでこんな面倒かけて」
「えっ!? マルク君が謝ることじゃないよっ! それを言うなら、僕の方こそゴメン。あの時、マルク君を庇えていたら、こんなことには……」

 クルーグは苦しそうに話す。
 実際のところ、邪竜があんな最後の一手を放つとは誰も予想していない。
 コイツを責められるはずがない。
 それ以前に、クルーグが犠牲になってしまったらそれはそれで意味がないだろう。

「いや、単純に俺の不注意だよ。気にすんなって」
「……マルク君は強いね」
「お世辞にもなってねぇよ……」
「そういうことじゃなくてさ……。まぁいいや! 続きやろっか」
「そうだな」

 それからまたしばしの間、カツカツと木刀同士がぶつかる淡泊な音と、二つの荒い息遣いだけが鳴り響いた。

「あーっ! またこんなところでサボってるっ!」

 鍛錬に励む俺たちに、横やりを入れるかのように甲高い声が聞こえた。
 また厄介なヤツに見つかってしまったものだ。

「……どう見ても稽古中だっただろうが」
「剣に魂が入ってないって言ってんのっ! 最近のアンタの目、死んだファントムフィッシュみたいなのよ!」
 
 彼女は自慢の水色のロングヘアを振り乱し、肩で息をしながら俺に悪態をつく。
 開幕早々騒がしいこの女は、神官のルイス。
 クルーグと同じく幼馴染で、2年前に邪神討伐へ向かったパーティーメンバーの一人でもある。
 現在は、神官でありながら城の番頭のような役職を担っている。
 ちなみにファントムフィッシュというのは、その名の通りこの地方の淡水に生息するヌメっとした妖怪魚だ。

「色々重複してねぇか? アレはもう死んでるようなもんだ」
「屁理屈ばっか言わない! こんなところでコソコソ修行しないで、お城の訓練場を使わせてもらえばいいのに」

 簡単に言ってくれるな。
 それが出来たら、いつまでもこの町で燻っていない。

「……で、何か用があったんじゃないのか?」

「王がお呼びよ」
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