46 / 54
Last Case ~未完成男子⑧~
しおりを挟む
彼女の法事から約1ヶ月が経った。
終わってみれば、何のことはない。
『過去を精算するために、一歩踏み出してみる』などと大層なことを抜かしたところで、所詮俺一人では辿り着けなかった境地だ。
むしろ、ここまで含めて彼女のシナリオと思えば、俺自身に強い意志とやらが働いて能動的に動いたなど、おこがましい。
更には米原、安城、三島、そして何よりも豊橋さんに背中を押されなければ、きっと何もかも有耶無耶になっていただろう。
元より、自分一人でどうにか出来るとも思っていない。
だから特別、無力感に苛まれるようなこともなければ、『出会いに感謝!』などと、どこぞの三流群像劇のような安っぽいセリフを吐くつもりもない。
ただただ、持ちつ持たれつの中で、自分自身の役割を粛々と果たしていくのみだ。
俺の場合、それが彼女から頼まれた脚本作りであり、豊橋さんとのマニュアル作りであったというだけに過ぎない。
もっとも、その脚本作りやマニュアル作りでさえ、最後の最後は他人に委ねようというのだから救いようがない。
そんな物思いに現を抜かしながら、もはやルーチンワークへと成り下がったデスク作業を日々淡々とこなしていた。
そして俺たちの決着の日は、突如として訪れる。
その日は珍しく仕事が立て込んでおり、昼食すらまともにとることが出来ず、朝からデスクに張り付きっぱなしだった。
14時を回ろうとする頃にようやく作業も落ち着く。
草臥れた体を奮い立たせ遅めの昼食へ向かおうとした時、デスクの上に無造作に放り出されたスマホが突如震える。
毎度のことながら、この文明の利器は空気を読むことを知らない。
はた迷惑な輩はどこのどいつかと、画面に表示された名前を見ると、不思議と顔が綻んでしまう。
「豊橋さん、か」
「はい、お久しぶりです」
電話口の彼女は凛としていた。
もはや、出会った当初の彼女の面影はどこにもない。
しかし彼女はそんな感傷を次の一言により、あっさりと粉砕してくる。
「突然ですが、結婚することになりました」
なるほど……。
これは彼女なりの宣戦布告だろう。
今この瞬間から、何ら生産性のない詐欺事件かつ、俺と彼女の騙し合いかつ、マニュアル作り最終章が始まった。
今のところ、彼女の意図は全く不明だ。
しかし、これが俺たちが先へ進むための儀式であるならば、一先ずここは騙されてやるのが筋であろう。
「そ、そっか……。何だ? まずはその……、おめでとう」
上手く動揺出来ているだろうか。
いや、ある意味動揺していることに間違いはないのだが。
「はい。ありがとうございます」
それからしばし沈黙が生まれる。
言外から伝わってくるメッセージの数々に頭が狂いそうだ。
序盤から探り合いが止まらない。
兎にも角にも、一つ一つ整理していくしかない。
「それで……、相手は誰なんだ?」
「羽島さんも知っている人です」
共通の知り合いなど、数人しかいない。
恐らくソイツらが、この壮大な茶番に絡んでくるのだろうと予想はしていた。
だから彼女の返答は、事実上のゼロ回答と言っていい。
「ですので、結婚式にはぜひ羽島さんにも出席して頂きたくて。来週の日曜とかどうですか?」
それは流石に乱暴すぎる。
どこの世界に、バイトの面接感覚で結婚式に招待する輩がいるんだ。
下手くそは許すが、雑なのは許さない。
なので、この点については大幅減点だ。
「いくら何でも急すぎんだろ……。何? シンプルにナメてんの?」
「じゃあ、ダメ、ですか?」
それは卑怯だ。
彼女自身が出せ得るであろう、精一杯の可愛らしい声で懇願してくるなど。
何ならあどけない表情で上目遣いをしている姿すら、電話越しから伝わってくる。
一体、彼女はどこでそんなテクニックを身に付けたというのか。
「……やっぱりナメてんな。俺に予定なんかあるわけねぇだろ」
我ながらチョロい。
ここまで含めて計算だったのか。
「だと思いました。ありがとうございます。詳しいことは追って連絡します。では」
最後の最後に喧嘩を売ることを忘れず、彼女は電話を切った。
やはり予想していた通り、どこぞのデート商法マニュアルに負けず劣らずのポンコツ展開だ。
ここから彼女がどのように挽回していくのかを考えると、気が気でない。
とりあえず警察沙汰だけは勘弁願いたい。
「羽島パイセン、どうしたー? いつも以上に辛気臭い顔してー」
米原がいつもの不快なニヤケ顔を晒しながら、近づいてくる。
この男は、俺の変化をタイムリーに嗅ぎ取り、その都度ちょっかいを掛けてくるのだ。
……いや待て。コレはひょっとして。
「なぁ……。お前まさか」
「待て待て! そんなわけねぇだろっ!? はは……」
「俺はまだ何も言ってねぇぞ……」
「っ!?」
米原は言葉に詰まり、露骨に目を逸らす。
やはりグルか。
早くも彼女の計画に綻びが見え始めてきた。
しかし、不味い。
米原のガバガバセキュリティーにより、俺が知ってはいけないことまで知ってしまいそうになる。
米原には、今スグ伝えたいクレームが108個ほどあるが、俺は何とかその衝動を押し殺す。
「いや、すまん。何でもない。俺の考えすぎみたいだ」
「そ、そうだぞっ!! 全く! 被害妄想だけは一丁前なんだからよ。これだから陰キャは」
米原はワザとらしく両手を挙げ、溜息を吐く。
マジで調子に乗るなよ……。
格別の慈悲で深入りせずにいてやったというのに。
しかし、考えようによっては米原のコレすらも、計算の内ということも可能性としてはあり得る。
なんせ、彼女はあの温泉街で米原の醜態を目の当たりにしている。
それを上手く利用しないとも限らない。
そんな疑心暗鬼に陥りかけている俺を見て、米原は再びハァと大きく息を吐いた。
「なぁ、忘れたのか? 今回お前は饗される側なんだろ? だったら、豊橋さんのこと信じて、最後までしっかり騙されてやれよ」
米原はもはや茶番への関与を隠そうともせず、俺に滔々と説いてくる。
だが、米原の言う通りだ。
どうしても豊橋さんのことになると、保護者ヅラをしてしまうところがある。
「……俺はどんだけ惨めなんだよ。ムチャクチャ言いやがって」
「ばーか。そもそもお前が始めたことだろうが」
米原はそう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
確かにソレを言われてしまっては、反論の術がない。
全ては自分が撒いた種だ。
ここは大人しく、彼女の接待を全力で受け入れるしかない。
終わってみれば、何のことはない。
『過去を精算するために、一歩踏み出してみる』などと大層なことを抜かしたところで、所詮俺一人では辿り着けなかった境地だ。
むしろ、ここまで含めて彼女のシナリオと思えば、俺自身に強い意志とやらが働いて能動的に動いたなど、おこがましい。
更には米原、安城、三島、そして何よりも豊橋さんに背中を押されなければ、きっと何もかも有耶無耶になっていただろう。
元より、自分一人でどうにか出来るとも思っていない。
だから特別、無力感に苛まれるようなこともなければ、『出会いに感謝!』などと、どこぞの三流群像劇のような安っぽいセリフを吐くつもりもない。
ただただ、持ちつ持たれつの中で、自分自身の役割を粛々と果たしていくのみだ。
俺の場合、それが彼女から頼まれた脚本作りであり、豊橋さんとのマニュアル作りであったというだけに過ぎない。
もっとも、その脚本作りやマニュアル作りでさえ、最後の最後は他人に委ねようというのだから救いようがない。
そんな物思いに現を抜かしながら、もはやルーチンワークへと成り下がったデスク作業を日々淡々とこなしていた。
そして俺たちの決着の日は、突如として訪れる。
その日は珍しく仕事が立て込んでおり、昼食すらまともにとることが出来ず、朝からデスクに張り付きっぱなしだった。
14時を回ろうとする頃にようやく作業も落ち着く。
草臥れた体を奮い立たせ遅めの昼食へ向かおうとした時、デスクの上に無造作に放り出されたスマホが突如震える。
毎度のことながら、この文明の利器は空気を読むことを知らない。
はた迷惑な輩はどこのどいつかと、画面に表示された名前を見ると、不思議と顔が綻んでしまう。
「豊橋さん、か」
「はい、お久しぶりです」
電話口の彼女は凛としていた。
もはや、出会った当初の彼女の面影はどこにもない。
しかし彼女はそんな感傷を次の一言により、あっさりと粉砕してくる。
「突然ですが、結婚することになりました」
なるほど……。
これは彼女なりの宣戦布告だろう。
今この瞬間から、何ら生産性のない詐欺事件かつ、俺と彼女の騙し合いかつ、マニュアル作り最終章が始まった。
今のところ、彼女の意図は全く不明だ。
しかし、これが俺たちが先へ進むための儀式であるならば、一先ずここは騙されてやるのが筋であろう。
「そ、そっか……。何だ? まずはその……、おめでとう」
上手く動揺出来ているだろうか。
いや、ある意味動揺していることに間違いはないのだが。
「はい。ありがとうございます」
それからしばし沈黙が生まれる。
言外から伝わってくるメッセージの数々に頭が狂いそうだ。
序盤から探り合いが止まらない。
兎にも角にも、一つ一つ整理していくしかない。
「それで……、相手は誰なんだ?」
「羽島さんも知っている人です」
共通の知り合いなど、数人しかいない。
恐らくソイツらが、この壮大な茶番に絡んでくるのだろうと予想はしていた。
だから彼女の返答は、事実上のゼロ回答と言っていい。
「ですので、結婚式にはぜひ羽島さんにも出席して頂きたくて。来週の日曜とかどうですか?」
それは流石に乱暴すぎる。
どこの世界に、バイトの面接感覚で結婚式に招待する輩がいるんだ。
下手くそは許すが、雑なのは許さない。
なので、この点については大幅減点だ。
「いくら何でも急すぎんだろ……。何? シンプルにナメてんの?」
「じゃあ、ダメ、ですか?」
それは卑怯だ。
彼女自身が出せ得るであろう、精一杯の可愛らしい声で懇願してくるなど。
何ならあどけない表情で上目遣いをしている姿すら、電話越しから伝わってくる。
一体、彼女はどこでそんなテクニックを身に付けたというのか。
「……やっぱりナメてんな。俺に予定なんかあるわけねぇだろ」
我ながらチョロい。
ここまで含めて計算だったのか。
「だと思いました。ありがとうございます。詳しいことは追って連絡します。では」
最後の最後に喧嘩を売ることを忘れず、彼女は電話を切った。
やはり予想していた通り、どこぞのデート商法マニュアルに負けず劣らずのポンコツ展開だ。
ここから彼女がどのように挽回していくのかを考えると、気が気でない。
とりあえず警察沙汰だけは勘弁願いたい。
「羽島パイセン、どうしたー? いつも以上に辛気臭い顔してー」
米原がいつもの不快なニヤケ顔を晒しながら、近づいてくる。
この男は、俺の変化をタイムリーに嗅ぎ取り、その都度ちょっかいを掛けてくるのだ。
……いや待て。コレはひょっとして。
「なぁ……。お前まさか」
「待て待て! そんなわけねぇだろっ!? はは……」
「俺はまだ何も言ってねぇぞ……」
「っ!?」
米原は言葉に詰まり、露骨に目を逸らす。
やはりグルか。
早くも彼女の計画に綻びが見え始めてきた。
しかし、不味い。
米原のガバガバセキュリティーにより、俺が知ってはいけないことまで知ってしまいそうになる。
米原には、今スグ伝えたいクレームが108個ほどあるが、俺は何とかその衝動を押し殺す。
「いや、すまん。何でもない。俺の考えすぎみたいだ」
「そ、そうだぞっ!! 全く! 被害妄想だけは一丁前なんだからよ。これだから陰キャは」
米原はワザとらしく両手を挙げ、溜息を吐く。
マジで調子に乗るなよ……。
格別の慈悲で深入りせずにいてやったというのに。
しかし、考えようによっては米原のコレすらも、計算の内ということも可能性としてはあり得る。
なんせ、彼女はあの温泉街で米原の醜態を目の当たりにしている。
それを上手く利用しないとも限らない。
そんな疑心暗鬼に陥りかけている俺を見て、米原は再びハァと大きく息を吐いた。
「なぁ、忘れたのか? 今回お前は饗される側なんだろ? だったら、豊橋さんのこと信じて、最後までしっかり騙されてやれよ」
米原はもはや茶番への関与を隠そうともせず、俺に滔々と説いてくる。
だが、米原の言う通りだ。
どうしても豊橋さんのことになると、保護者ヅラをしてしまうところがある。
「……俺はどんだけ惨めなんだよ。ムチャクチャ言いやがって」
「ばーか。そもそもお前が始めたことだろうが」
米原はそう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
確かにソレを言われてしまっては、反論の術がない。
全ては自分が撒いた種だ。
ここは大人しく、彼女の接待を全力で受け入れるしかない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる