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Case 3 ~アマチュアデート商法男子⑤~

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「みんな飲み物行き渡った? じゃあ、とりあえずお疲れっした!」

 米原の音頭とともに、ついにその時は訪れてしまった。
 結局のところ、俺は豊橋さんに対して何も出来そうもない。
 いや、これは飽くまで俺が勝手に思っているだけだ。
 『緊張する』と言いながらも、本心で彼女は助けなんて求めていないのだろう。
 、などと自身の悪行の正当化以外の何物でもない理由ではなく、もっと他に確固たる目的が出来たのかもしれない。
 でなければ、彼女から自分でマニュアルを作るだなんて、言い出すとは考えにくい。
 いや……、それすらも邪推か。
 彼女は素直だ。
 良い意味でも、悪い意味でも。
 彼女が自分の意志で踏み出すと決めたのだ。
 俺が手出しすることで、むしろペースが乱れてしまうなら、そこは喜んで彼女を見守るべきではないか。
 そんな毒親の放任主義を正当化する大義名分とも似た感情が心を占拠しそうになった時、俺はあることに気付くことになる。

「んじゃ、次! 羽島! ん? おーい! 羽島さーん!」
「……は!? な、何ィ!?」
 
 気付くと、俺は衆目の的に晒されていた。

「『……は!? な、何ィ!?』じゃねぇーよ! 自己紹介!」
 
 米原の呼びかけによって、ようやく現実に引き戻される。
 そうだ。忘れていた。
 俺、合コンとか超苦手だった……。

 そもそも、他人の世話を焼いていられる身分なのか?
 俺自身が上手く立ち回ることが最重要事項では?
 つーか、そうこうしてる間に、飲み物係も取られちまった……。
 真夏だから、鍋物の灰汁取り係就任も期待出来そうもない。
 更に言えば、上座に押し込められちまったから、トイレに逃げ込むことも容易ではない。
 もはやちょうど向かいの席で緊張に打ち震える豊橋さんの姿など、霞んで消え入りそうになっている。
 むしろ、俺の方こそ教えて欲しい。
 陰キャのための合コンマニュアルを。

「は、羽島 望です。よろしく」
「そ、そそそそんだけっ!?」

 米原は、大げさに驚愕して見せる。
 それにしてもコイツの声は、うんざりするほど鼓膜に響く。
 俺とは一番遠い端の席に座っているクセに……。

 そして、俺のそんな様子を目の当たりにした女性陣は、クスクスと笑っている。
 いかんいかん。
 今は現状を冷静に分析し、この場でのベターな立ち振る舞い方を探ることが最優先事項だ。
 とは言え、現状分かることなど、男女比5:5。
 顔見知りは、米原と三島と豊橋さんのみ、という極めてアウェーな空間であることだけだ。

「ねぇねぇ! 羽島くんって、米原くんと会社一緒なんでしょ? 米原くんってあんな感じだけど、正直どうなの? 会社で」
「ちょっとそこー! ナンかその聞き方含みなーい?」

 俺の斜め前、つまり豊橋さんの隣りに陣取る女が話しかけてきた。
 少し赤みがかったブラウンのセミロングヘアが印象的だ。
 大胆に額を晒したセンターパートは自信の現れか。

「えっと……」

 突如、話を振られ俺は言葉を詰まらせてしまう。

「あっ! ひょっとして、アタシの名前聞いてなかった!? ひっどーーーいっ! ナンかずっとボーッとしてたから、怪しいとは思ってたんだけど!」

 不味い。
 完全に悟られてしまっている。
 やはり合コンなど、慣れないことはするべきでない。

「わ、悪いっ! えっと、名前……、ナンだっけ?」
品川 麻陽しながわ あさひです! 今度は忘れないでよ~」
「いや、アサヒちゃん! それも怪しいよ! そいつもうジイサンみたいな生活してるから、店出る頃には忘れてるかもよ!」
「は? ソレを言うならお前の方がジジイだろ。俺はお前より3ヶ月も若い!」
「年下って自覚あんなら、少しは年配を敬え!」

 俺と米原のやり取りで、その場は笑いに包まれる。
 やはり米原はこういった場面ではめっぽぅ強い。
 実際今もこうして、ヤツに助けられている。
 米原のアシストもあり、体制を立て直すことが出来たので、俺は彼女の問いに答える。

「あー、えっと、会社での米原か? あーそりゃもうの一言だな。毎日休憩の度に、忘れもせず喫煙室に駆け込むんだからな。肺を汚すことにかけての真面目さ、実直さは俺が保証してやる」
「おっと、羽島さんよ! そりゃルール違反ってヤツだぜ。このご時世、ヘビースモーカーっつって印象上がると思ってんのか?」
「うるせぇ! ソレが嫌なら禁煙しやがれってんだ!」

 俺と米原の会話が余程お気に召したのかは分からないが、品川さんはケラケラと笑いながら、話し出す。

「羽島くんって面白い人なんだね! 何か端っこに居たから、ちょっと取っ付きにくい人なのかと思ってた!」

 それは全ての角部屋住まいの人間に謝ってほしい。
 だが、こうして改めて他人に言われると、身に染みて思う。
 第一印象は極めて大切なのだと。

「そう言えば、自己紹介スグ終わっちゃったから、羽島くんのことあんまり分からなかったかも。羽島くん、趣味とかないの? アタシ、羽島くんのこともっと知りたいかも!」

 すみません。
 合コンの神様こと、米原パイセン。
 コレが所謂、ってヤツなんですか?
 そんな疑問をヤツの耳元でぶつけたくなるシチュエーションだが、生憎それほどの時間的猶予はなさそうだ。

 ふと、豊橋さんの姿が視界に入る。
 そんなに睨むなよ……。
 豊橋さんにあらぬ誤解が生じてしまったかもしれない。
 俺は脳味噌をフル回転しながら、意味深なセリフを吐く彼女の質問の答えを考える。
 とは言え、見栄を張ったところでスグにボロが出る。
 の表現でインドア具合を晒しておこう。

「あー、そうだな。ぶっちゃけ休日は映画ばっか観てるな」
「へぇそうなんだ。ちなみにどんなジャンルが好きなの?」
「うーん、そうだな……」
 
「あっ! それ、俺も気になる!」

 彼女の質問に横から食い付いてきたのは、三島だった。
 俺の隣りの隣りの席から、ワザとらしい笑みを浮かべながら、俺の返事を待っている。
 お前になぞ教えてたまるか! とは当然言えるはずもなく、俺は事実だけを淡々と答える。

「アクションとか、ミステリーとか、あとは恋愛もチョット……」
「えっ!? 羽島くん恋愛とかも見るんだ! 何か意外かも!」

 何だ、意外って!
 どいつもこいつも失礼なヤツばかりだ!

「そーなんだよ! ソイツこう見えて、結構乙女チックなとこあんだよなー!」

 既にすっかり出来上がりつつある米原が、すかさず口を挟んでくる。
 聞き耳を立てる余裕があるだけ、まだマシか。

「うるせー。酔っぱらい。俺はお前と違って繊細なんだよ」
「はぁ? 夢見がちな童貞ってだけだろ?」
「とうとう事実無根の誹謗中傷するほど落ちぶれちまったか……。いいだろう。受けて立つ。次に会うのは裁判所だ!」
「何かつぅと法律盾にとりやがって……。お前の陰キャたる所以だな!」
「法律は関係ねぇだろ! 法治国家否定すんな!」

「キミたちホントに仲良いね……」

 品川さんが呆れたような苦笑いを浮かべながら、ポツリと呟く。

「そっかそっか。でもそんなに映画が好きならさ……」

 三島は、柔らかな笑みで言う。
 まるで初めから全てを分かっていたかのように。

「自分で映画撮ってみたい、とか思ったことないの?」

 三島の一言は、俺の心を鋭角に抉ってきた。

「……ねぇよ。観るのと実際に撮るのとじゃ、まるで違うだろ」

 俺は咄嗟に残り少ないビールジョッキに口をつけ、バツの悪さを誤魔化す。
 喉越しも何もあったもんじゃない。

「ふーん、そっか。そうだよね」

 すると、三島から笑みが消える。
 それが意味するものは、失望だろうか。
 やめろ。そんな顔するんじゃねぇ。

「えー! そうなんだ! 羽島くんが撮った映画、観てみたいかも!」
「うん、そうだね。そしたら主演は品川さんかな?」
「うーわ! 出たっ! 三島くん、それ本気で言ってる?」
「えっ? 本気だよ」
「ホントにぃ~。じゃあ羽島くん! アタシが主演みたいだから、必要ならいつでも呼んでね!」

 三島と品川さんの会話を豊橋さん以外の3人の女性陣は恨めしい顔で二人を見つめる。
 しかし、こうして見るとアレだな。
 言葉を選ばずに言うと、三島は天然でデート商法を行っているようなものだ。
 名付けるならば、『アマチュアデート商法男子』とでも言うか。
 ……いや、さすがにそれは人聞きが悪すぎるので、本人への言及は控えるが。

「よーし! んじゃー、盛り上がって来たし、そろそろ席替えでもしまひょかー!」

 呂律もロクに回っていない米原の急な提案により、会場の空気がピリつく。
 察するに三島の隣りの占有権が、今後の重要な議題となるのだろう。

「そうだね。じゃあくじ引きで決めよっか?」

 三島の提案により、その場に張り詰めていた緊張の糸が切れたような気がした。
 品川さん以外の女性陣を見ると、安堵にも似た表情を浮かべていた。
 やはり三島には危機管理意識というものが身についているのだろう。
 これがモテる男のエチケットなのか。
 俺には一生かけても分かりそうにない。
 しかし、そんな三島の努力は一瞬にして無に帰すこととなる。





「あ、あの、私……、三島さんの隣りがいいですっ!」




 
  その瞬間、女性陣の間で戦慄が走ったことが分かる。

「えっと……、くじ引きでいこうって三島くんが言ったの聞こえてなかったかな?」

 米原の向かいの席に居る女は困ったような笑みを浮かべながら、豊橋さんに釘を指す。
 その張り付く笑顔の下からは、憎悪の念が漏れ出ている。

「ごめんなさいっ! で、でも三島さんとお話ししたくて」

 なおも豊橋さんは怯まない。
 その表情は、大凡飲みの場でするソレではない強圧的なものだった。

「おーおー、おアツいねお二人さん! 何ならいっそこのまま抜け出して、お隣のホテルででもいかがですかぁ~」

 米原は悪酔いしているのか、ヤケクソといった様子で言い放つ。
 当然ながら、女性陣はもの凄い勢いで引いている。

「米原くん、サイッテェー! ねぇ、羽島くん?」
「……えっ? あっ、お、おう」

 頭が追いついていかない。
 正直な話、米原の下劣な発言など今さらだ。
 豊橋さんはどこかのタイミングで仕掛けるつもりだったのだろうが、あまりにも唐突だったので、率直に動揺している。
 いや……。
 それよりも、先の三島の言葉が尾を引いているといった方が正解かもしれない。
 彼女は今、何を思い描いているのだろうか。

 豊橋さんの言葉を聞いた三島は数刻黙り、考え込む。
 そして、ゆっくりと普段の調子で続ける。

「いやー、参ったな! まさかご指名頂くとは思わなかったな! 分かったよ。俺も豊橋さんと話してみたかったし」

 三島は傍から聞いていても白々しいと思える言葉で、彼女の要求に応じてみせる。

「よし! じゃあせっかくだし、今日は指名制にしよっか!」
「あ、じゃあ、アタシ羽島くんとがいい!」

 三島の提案にすかさず品川さんは早々と反応し、俺を指名する。

「はぁ? 羽島は俺と差し飲みだろぉ? 今日はコイツに大人の礼儀ってもんを教えてやらねーとな!」

 やはり悪酔いしている。発言がメチャクチャだ。
 やたらと突っかかってくるし、ここまでくると流石に米原らしくない。

「何でお前に教えを乞わなきゃなんねぇんだよ。お前、今日特にめんどくせーぞ」
「おーおー、ちょっとモテ出すとスグそれかよ! お前がそんなヤツだとは思わなかったよ!」

 はっきり言って、他のメンバーは興醒めと言っていい。
 米原や豊橋さんのせいで、和やかな空気がぶち壊しだ。
 ここから楽しく仕切り直しできるような雰囲気ではない。

「おいっ! 行こうぜ! 面白くねぇ。こいつらと話すことなんて何もねぇよっ!」

 米原はそう吐き捨て、俺と三島、品川さんと豊橋さん以外のメンバーを引き連れ店を後にしてしまった。
 三島たちもそんな米原たちを見て、引き止めることをしなかった。
 米原たちが去り、俺たちのテーブルには静寂が訪れる。

「何なんだよ、アイツ……。悪い、ちょっと追いかけて来るわ」

 場の空気に耐えかね、俺は席を立とうとする。
 




 突如、豊橋さんに腕を掴まれる。

「ん? どうした?」

 豊橋さんは俯いたまま、何も話さない。
 だが俺の右手を掴む力は、着実に高まりつつある。

「羽島くん、ごめん。米原くんには出ていってもらったんだ」

 三島が寝耳に水の一言を放つ。

「は? お前何言ってんだ?」

「今日はキミと話さなきゃいけないことがあるんだ。ね? ?」



「……はい。
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