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36 豆の聖女運びという競技でしょうか
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「ねえ、おろしてよ。もう平気だから。歩けるから」
何度も訴えているのだが、クライヴはあずきを抱いたまま王宮内を移動し続ける。
意外と力持ちだと感心するが、何にしても恥ずかしいのでさっさとおろしてほしい。
「駄目です」
あっさりと切り捨てられれば、不満で頬が膨らむのも仕方がないと思う。
「クライヴの馬鹿……」
ぽつりとこぼすと、クライヴの口元が少し綻んだ。
「心配をかけているのは、アズキですよ」
「平気なのに」
確かにちょっと眩暈はするが、すぐに回復するのだ。
わざわざ部屋まで運んでもらう必要などない。
多少目障りかもしれないが、廊下にでも転がしておいてくれれば十分なのだが。
「それでも、心配です。アズキは、大切な人ですから」
「ああ。豆王国の人は、本当に豆の聖女が好きねえ」
「リスト王国です。……アズキ、俺の首に手を回してもらえますか?」
「――何で?」
突然の話題の変化に驚くが、当のクライヴは涼しい顔だ。
「その方が楽です」
「いや、重いならおろそうよ。その方が圧倒的に楽よ?」
小手先の苦痛軽減よりも、根本を正した方が絶対にいいと思うのだが、クライヴは笑みを浮かべている。
「アズキを放すつもりはありませんよ」
「何なのよ。豆王子は意地っ張りなんだから。豆成分の補給にしたって、抱っこする必要はないでしょう?」
「お願いします」
あずきが文句を言っても、クライヴの態度は変わらない。
このまま抱っこで運ぶのを止められないのならば、せめて少しでも苦痛を和らげる手伝いをした方がいいのだろうか。
「……わかったわ」
仕方なく腕をクライヴの首に回すが、初めてではないとしても恥ずかしいことには変わりがない。
すると、それと同時にぎゅっと抱き直された。
「しっかりつかまっていて。放さないでくださいね」
「だから、おろせばいいんじゃないの?」
「嫌です」
「……何なのよ、もう」
もしかして、クライヴは豆の聖女運びという新たな競技を発見したのだろうか。
豆成分を補給しながら、豆の神に生贄を捧げる的なイメージで運んでいるのかもしれない。
だとすれば、あずきが重くてもつらくても、それは一種の修行であり御利益があると思っているのだろう。
豆を愛する豆王国の豆王子なのだから、それくらいのことを考えていてもおかしくない。
しかし、あずきはごく一般的な豆感覚の日本人だ。
供物として重しとして無言で運ばれるのは、どうにもいたたまれない。
「今度、街に一緒に行ってくれるんでしょう? いつ頃かな」
「そうですね。明日は無理ですが、明後日なら」
思った以上に近い日程に、あずきの心が一気に弾んだ。
「本当? 嬉しい、ありがとう!」
「どういたしまして」
ミントグリーンの瞳を細めたクライヴは、そう言って口元を綻ばせた。
そしてやってきた約束の日。
朝からウキウキが止まらないあずきは、ポリーが持ってきてくれた町娘風のワンピースに袖を通してご機嫌だった。
「シンプルで可愛いわ。普段もこれでいいのに」
「アズキ様は豆の聖女ですよ? さすがにこの格好はいけません」
「装飾がなくて軽いから、動きやすいわよ。畑仕事に向いていると思うけどな」
「いけません。アズキ様には、殿下から贈られた服がございます」
そうなのだ。
制服に似せた服の他にも、いくつもの服をクライヴが用意してくれた。
だが、畑仕事か読書をすることが多いあずきとしては、そんなにたくさんの服は必要ない。
なので、ほとんど袖を通していないのだが、ポリーはそれが不満らしい。
「それから、これをかぶってくださいね」
そう言って手渡されたのは、これまたシンプルな帽子だ。
ワンピースと同じ小豆色のリボンが可愛らしい。
「髪色を変えても、瞳の色はそのままですので。これをかぶった方がよろしいと思います」
「瞳の色も、珍しいの?」
あずきの瞳は茶色というよりは小豆色に近い。
日本では少し珍しかったが、まさか異世界でまでそんな扱いをされるとは思わなかった。
「いえ、それほど珍しくはありません。ただ、お顔をあまり見せない方が」
「何で?」
「色々です」
よくはわからないが、この世界の住人であるポリーが言うのだから、意味があるのだろう。
うっかり豆魔法が解ける可能性もゼロではないので、帽子をかぶること自体には否はない。
三つ編みを結われながら、あずきはこの日のために準備した豆を握りしめていた。
「よし。それじゃあ、仕上げね。赤褐色で、お願い。――〈エンドウ豆の三色〉」
エンドウ豆が光って消えると、あずきの髪は赤褐色に変化していた。
一度経験したとはいえ、やはり不思議なものだ。
「ねえ、ポリー。街で何かおすすめのものとか、ある?」
ガイドブックも何もない以上、現地の人間の口コミは聞いておいて損はないはず。
やはり、情報収集は大切だ。
「そうですね。豆の串焼きは、手軽で美味しいですよ。塩加減が絶妙なんです」
一体何の豆を串に刺しているのかはわからないが、下ごしらえが大変そうな食べ物だ。
だが香ばしいであろうそれを想像したら、何だかお腹が空いてきた。
「ちょうど、小豆があるのよね」
髪色を変えるため事前にエンドウ豆を用意したのだが、同時に小豆も出ている。
クライヴにあげようと思って取っておいたのだが、一粒使っても怒りはしないだろう。
何度も訴えているのだが、クライヴはあずきを抱いたまま王宮内を移動し続ける。
意外と力持ちだと感心するが、何にしても恥ずかしいのでさっさとおろしてほしい。
「駄目です」
あっさりと切り捨てられれば、不満で頬が膨らむのも仕方がないと思う。
「クライヴの馬鹿……」
ぽつりとこぼすと、クライヴの口元が少し綻んだ。
「心配をかけているのは、アズキですよ」
「平気なのに」
確かにちょっと眩暈はするが、すぐに回復するのだ。
わざわざ部屋まで運んでもらう必要などない。
多少目障りかもしれないが、廊下にでも転がしておいてくれれば十分なのだが。
「それでも、心配です。アズキは、大切な人ですから」
「ああ。豆王国の人は、本当に豆の聖女が好きねえ」
「リスト王国です。……アズキ、俺の首に手を回してもらえますか?」
「――何で?」
突然の話題の変化に驚くが、当のクライヴは涼しい顔だ。
「その方が楽です」
「いや、重いならおろそうよ。その方が圧倒的に楽よ?」
小手先の苦痛軽減よりも、根本を正した方が絶対にいいと思うのだが、クライヴは笑みを浮かべている。
「アズキを放すつもりはありませんよ」
「何なのよ。豆王子は意地っ張りなんだから。豆成分の補給にしたって、抱っこする必要はないでしょう?」
「お願いします」
あずきが文句を言っても、クライヴの態度は変わらない。
このまま抱っこで運ぶのを止められないのならば、せめて少しでも苦痛を和らげる手伝いをした方がいいのだろうか。
「……わかったわ」
仕方なく腕をクライヴの首に回すが、初めてではないとしても恥ずかしいことには変わりがない。
すると、それと同時にぎゅっと抱き直された。
「しっかりつかまっていて。放さないでくださいね」
「だから、おろせばいいんじゃないの?」
「嫌です」
「……何なのよ、もう」
もしかして、クライヴは豆の聖女運びという新たな競技を発見したのだろうか。
豆成分を補給しながら、豆の神に生贄を捧げる的なイメージで運んでいるのかもしれない。
だとすれば、あずきが重くてもつらくても、それは一種の修行であり御利益があると思っているのだろう。
豆を愛する豆王国の豆王子なのだから、それくらいのことを考えていてもおかしくない。
しかし、あずきはごく一般的な豆感覚の日本人だ。
供物として重しとして無言で運ばれるのは、どうにもいたたまれない。
「今度、街に一緒に行ってくれるんでしょう? いつ頃かな」
「そうですね。明日は無理ですが、明後日なら」
思った以上に近い日程に、あずきの心が一気に弾んだ。
「本当? 嬉しい、ありがとう!」
「どういたしまして」
ミントグリーンの瞳を細めたクライヴは、そう言って口元を綻ばせた。
そしてやってきた約束の日。
朝からウキウキが止まらないあずきは、ポリーが持ってきてくれた町娘風のワンピースに袖を通してご機嫌だった。
「シンプルで可愛いわ。普段もこれでいいのに」
「アズキ様は豆の聖女ですよ? さすがにこの格好はいけません」
「装飾がなくて軽いから、動きやすいわよ。畑仕事に向いていると思うけどな」
「いけません。アズキ様には、殿下から贈られた服がございます」
そうなのだ。
制服に似せた服の他にも、いくつもの服をクライヴが用意してくれた。
だが、畑仕事か読書をすることが多いあずきとしては、そんなにたくさんの服は必要ない。
なので、ほとんど袖を通していないのだが、ポリーはそれが不満らしい。
「それから、これをかぶってくださいね」
そう言って手渡されたのは、これまたシンプルな帽子だ。
ワンピースと同じ小豆色のリボンが可愛らしい。
「髪色を変えても、瞳の色はそのままですので。これをかぶった方がよろしいと思います」
「瞳の色も、珍しいの?」
あずきの瞳は茶色というよりは小豆色に近い。
日本では少し珍しかったが、まさか異世界でまでそんな扱いをされるとは思わなかった。
「いえ、それほど珍しくはありません。ただ、お顔をあまり見せない方が」
「何で?」
「色々です」
よくはわからないが、この世界の住人であるポリーが言うのだから、意味があるのだろう。
うっかり豆魔法が解ける可能性もゼロではないので、帽子をかぶること自体には否はない。
三つ編みを結われながら、あずきはこの日のために準備した豆を握りしめていた。
「よし。それじゃあ、仕上げね。赤褐色で、お願い。――〈エンドウ豆の三色〉」
エンドウ豆が光って消えると、あずきの髪は赤褐色に変化していた。
一度経験したとはいえ、やはり不思議なものだ。
「ねえ、ポリー。街で何かおすすめのものとか、ある?」
ガイドブックも何もない以上、現地の人間の口コミは聞いておいて損はないはず。
やはり、情報収集は大切だ。
「そうですね。豆の串焼きは、手軽で美味しいですよ。塩加減が絶妙なんです」
一体何の豆を串に刺しているのかはわからないが、下ごしらえが大変そうな食べ物だ。
だが香ばしいであろうそれを想像したら、何だかお腹が空いてきた。
「ちょうど、小豆があるのよね」
髪色を変えるため事前にエンドウ豆を用意したのだが、同時に小豆も出ている。
クライヴにあげようと思って取っておいたのだが、一粒使っても怒りはしないだろう。
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