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20 書庫の鍵番
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「それで、お話はこれで終わりでしょうか」
「待って。ここって書庫なんでしょう? 先代の聖女の記録とか、残っていない?」
本来の目的は、先代の豆の聖女について調べることだ。
なんだかんだで寄り道したが、ここが書庫ならば話は早い。
「そうですね。主なものは神殿にあるでしょうが、記録としてはこちらにも残されているでしょうね」
「メイナード、詳しいの?」
淀みない答えからすると、期待が持てそうだ。
「書庫の管理は、鍵番を務めるピルキントン家の役目の一つですから」
「へえ。クリキントンって、凄いのね」
「ピルキントンです」
すかさず訂正を入れると、メイナードは首にかけた鎖を引っ張り出す。
「一般書庫はある程度出入りが自由ですが、特別書庫の扉はこの鍵がないと、開けることも閉めることもできません」
鎖の先についていたのは銀色の鍵で、緑色の石がついている以外はごく普通の鍵に見える。
「その特別書庫って、私も入っていいの?」
「もちろんです。豆の聖女であるアズキ様なら、何ら問題ありません」
「……あれ? でも、さっきその鍵を使っていなかった?」
扉を開けるところはしっかりと見ていないが、鍵をしまうところは目にした気がする。
「はい。ここがその特別書庫です。ここには防音の魔法もかかっていますので、聞かれたくない話をするのにもちょうどいいのですよ」
それはまた腹黒い香りがする話だが、ここに連れてきたということは、先ほどまでの会話も聞かれたくないものだったのだろうか。
「その鍵、メイナードだけが持っているの?」
「はい。私か父が常に持っています」
「……メイナードって、偉いの?」
王宮の書庫の中の特別な場所の出入りに必要な鍵を持っているとなると、それを任せるに値する人物ということだろう。
すると、あずきの質問が面白かったのか、メイナードが口元に笑みを浮かべた。
「そうですね。一応、ピルキントンは公爵家で、代々書庫の鍵番を務めています」
「へえ、凄い!」
この国が貴族制だとすると、恐らく公爵は最も上に位置するはずだ。
ということは、メイナードはかなり身分が高いのだろう。
思わず尊敬の眼差しで見つめると、メイナードは苦笑する。
「それを言うならば、殿下は王子ですよ。それも、複数属性の魔法を扱う、稀な才能の持ち主です」
「へえ、凄い。前に見た魔法も、格好良かったもんね」
「ほう……」
メイナードは何やらにやりと口角を上げて、クライヴに視線を送る。
そのクライヴは黙ったままだが、何となく頬が赤いような気がした。
「それに引き換え、何で私は豆魔法なのかしら」
「豆は素晴らしいですよ、アズキ」
クライヴが懸命にフォローしてくれるが、そういうことではない。
「ああ、まあ豆王国の人にとってはそうよね。せめて、もう少し使い道のある魔法がいいなあ。あんこを出してもね。……豆魔法って、他にはないの?」
現状、あんこ屋になるくらいしか魔法を活かす術がないのだから、困ってしまう。
「豆を召喚するだけでも凄いことですよ。さらに神の言葉を用いた魔法まで使えるのは、聖女でも稀だといいますし」
確かに、サイラスもそんなことを言っていた。
だが、だからと言ってあんこ製造だけで終わりにしたくはない。
「でも、小豆を出したらあんこになったでしょう? 他の豆も出るんだから、違う言葉で何かできるんじゃないかな。何故か、英語だし」
「エイゴ?」
「ちょっと、放して」
首を傾げるクライヴの手を振りほどくと、あずきは手のひらを差し出した。
「〈開け豆〉」
ころりと小豆が一粒転がる。
「〈開け豆〉」
小豆が二粒に増える。
「〈開け豆〉」
ついに小豆は三粒目になった。
「何なの。小豆しか出てこないんだけど。あんこ屋になれっていう、天啓なの?」
頬を膨らませて文句を言うと、クライヴがそっと手に触れる。
「アズキ、あまり豆魔法を使いすぎては」
「大丈夫よ。〈開け豆〉」
ころりと転がったのは、緑色の豆だ。
「やったわ。空豆ね。英語で……何かしら。スカイビーン? ……駄目だわ、とりあえず保留」
ひとまず豆をポケットに入れると、再び手のひらを上に向けて手を差し出す。
「〈開け豆〉」
ころりと小豆が一粒転がる。
「〈開け豆〉」
小豆の隣に空豆が並ぶ。
「〈開け豆〉」
三粒目は、空豆よりも小さい豆だった。
「やった、出たわ!」
嬉しくなってはしゃいだ途端に、くらりと目が回る。
バランスを崩して背後にそのまま倒れそうになるところを、誰かの手が背を支えてくれた。
「ほら。無理をするからです」
そう言うと、クライヴはあずきの背を押してまっすぐに立たせてくれた。
「ちょっと目が回っただけよ。横になればすぐに治るわ」
「どこに横になるつもりですか」
そう言われてみれば、この部屋には椅子はおろか机すらない。
となれば、選択肢は一つだ。
「じゃあ、床でいいわ」
「それはいけません」
慌てるクライヴに、あずきはにこりと微笑む。
「大丈夫よ。この床、綺麗だし。いけるいける」
見る限り泥汚れも埃もないので、特に抵抗もない。
というか、早く横になりたい。
くらくらと目が回って、少し気持ちが悪いのだ。
いそいそと床に座り込むと、次の瞬間、浮遊感とともに一気に視界が高くなった。
「待って。ここって書庫なんでしょう? 先代の聖女の記録とか、残っていない?」
本来の目的は、先代の豆の聖女について調べることだ。
なんだかんだで寄り道したが、ここが書庫ならば話は早い。
「そうですね。主なものは神殿にあるでしょうが、記録としてはこちらにも残されているでしょうね」
「メイナード、詳しいの?」
淀みない答えからすると、期待が持てそうだ。
「書庫の管理は、鍵番を務めるピルキントン家の役目の一つですから」
「へえ。クリキントンって、凄いのね」
「ピルキントンです」
すかさず訂正を入れると、メイナードは首にかけた鎖を引っ張り出す。
「一般書庫はある程度出入りが自由ですが、特別書庫の扉はこの鍵がないと、開けることも閉めることもできません」
鎖の先についていたのは銀色の鍵で、緑色の石がついている以外はごく普通の鍵に見える。
「その特別書庫って、私も入っていいの?」
「もちろんです。豆の聖女であるアズキ様なら、何ら問題ありません」
「……あれ? でも、さっきその鍵を使っていなかった?」
扉を開けるところはしっかりと見ていないが、鍵をしまうところは目にした気がする。
「はい。ここがその特別書庫です。ここには防音の魔法もかかっていますので、聞かれたくない話をするのにもちょうどいいのですよ」
それはまた腹黒い香りがする話だが、ここに連れてきたということは、先ほどまでの会話も聞かれたくないものだったのだろうか。
「その鍵、メイナードだけが持っているの?」
「はい。私か父が常に持っています」
「……メイナードって、偉いの?」
王宮の書庫の中の特別な場所の出入りに必要な鍵を持っているとなると、それを任せるに値する人物ということだろう。
すると、あずきの質問が面白かったのか、メイナードが口元に笑みを浮かべた。
「そうですね。一応、ピルキントンは公爵家で、代々書庫の鍵番を務めています」
「へえ、凄い!」
この国が貴族制だとすると、恐らく公爵は最も上に位置するはずだ。
ということは、メイナードはかなり身分が高いのだろう。
思わず尊敬の眼差しで見つめると、メイナードは苦笑する。
「それを言うならば、殿下は王子ですよ。それも、複数属性の魔法を扱う、稀な才能の持ち主です」
「へえ、凄い。前に見た魔法も、格好良かったもんね」
「ほう……」
メイナードは何やらにやりと口角を上げて、クライヴに視線を送る。
そのクライヴは黙ったままだが、何となく頬が赤いような気がした。
「それに引き換え、何で私は豆魔法なのかしら」
「豆は素晴らしいですよ、アズキ」
クライヴが懸命にフォローしてくれるが、そういうことではない。
「ああ、まあ豆王国の人にとってはそうよね。せめて、もう少し使い道のある魔法がいいなあ。あんこを出してもね。……豆魔法って、他にはないの?」
現状、あんこ屋になるくらいしか魔法を活かす術がないのだから、困ってしまう。
「豆を召喚するだけでも凄いことですよ。さらに神の言葉を用いた魔法まで使えるのは、聖女でも稀だといいますし」
確かに、サイラスもそんなことを言っていた。
だが、だからと言ってあんこ製造だけで終わりにしたくはない。
「でも、小豆を出したらあんこになったでしょう? 他の豆も出るんだから、違う言葉で何かできるんじゃないかな。何故か、英語だし」
「エイゴ?」
「ちょっと、放して」
首を傾げるクライヴの手を振りほどくと、あずきは手のひらを差し出した。
「〈開け豆〉」
ころりと小豆が一粒転がる。
「〈開け豆〉」
小豆が二粒に増える。
「〈開け豆〉」
ついに小豆は三粒目になった。
「何なの。小豆しか出てこないんだけど。あんこ屋になれっていう、天啓なの?」
頬を膨らませて文句を言うと、クライヴがそっと手に触れる。
「アズキ、あまり豆魔法を使いすぎては」
「大丈夫よ。〈開け豆〉」
ころりと転がったのは、緑色の豆だ。
「やったわ。空豆ね。英語で……何かしら。スカイビーン? ……駄目だわ、とりあえず保留」
ひとまず豆をポケットに入れると、再び手のひらを上に向けて手を差し出す。
「〈開け豆〉」
ころりと小豆が一粒転がる。
「〈開け豆〉」
小豆の隣に空豆が並ぶ。
「〈開け豆〉」
三粒目は、空豆よりも小さい豆だった。
「やった、出たわ!」
嬉しくなってはしゃいだ途端に、くらりと目が回る。
バランスを崩して背後にそのまま倒れそうになるところを、誰かの手が背を支えてくれた。
「ほら。無理をするからです」
そう言うと、クライヴはあずきの背を押してまっすぐに立たせてくれた。
「ちょっと目が回っただけよ。横になればすぐに治るわ」
「どこに横になるつもりですか」
そう言われてみれば、この部屋には椅子はおろか机すらない。
となれば、選択肢は一つだ。
「じゃあ、床でいいわ」
「それはいけません」
慌てるクライヴに、あずきはにこりと微笑む。
「大丈夫よ。この床、綺麗だし。いけるいける」
見る限り泥汚れも埃もないので、特に抵抗もない。
というか、早く横になりたい。
くらくらと目が回って、少し気持ちが悪いのだ。
いそいそと床に座り込むと、次の瞬間、浮遊感とともに一気に視界が高くなった。
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