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23 「残念令嬢」書籍発売感謝祭リクエスト ヤーナの試練
しおりを挟む「残念令嬢」書籍発売感謝祭のリクエスト短編です。
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ヤーナはニッコラ男爵令嬢だ。
貴族令嬢と言えば聞こえはいいが、名ばかりの貧乏貴族。
ヤーナが聖女候補になったことで経済的支援を見込めると喜ばれ、社交界デビューの支度をしなくていいと喜ばれる。
そんな家だ。
家族仲はいいが、だからこそこの経済支援の機会を逃すわけにはいかない。
幸い、ヤーナは社交界デビューにたいして夢を抱いていなかった。
ドレスひとつ用意するのに苦心するような家柄の、とりたてて美しいわけでもない娘。
物語のように麗しの王子様に見初められるようなことはないどころか、お金のためにはるか年上の男性に嫁ぐ可能性すらある。
そう考えれば、ヤーナにとって結婚しなくてもいい聖女という立場は、悪くない選択肢だった。
「赤い花がヤーナさん、緑の花がメルディさんの咲かせた花です。候補が二人と言いましたが、決して競うようなものではありません。それぞれが別の試練を受けますし、いつ終わるかは個人差が大きいので同時期に終わる保証もありません」
聖女の担当だというマルコの言葉に、ヤーナのみならずメルディもほっと息をつく。
聖女候補が同時に二人と聞いた時にはどちらか一人が選ばれるのかと心配したが、そういう類のものではないらしい。
「試練を受けている間、この花は咲いたままです。記録によると、一番長い候補は十年試練を受け続けたそうです。そして、試練を乗り越えられなければ聖女にはなれません」
その間、経済支援は続くというのはありがたいが、十年経って『やっぱり聖女ではありませんでした』と言われたら最悪だ。
その頃には普通の縁談は望めないだろうから、そのまま教会に残ることになるだろう。
出来ることなら、聖女として経済的にも立場的にも安定を得たいものだ。
「ヤーナの試練は……ええと。……大変?」
もうひとりの聖女候補である、メルディが聞きにくそうに尋ねる。
試練の内容には触れられないのだから、仕方がない。
言いたいことはわかるので答えたいのだが、ここでヤーナは首を傾げた。
ヤーナが世界樹に咲かせた花は、深紅。
その時に頭に響いた言葉は、『食べ過ぎ』だ。
……正直、何のことだかわからない。
「大変……なのかしら。そうね、私が試練をこなすんだから……大変ね」
聖女が神の試練をこなすというのなら、ヤーナが食べ過ぎになるということだろうか。
お腹いっぱいになると聖女になるとは、ますます意味がわからない。
「私も大変だわ。でも、正直言って意味がわからないの」
メルディに激しく同意だが、聖女ごとに試練の内容は違うと聞いたので『食べ過ぎ』ではないのだろう。
……まあ、聖女候補二人がひたすら食べ続けていたら、それはそれで滑稽なので違って良かったが。
その日から、ヤーナは食事の量を増やした。
本来のニッコラ家なら食費がかさむからと渋られただろうが、何せヤーナのおかげで経済的支援が受けられる。
ヤーナが食べる量などたかが知れているので、問題なく受け入れられた。
だがしかし、問題はそこではなかった。
「……あー。気持ち悪いわ」
ソファーにだらしなく伸びたヤーナは、お腹をさすりながらため息をついた。
試練に立ち向かうために日夜食べまくっているが、一体これで何を得られるのかさっぱりわからない。
満腹でも我慢して食べ続けたせいで、何だか太ってきたし、食事自体が憂鬱になってきた。
聖女たるもの、ふくよかで食に貪欲でなければならないのだろうか。
残りの人生をこの調子で満腹で過ごすのなら、聖女というのも過酷な立場である。
「……お嬢。一応聖女候補でしょう。もう少しシャキッとしたらどうですか」
「一応とは何よ。ハンネスのくせに」
黄土色の髪の少年は、ニッコラ家の使用人のハンネスだ。
使用人と言っても貧乏男爵家なので、そんなに厳格な間柄ではない。
ほぼ血がつながっていないだけの家族という感じで育っているので、ヤーナにとっても兄のようなものだった。
「聖女候補に選ばれたと思ったら、毎日馬鹿みたいに大食いなんて。ストレスですか?」
「……ある意味そうかも。でも、必要なのよ。食べたいわけじゃないわ」
「まあ、お嬢のおかげで俺の食事も増量されて、万々歳ですけどね」
ハンネスはヤーナよりも三歳年上の十九歳だ。
既に成長期は終えているはずだが、その食欲は衰えを知らない。
ヤーナのおかげで経済的に余裕が生まれたニッコラ家で、それを一番喜んでいるのはハンネスかもしれなかった。
「ハンネスは、いつもよくあれだけ食べられるわよね。コツがあるなら教えてくれない? 私、たくさん食べないといけないの」
「コツも何も、お腹が空くから食べるに決まっていますよ」
呆れたとばかりに呟かれ、ヤーナは納得しながらも落胆した。
ヤーナが試練のためにできるのは、食べること。
しかも、ただ食べればいいわけではなくて、食べ過ぎなければいけない。
「食べ過ぎって何よ。どこが基準よ。もう、食べたくないわよ」
つい先日も、食べ過ぎたせいで中央教会で気分が悪くなり、メルディに心配をかけたばかりだ。
その後メルディの世界樹の花が実をつけた衝撃で、気分の悪さも吹き飛んだが。
「……メルディは、聖女になるのよね」
試練の内容は知らないが、メルディは見事にそれをこなしたのだろう。
ヤーナとは大違いである。
「メルディというのは、もうひとりの聖女候補ですか?」
「そう。メルディは試練を終えて、聖女になるのが決まったわ。何か、騎士までつくらしいし」
世界樹に実がついた時に一緒にいた少年で、どうやら貴族らしい。
見た感じ少年はメルディに好意がありそうだったし、可愛いメルディとお似合いだ。
試練を終え、聖女になり、騎士までいる。
……食べ過ぎで気持ちが悪いヤーナとは、雲泥の差である。
「あーあ。もう食べるの嫌だなあ。聖女候補、辞退しようかなあ」
投げやりになってソファーに大の字になって倒れこむと、ハンネスが首を傾げた。
「つらいなら、やめればいいですよ」
「あのねえ。聖女候補だから、経済支援を受けられるのよ? 私に残された道は、食べたくもない食事を沢山食べて、いずれは聖女候補から外れて教会の人間として働くことだけ」
別に聖女になれないのも、教会で働くのも構わないのだが、この食事地獄が続くというのがきつかった。
本当に、『食べ過ぎ』というのは、何と過酷な試練なのだろう。
聖女とはまったく関係なさそうなところがまた嫌になる。
「なら、俺が食べてあげます」
「……は?」
何を言われたのかわからず視線を向けると、ハンネスがすぐそばでヤーナを見下ろしていた。
「お嬢は沢山食べないといけなくて、でも食べたくないんでしょう? だったら、俺がそのぶん食べてあげますよ」
「いやいや。それじゃあ、私が食べたことにならないし。大体、既にハンネスは沢山食べているんだから、これ以上は食べ過ぎよ。お腹が破裂するわよ」
心配というよりは呆れてそう言うと、目の前に手が差し出された手を掴んで体を起こす。
「お嬢が望むなら、食べますよ。聖女でも、候補でも、教会の人間でも同じです。お嬢は、お嬢です」
そう言って笑うハンネスを見ていたら、何だかヤーナの心も少し軽くなってきた。
「そうね。何をしても、私は私よね。――よし、もう無理はしない。デザート一品追加に留めるわ!」
「それがいいと思います。……ここのところだいぶ、丸くなってきたようですし」
人が気にしていることを、よくもぬけぬけと。
ヤーナは睨みつけるが、ハンネスは笑顔のままだ。
何だか馬鹿らしくなったヤーナは、そのままもう一度ソファーに転がった。
翌日、中央教会の世界樹には赤い実が揺れていた。
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