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18 ツンデレはどうなったんですか

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 アレクシスに手を引かれたまま、赤と緑の扉をくぐる。
 扉の前に立つ神官をちらりと見るが、アレクシスを止める様子はない。
 マルコが許可すると通れるのなら、意外と緩い規則だったのだろうか。
 そのまま世界樹の根元まで行くと、マルコも遅れて到着した。

「マルコ様、ヤーナはどうしたんですか?」
 あれだけ興奮してメルディを呼びに来たのに、ヤーナの姿はない。
 遅れているのだろうかと扉の方に視線を向けていると、マルコが首を振るのが見えた。

「彼女はまだ候補です。聖女候補が試練を終えるところを、見せるわけにはいきません」
 なるほど、そういうものなのか。
「……え? 試練を終える?」

 思わず眉を顰めてマルコを見ると、メルディの頭上を指差した。
 世界樹を見上げてみれば、深紅の花の隣に咲いていたはずの浅緑の花がない。
 代わりにそこには、小さな青林檎に似た果実が実っていた。

「これは?」
「メルディさんが、もぎ取ってください」
「……はあ」

 花が咲いて、枯れて、実がつくという流れは普通だが、展開があまりにも急だ。
 少しばかり警戒しながら手を伸ばそうとするが、背伸びをしてもまったく届かない。
 試しに何度か飛び跳ねてみたが、結局指先に触れることもできない。
 もぎ取ってほしいのなら、もう少しメルディに優しい位置に実ってくれてもいいのに。


「……椅子でも持ってきます」
 踵を返して扉に向かおうとすると、隣に立っていたアレクシスに突然抱き上げられた。
「ちょ、ちょっと、何?」
「これで届くか?」
 平然と答えられたが、今はそういう問題ではない。

「何するのよ、おろしてよ。だったら、アレクシスがもぎ取りなさいよ」
 少しばかり……いや、結構メルディよりも背が伸びたからって、何という嫌がらせだ。
 大体、メルディを抱えてもぎ取らせるくらいなら、アレクシスが手を伸ばせばいいだけではないか。
 だが、じたばたと暴れてみるものの、一向におろしてもらえない。

「それは無理ですよ、メルディさん。花も実も、聖女候補本人でなければ触れることはできません」
 マルコの非情な追い打ちに、何故かアレクシスが得意気な顔でメルディを見上げてきた。
「だったら、椅子を取って来るから。おろして」
「別に、このままで取ればいい。この方が早い」

 抱え上げられたままで暫し睨み合うが、確かに時間の無駄だ。
 諦めて実に手を伸ばすと、何の抵抗もなくもぎ取ることができた。
 地面に降ろされたメルディの手の中には、小ぶりな青林檎にしか見えない実が乗っている。
 すると、頭上からざわざわと葉擦れのような音が聞こえてくる。
 風も吹いていないのに、世界樹の葉がさざ波のように揺れていた。


「……ああ。世界樹が喜んでいますね」
 マルコは尊いもの、愛しいものを見るような優しい眼差しで、世界樹を見上げている。

「後は、その実を誰かに食べさせてください」
「はい?」
 言わんとする意味がよくわからず首を傾げるメルディに、マルコは笑みを返した。

「その実を食べた人が聖女の騎士。……メルディ・アールト、あなたの騎士となります。騎士を選んで、試練はすべて終了。聖女として認められます」



「意味がわからないわ……」
 馬車の中で、メルディは呟いた。

 メルディは花を咲かせたから、聖女候補になった。
 神の試練が『ツンデレ』だから頑張っていたけれど、結果は出せず。
 なのに花は枯れて実がついて、それを食べた人が騎士。
 騎士を選んだら試練は終了で、聖女になる。

 ……やっぱり、意味がわからない。
 ツンデレはどうしたのだ、ツンデレは。
 ひとつのツンも、欠片のデレもこなしていないのに、何故実がつくのだ。

 それともあれか。
 意外とサウリはメルディのツンデレにときめいているのか。
 ムッツリか、ムッツリさんなのか。

「……いや、それはないわ」
 さすがに、それくらいは見ていればわかる。
 サウリがメルディに注ぐ眼差しは優しいが、庇護する者に対してのそれでしかない。


「……怪我は平気か?」
 そっとかけられた声に視線を動かせば、正面に座るアレクシスが見えた。
 アレクシスの視線は、メルディの頬に当てられたガーゼに向けられている。
 男に殴られた頬は少し腫れていて、神官が手当てしてくれたのだ。
 血の味がしたところを見ると口の中も切れたのだろうが、それくらいはじきに治るだろう。

「平気よ。それより……ありがとう、アレクシス」
 アレクシスがあの時駆けつけてくれなかったら、メルディは男達に連れ去られていただろう。
 聖女候補を売るとか何とか言っていた気がするし、まさしく命の恩人である。
 だが、お礼を言われたアレクシスは、見慣れた不機嫌そうな顔で視線を逸らした。

「いいよ。……間に合っていないしな」
「でも、あのままなら私、どこかに売られたらしいわ。殴られて、昔のことを思い出しちゃって。途中から声も出なかったの。来てくれてありがとう」

 今考えれば叫ぶなりもっと暴れるなりできる気がするのだが、あの時は恐怖でとてもそれどころではなかった。
 もうずっと昔のことなのに、誘拐されかけたあの記憶と恐怖は、メルディに深く根をおろしているらしい。

「散歩していたらおまえの声が聞こえたから。近くの神官に衛兵を連れてくるように言って、俺だけ先に向かったんだ。俺一人の力じゃない。……サウリ叔父さんなら、一人で大丈夫だった」
「でも、サウリ様って昔は騎士だったんでしょう? アレクシスより強いのは、当然じゃない?」
 慰めるつもりで言ったのだが、アレクシスの表情から察するに、不満らしい。
 ここは、少し話を変えた方がいいだろう。


「それにしても、アレクシスが剣を習っているというのは聞いた気がするけれど、本当に強かったのね」
 あの男達がどの程度の腕前なのかは、メルディにはわからない。
 だが、普通に考えれば大人と十五歳の少年では、大人に軍配が上がるだろう。

「そ、そんなことない」
 今度はうっすらと頬を染めている。
 意外とわかりやすいんだなと感心していると、アレクシスは咳払いをした。

「全然。まだ足りない」
 悔しさを滲ませそう言う姿からは、本当に満足していないのだという気持ちが伝わってくる。
 意外と向上心に溢れているようだし、この調子なら本人の望む力を手に入れるのも、そう遠くない未来なのかもしれない。

「そうなの? でも、助かったわ。本当にありがとう」
「ああ。……それで、どうするんだ?」

 アレクシスが見ているのは、メルディの手の中に収まっている青林檎のような果実だ。
 形といい、色といい、どう見ても青林檎なので忘れそうになるが、これは世界樹の実である。
 親指と人差し指で作った輪と同じくらいの大きさということくらいしか、普通の林檎と見分ける術はない。

「予定通りよ。サウリ様に告白して……食べてくれたら、嬉しいけれど」
 恐らく、それは無理だろう。
 言葉にしなくてもアレクシスにもわかるらしく、水色の瞳がほんの少し陰った。


「でも、私の中のけじめだから――行ってくる」
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