上 下
13 / 23

13 特別な人だから

しおりを挟む
 院長にサウリと同じことを言われ、今後中央教会に行く時には連絡することを約束させられたメルディは、ため息をつきながら院長の部屋を出る。
 すると、それを待っていたかのようにアニタとトニが駆け寄ってきた。

「メルディ、おかえり。院長先生にメルディが出掛けたって伝えたら、サウリ様に連絡しないといけないって慌てていたけれど。何かあったの? 大丈夫だった?」
「うん。別に何もないわ。何かあるといけないから、一人で行動しないようにって言われたけれど」
「まあ、聖女候補だもんな。最近、人攫いの噂もあるらしいし、気を付けるこしたことはないのか」
 双子と共に食堂に向かうと、コップに水を入れて一気に飲み干す。

「それで、サウリ様が馬車で迎えに来てくれたんでしょう?」
「うん。サウリ様とアレクシスもいたわ」
 迷惑をかけたという負い目はあるものの、サウリが心配してくれたのは事実だ。
 たとえメルディの望む好意はないのだとしても、嬉しい気持ちが膨らむ。

「でも、アレクシスまで怒るなんて意外だったわ。私のことは嫌いでも、そのあたりの正義感はあるということかしら。あるいはサウリ様に何か言われたんでしょうね」
 すると、トニが何とも言えない哀れみに似た表情でメルディを見ている。

「何?」
「いや。……ちょっと、同情するなあ、と」
「だから、メルディにはツンデレなんて無理なんだってば」
 聞き捨てならない言葉に、メルディは空のコップを机に置いた。

「アニタ、酷い。私だって頑張っているのに」
「人には向き不向きがあるのよ」
「向いてなくても、私はツンデレになるの!」

 すべては、サウリのそばにいるために。
 ――だって、サウリはメルディにとって特別な人だから。



 ――あれは、十歳の頃だった。

 メルディは孤児院の近くにある木の根元でどんぐりを拾っていた。
 途中まではアニタとトニが一緒だったが、二人はトイレに行き、メルディ一人でどんぐり拾いを続けていたのだ。

 その時、見知らぬ男が二人近付いて来た。
 何かを言っていたが、もう憶えていない。
 突然腕を掴まれて、引きずるようにして連れ去られそうになった。

 メルディは必死に抵抗したが、十歳の子供の力なんてたかが知れている。
 どうにか逃げようと男の腕に噛みつくと、頬を殴られた。
 痛みと恐怖で涙が出てきて、体が言うことを聞いてくれない。

 ――この男に連れ去られるのだ、殺されるのかもしれない。

 そんな絶望に心が染まりそうになった時、一人の少年が声をあげた。
 少年がメルディを背に庇うが早いか、声を聞きつけた男性がやって来た。
 貴族と思しき男性は、あっという間に男二人を倒して少年と共にいたメルディに声をかけてくれた。

 その少年がアレクシス、貴族の男性がサウリだ。
 安心して大泣きしたメルディは、サウリに抱っこされている間に寝てしまった。
 サウリの腕の中はいい匂いがして、その匂いで安心したのを覚えている。

 トイレから戻ったアニタとトニにより修道院の人間だとわかり、送ってもらい……今日に至る。



 あれ以来大人の男性が怖くて、養子の話も流れに流れたが、あの時サウリが来なかったらと思うとぞっとする。
 話によると、サウリは昔騎士だったことがあるらしく、だからあんなに強いのだとわかった。

 サウリは恩人で、同時にメルディの初恋の相手だ。
 颯爽と助けてくれたこともそうだが、その後の修道院への関わり方や優しい心配りにますます好意をつのらせた。

 ――結婚するなら、サウリがいい。

 小さい頃はそれがかなうものだと愚かにも信じていたが、年を重ねるごとに自身とサウリの境遇の差を痛感していく。

 相手は伯爵、対してメルディはただの孤児で、年の差も十四もある。
 サウリに会ってからそれなりに身だしなみには気を付けるようにしているが、所詮は子供。
 大人の男性を夢中にさせるだけのものなど持っていない。

 妻になるのは無理だろうと気付き、せめて愛妾でもと思うようになっていたが、最近ではそれすらも厳しいだろうと薄々わかってきた。

 メルディは孤児院にいるから、その様子を見に来たサウリに会えるのだ。
 孤児院を出てしまえば、話しかけることすらも難しい間柄になる。
 サウリに会えるのは、あと少ししかないのだ。
 だが聖女になれば、ただの孤児のメルディと違って、公の立場を得ることができる。

 これがおそらく最後のチャンス。
 だからメルディは諦めるわけにはいかないのだ。


 ……なのに、大人の男性は手強かった。

 ツンツンした物言いにしても、サウリは笑顔で流してしまう。
 懸命に『素直じゃない』を実行してはいるが、ただの子供のわがままのような気がしてきた。
 ツンがろくに効果をあげられていないだけでもつらい。
 だが、それでも素直じゃない感じは、ほんのり伝わっているはずだ。

 そして今日はついに『ツン9:デレ1』のデレを実行する日。
 これできっと印象が変わるはず。

 ――目指せツンデレ、ギャップ萌え。

 心の中で自分を鼓舞すると、メルディはサウリのそばに近付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

どうやら婚約者が私と婚約したくなかったようなので婚約解消させて頂きます。後、うちを金蔓にしようとした事はゆるしません

しげむろ ゆうき
恋愛
 ある日、婚約者アルバン様が私の事を悪く言ってる場面に遭遇してしまい、ショックで落ち込んでしまう。  しかもアルバン様が悪口を言っている時に側にいたのは、美しき銀狼、又は冷酷な牙とあだ名が付けられ恐れられている、この国の第三王子ランドール・ウルフイット様だったのだ。  だから、問い詰めようにもきっと関わってくるであろう第三王子が怖くて、私は誰にも相談できずにいたのだがなぜか第三王子が……。 ○○sideあり 全20話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...