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12 ツンデレを忘れました
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マルコは不在だったが、ヤーナがちょうど来ていると聞いたメルディは、急いで世界樹の生える部屋に向かった。
赤と緑の扉の前にいる神官がいつものように扉を開けてくれたので、礼をすると部屋の中に入る。
ほぼ屋外のその部屋の中央に鎮座する世界樹の根元には、焦げ茶色の髪の少女の姿があった。
「ヤーナ!」
「メルディ。偶然ね」
聖女候補は自由に出入りしてもいいとはいえ、それぞれに普段の生活がある。
メルディだって孤児院の仕事があるし、男爵令嬢のヤーナだって恐らく忙しいだろう。
こうして会えるなんて、運がいい。
「試練に行き詰ったから、気晴らししようと思って来たの」
そう言って世界樹を見上げると、緑色の花と赤い花が仲良く揺れている。
風に乗って清々しい匂いがやってきたので、思わず深呼吸をしてしまう。
「やっぱり、いい匂いがするわね」
「え? 何の話?」
「たぶんこの花だと思うんだけど、いい匂いだと思わない?」
メルディの言葉に促され、ヤーナが花の方に顔を向けた。
「んー。確かに、少しするかも。お花の甘い匂いだわ」
「え? ハーブみたいな、清々しい匂いじゃない?」
メルディとヤーナは顔を見合わせるが、嘘を言う理由などお互いにない。
「……嗅覚の違い、かしら?」
味に好みがあるように、匂いの感じ方にも個性があるのだろう。
気にしたところで仕方がないので、ヤーナの意見にうなずいた。
「それでヤーナは……調子、どう?」
試練の内容については話してはいけないと言われている。
だが、これくらいなら聞いても問題ないはずだ。
「うーん。ちょっときついけれど、頑張っているわ」
ヤーナは困ったように笑っているが、やはり試練はきついらしい。
試練の内容はわからないが、同じような状況なのだろう。
「私も、正直に言って性に合わないけれど、頑張っているわ」
「そう。メルディも大変なのね。お互い頑張りましょうね」
ヤーナと固い握手を交わすと、時々会おうと約束をして教会の前で別れる。
そのまま来た道を歩いて帰ろうとすると、馬車がメルディの横に停まった。
貴族が中央教会に来たのだろうか。
何にしてもここにいては邪魔だろうと、早足で馬車から離れる。
世の仲はサウリの様な紳士な貴族ばかりではないので、避けられる揉め事は避けた方がいい。
「――メルディ!」
背後から必死な声が聞こえたと思う間もなく、メルディの腕が掴まれる。
びっくりして振り返ると、そこにいたのはアレクシスだった。
腕を掴んだまま少しばかり肩で息をしていたかと思うと、すぐにメルディに厳しい眼差しを向けた。
「何で、一人で行ったんだ!」
「……え? 何が?」
何かに怒っているというのはわかるのだが、その理由がさっぱりわからない。
そもそも、何故アレクシスはここにいるのだろう。
「とにかく、こっちに来い!」
いうが早いか、アレクシスはメルディの手を引いたまま馬車に向かう。
勢いに押されて馬車に乗り込むと、中には黒髪に水色の瞳の紳士の姿があった。
「サウリ様!」
嬉しくなって思わず声をあげるメルディに対して、サウリの表情は硬い。
いつもと違う雰囲気に何となく気後れしてしまい、そのまま黙って椅子に座った。
アレクシスが座って扉が閉められると、すぐに馬車が動き出す。
方向転換しているらしいのはわかるが、一体どこに行くのだろう。
「それで、何で一人で中央教会に行ったんだ」
不機嫌さを隠すこともなく、アレクシスが聞いてきた。
「何でって。ちょっと相談と気晴らしに」
「そうじゃなくて、何でメルディ一人だけで歩いて行ったのか聞いているんだ」
「別に、アニタ達は教会に用がないから」
「だから、そうじゃなくて。聖女候補に選ばれたんだから、一人で行動は良くないって言っただろう!」
大きな声にびっくりしたメルディの肩がびくりと震える。
「――アレクシス」
苛立った様子のアレクシスにサウリが声をかけると、渋々と言った様子で押し黙った。
「……メルディ。前に中央教会に行った時は、ちゃんと連絡があったけれど。何故、今回は院長に言わなかったの?」
「連絡……? 院長先生は外出していたので、ちゃんとアニタに伝言しておきました」
無断で出かけたわけではないのだから、問題ないはずだ。
「そうか。だから急いで連絡が来たんだね」
「あの、連絡って何ですか? それに、サウリ様は何故ここにいるのでしょうか」
「院長からメルディが一人で中央教会に向かったと連絡が来たから、屋敷から急いで馬車を走らせてきたんだよ」
では偶然通りかかってメルディを拾ったわけではないのか。
「私が一人で中央教会に行くのは、そんなに良くないことなんですか?」
「教会まではそれなりの距離なんだから、俺かサウリ叔父さんと一緒に行かないと駄目だろう」
アレクシスが怒っているが、やはり納得できない。
「別に大した距離じゃないし、道もわかるし、昼間だし、何も起こることはないと思うわ」
メルディとしてはまっとうな意見を言ったつもりなのだが、サウリも少し険しい顔をしている。
「聖女候補が現れたというのは一般には広められていない。でも関係者から漏れる可能性はゼロではないし、見る人が見ればすぐにわかる。気を付けなければいけないよ」
サウリにたしなめられれば、従わざるを得ない。
心配してくれているようなので、なおさらだ。
「……わかりました」
メルディの返答を聞いて一応表情を緩めた二人に孤児院まで送り届けてもらうと、馬車を見送りながら大切なことに気が付いた。
「……ツンデレ、忘れていたわ」
サウリとのツンデレチャンスだったのに、すっかり頭から抜け落ちていた。
ただでさえうまくいっていないのだから、せめて数をこなさなければいけないというのに、なんという失態だ。
ツンデレは思った以上に難しい。
メルディはため息をつくと、とぼとぼと孤児院に戻った。
赤と緑の扉の前にいる神官がいつものように扉を開けてくれたので、礼をすると部屋の中に入る。
ほぼ屋外のその部屋の中央に鎮座する世界樹の根元には、焦げ茶色の髪の少女の姿があった。
「ヤーナ!」
「メルディ。偶然ね」
聖女候補は自由に出入りしてもいいとはいえ、それぞれに普段の生活がある。
メルディだって孤児院の仕事があるし、男爵令嬢のヤーナだって恐らく忙しいだろう。
こうして会えるなんて、運がいい。
「試練に行き詰ったから、気晴らししようと思って来たの」
そう言って世界樹を見上げると、緑色の花と赤い花が仲良く揺れている。
風に乗って清々しい匂いがやってきたので、思わず深呼吸をしてしまう。
「やっぱり、いい匂いがするわね」
「え? 何の話?」
「たぶんこの花だと思うんだけど、いい匂いだと思わない?」
メルディの言葉に促され、ヤーナが花の方に顔を向けた。
「んー。確かに、少しするかも。お花の甘い匂いだわ」
「え? ハーブみたいな、清々しい匂いじゃない?」
メルディとヤーナは顔を見合わせるが、嘘を言う理由などお互いにない。
「……嗅覚の違い、かしら?」
味に好みがあるように、匂いの感じ方にも個性があるのだろう。
気にしたところで仕方がないので、ヤーナの意見にうなずいた。
「それでヤーナは……調子、どう?」
試練の内容については話してはいけないと言われている。
だが、これくらいなら聞いても問題ないはずだ。
「うーん。ちょっときついけれど、頑張っているわ」
ヤーナは困ったように笑っているが、やはり試練はきついらしい。
試練の内容はわからないが、同じような状況なのだろう。
「私も、正直に言って性に合わないけれど、頑張っているわ」
「そう。メルディも大変なのね。お互い頑張りましょうね」
ヤーナと固い握手を交わすと、時々会おうと約束をして教会の前で別れる。
そのまま来た道を歩いて帰ろうとすると、馬車がメルディの横に停まった。
貴族が中央教会に来たのだろうか。
何にしてもここにいては邪魔だろうと、早足で馬車から離れる。
世の仲はサウリの様な紳士な貴族ばかりではないので、避けられる揉め事は避けた方がいい。
「――メルディ!」
背後から必死な声が聞こえたと思う間もなく、メルディの腕が掴まれる。
びっくりして振り返ると、そこにいたのはアレクシスだった。
腕を掴んだまま少しばかり肩で息をしていたかと思うと、すぐにメルディに厳しい眼差しを向けた。
「何で、一人で行ったんだ!」
「……え? 何が?」
何かに怒っているというのはわかるのだが、その理由がさっぱりわからない。
そもそも、何故アレクシスはここにいるのだろう。
「とにかく、こっちに来い!」
いうが早いか、アレクシスはメルディの手を引いたまま馬車に向かう。
勢いに押されて馬車に乗り込むと、中には黒髪に水色の瞳の紳士の姿があった。
「サウリ様!」
嬉しくなって思わず声をあげるメルディに対して、サウリの表情は硬い。
いつもと違う雰囲気に何となく気後れしてしまい、そのまま黙って椅子に座った。
アレクシスが座って扉が閉められると、すぐに馬車が動き出す。
方向転換しているらしいのはわかるが、一体どこに行くのだろう。
「それで、何で一人で中央教会に行ったんだ」
不機嫌さを隠すこともなく、アレクシスが聞いてきた。
「何でって。ちょっと相談と気晴らしに」
「そうじゃなくて、何でメルディ一人だけで歩いて行ったのか聞いているんだ」
「別に、アニタ達は教会に用がないから」
「だから、そうじゃなくて。聖女候補に選ばれたんだから、一人で行動は良くないって言っただろう!」
大きな声にびっくりしたメルディの肩がびくりと震える。
「――アレクシス」
苛立った様子のアレクシスにサウリが声をかけると、渋々と言った様子で押し黙った。
「……メルディ。前に中央教会に行った時は、ちゃんと連絡があったけれど。何故、今回は院長に言わなかったの?」
「連絡……? 院長先生は外出していたので、ちゃんとアニタに伝言しておきました」
無断で出かけたわけではないのだから、問題ないはずだ。
「そうか。だから急いで連絡が来たんだね」
「あの、連絡って何ですか? それに、サウリ様は何故ここにいるのでしょうか」
「院長からメルディが一人で中央教会に向かったと連絡が来たから、屋敷から急いで馬車を走らせてきたんだよ」
では偶然通りかかってメルディを拾ったわけではないのか。
「私が一人で中央教会に行くのは、そんなに良くないことなんですか?」
「教会まではそれなりの距離なんだから、俺かサウリ叔父さんと一緒に行かないと駄目だろう」
アレクシスが怒っているが、やはり納得できない。
「別に大した距離じゃないし、道もわかるし、昼間だし、何も起こることはないと思うわ」
メルディとしてはまっとうな意見を言ったつもりなのだが、サウリも少し険しい顔をしている。
「聖女候補が現れたというのは一般には広められていない。でも関係者から漏れる可能性はゼロではないし、見る人が見ればすぐにわかる。気を付けなければいけないよ」
サウリにたしなめられれば、従わざるを得ない。
心配してくれているようなので、なおさらだ。
「……わかりました」
メルディの返答を聞いて一応表情を緩めた二人に孤児院まで送り届けてもらうと、馬車を見送りながら大切なことに気が付いた。
「……ツンデレ、忘れていたわ」
サウリとのツンデレチャンスだったのに、すっかり頭から抜け落ちていた。
ただでさえうまくいっていないのだから、せめて数をこなさなければいけないというのに、なんという失態だ。
ツンデレは思った以上に難しい。
メルディはため息をつくと、とぼとぼと孤児院に戻った。
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