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9 私だけ、『ツンデレ』ですか

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 中央教会に到着すると、アレクシスは別室で待機するという。
 帰ってもいいと伝えたのだが、頑として聞いてくれないので、メルディも呆れてしまった。

「……貴族って、実は暇なのかしら?」
 首を傾げながらも、教会の奥へと進む。
 赤と緑の扉の先には、空を覆いつくさんばかりに枝を広げる世界樹がある。
 だが、前回とは何かが違う。
 よく見てみると、木の根元には神官と少女の姿があった。


「メルディさん、こんにちは。ちょうど良かった、こちら聖女候補のヤーナ・ニッコラさんです」
 ヤーナと呼ばれた少女は深紅の瞳が印象的で、焦げ茶色の髪は豊かに波打っている。
 サウリの錆色の髪と似た色味の髪が、実に羨ましい。

「ヤーナさん、こちらはメルディ・アールトさん。二人共に聖女候補ですので、仲良くしてくださいね」
 聖女は稀だと言っていたのに、既に候補が二人もいるのか。
 これはもしかして、聖女候補は山のようにいても、ほとんどは聖女になれないということかもしれない。

「……聖女候補って、沢山いるものなんですか?」
 恐る恐るメルディが尋ねると、マルコはゆっくりと首を振った。
「いいえ。聖女が希少な存在ですので、その候補も希少です。今回はかなり珍しいことですが、聖女候補が同時期に二人出現しました。教会内でも歓迎されていますよ」

 そう言うと、マルコは聖女について説明を始めた。
 聖女となったものは中央教会に所属して、住み込みまたは通いで世界樹の世話や祭事を担当したりする。
 聖女によって特殊な魔力を持っていたり、いなかったりだが、概ね汚れを浄化する力がある。
 基本的には存在するだけで浄化の価値があるのが、聖女である。
 以前に聞いた話をもう一度説明すると、マルコはメルディとヤーナを交互に見た。


「お二人共に神の試練を受けてくださるということで、教会関係者を代表してお礼を申し上げます」
 世界樹に視線を移したマルコにつられて見てみると、メルディが咲かせた浅緑色の花のそばに、深紅の花が咲いていた。

「赤い花がヤーナさん、緑の花がメルディさんの咲かせた花です。候補が二人と言いましたが、決して競うようなものではありません。それぞれが別の試練を受けますし、いつ終わるかは個人差が大きいので同時期に終わる保証もありません」
 競わないという言葉に、メルディのみならずヤーナもほっと息をつく。
 誰かを蹴落として勝ち取るなんて、何だか嫌だった。

「試練を受けている間、この花は咲いたままです。記録によると、一番長い候補は十年試練を受け続けたそうです。そして、試練を乗り越えられなければ聖女にはなれません」
 予想外の長い時間に、思わずメルディが声を漏らす。

「じゃあ最悪の場合、十年も無駄にするんですか?」
 十年もかけて聖女になれませんでした、なんて笑えない事態だ。
 だったら、さっさと不合格にしてほしい。

「時間は取り戻せませんが、聖女候補という時点で経済的な支援は行われます。また、候補になっただけでも名誉とされています。もし教会に入りたいのであれば、かなり上の位になれますよ」

 経済的支援はありがたいが、それでも十年を無駄にするのは厳しい。
 それに、メルディは教会で地位を得たいのではない。
 サウリの妻か愛妾になりたいのだ。
 そのために聖女を目指すのだから、十年かけて聖女になれないなんて悲惨すぎる。

 ……とはいえ、他に道はない。
 十年という言葉に少し気持ちが揺らいだが、要は頑張って試練を乗り越えればいいだけだと考え直す。
 そのためにも、立派なツンデレを身につけなければいけない。

「せっかく会えたのですから、親睦を深めるのもいいと思いますよ。ただし、試練の内容については話してはいけません。いいですね?」
 うなずく二人を見ると、マルコは満足そうに微笑んで扉を出て行った。
 残されたメルディとヤーナは互いに顔を見合わせると、瞬いて、笑った。


「……ヤーナは男爵令嬢なのね。あ、ええと。ですね」
「一応ね。名ばかりの貴族よ。経済的な支援を狙って、娘が聖女候補になったことを喜ぶくらいだし。だから、普通に話してくれていいわ。」
 ヤーナはそう言って大袈裟に手を上げてみせる。
 貴族と言えばお金持ちというイメージだったメルディにとっては、予想外の答えだ。

「貴族で十六歳って、社交界デビューするんでしょう?」
「するわね。でも、ドレス代だって結構なものだし、負担でしかないわ。そういう意味でも、聖女候補はありがたいの。社交界デビューしない理由としては、これ以上ないくらい名誉な話だから」
 淡々と言うところを見ると、どうもヤーナは社交界デビューに憧れはないらしい。

「それよりも、試練よ」
 眉間に皺を寄せたヤーナは、そう言うと世界樹に咲く花を見上げた。
「ヤーナの試練は……ええと。……大変?」
 内容について触れられないとなると、微妙な質問しかできない。
 だが、ヤーナは首を傾げている。

「大変……なのかしら。そうね、私が試練をこなすんだから……大変ね」
「私も大変だわ。でも、正直言って意味がわからないの」

 汚れを浄化する聖女の候補に対する試練が、何故『ツンデレ』なのだろう。
 しかもそれぞれ別の試練ということは、メルディにだけ『ツンデレ』が必要ということになる。
 まったく、理解も納得もできない。
 メルディとヤーナは顔を見合わせると、深いため息をついた。
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