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3 乙女心と世界樹
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「仲良くなんてありません」
「そう? いつも一緒に遊んでいるだろう?」
確かにサウリと一緒に孤児院に来るたびに遊んではいたが、何だかその表現は納得できない。
「寂しい伯爵令息様と遊んであげているだけです」
「お子様な十六歳の面倒を見てやっただけだ」
メルディとアレクシスの声が重なり、互いに不満そうに睨み合っていると、サウリは楽しそうに笑った。
「ほら。仲がいい」
大人なサウリのことが好きではあるが、こうしてメルディを子ども扱いするところはどうにかしてほしい。
もちろん、サウリから見れば間違いなく子供なので、当然と言えば当然なのだろうが。
恋愛対象の範疇ではないどころか、論外なのだと突き付けられるようで、寂しい。
とはいえ、ようやく十六歳になったばかりのメルディに颯爽と手を出してくる三十歳というのも、どうかとは思う。
思うのだが、手を出されたい気もするのだから、複雑だ。
「……これが、乙女心ね」
「どうしたの?」
心の中で呟いたはずなのに、声に出ていたらしい。
サウリに不思議そうに尋ねられ、メルディは慌てて何か言おうと口を開く。
「ええと。サウリ様はいつもいい匂いがするなと思って。香水をつけていないというのは、本当ですか?」
突然の質問に驚くかと思いきや、サウリは真剣な顔でうなずいた。
「そうだね。つけていないよ」
では、メルディの気の迷い……いや、鼻の迷いなのだろうか。
考え込む姿を見て苦笑したサウリは、メルディの頭をそっと撫でた。
「メルディ。今から一緒に行ってほしいところがあるんだ」
「サウリ様となら、どこへでも行きます」
即答して目を輝かせるメルディに微笑むと、サウリはアレクシスに視線を向けた。
「ほら、そんなふくれっ面していないで。アレクシスも行くよ」
「ふくれてなんて、いない」
「はいはい、そうだね。ちょっと羨ましかっただけだね」
「羨ましくなんてない」
「はいはい」
ふくれっ面のアレクシスの頭を撫でたサウリは、そのまま馬車の方へと歩き出す。
こういう二人を見ると親子疑惑が再燃するが、以前アレクシス自身に聞いてハッキリと否定されたのでさすがに違うのだろう。
だが、叔父と甥にしては仲がいいというか、アレクシスの成長を楽しみにしているとでもいうか。
……つまり、サウリは子供好きなのだろう。
孤児院の子供達にも総じて優しいのだから、血縁のアレクシスなど可愛くて仕方がないのかもしれない。
こういう場合、本人の可愛げとは無関係なのが面白いところだ。
サウリとアレクシスと共に馬車に乗って到着したのは、石造りの大きな建物だ。
所々に飾ってある葉と花を模した意匠からして、教会だということはわかる。
だが、孤児院の近くにも小さな教会があるのに、ここに来た理由がよくわからない。
見上げれば首が痛くなる高さの建物を見て、メルディは首を傾げた。
「サウリ様、ここって教会ですよね?」
「そうだよ。王都で一番大きい、中央教会と呼ばれる建物だ。国中の教会の中心だね」
「でも、何でここに来たんですか?」
メルディにとって教会は、たまに皆で祈りに行くところというだけだ。
信心深さなど持ち合わせてはいないが、拒否するほど気にもならない。
その程度の感覚なので、教会の中心と言われても特に何も思うことはない。
すると、サウリは指を一本口の前に立てて笑った。
「それは、私の口からは言えないんだ」
「――うわあ」
三十歳の可愛らしい仕草に、思わず感嘆の声が漏れる。
落ち着いた大人の雰囲気なのにお茶目とは、どれだけ素敵なのだ。
嫁にして下さい。
愛妾でもいいです。
熱を持つ頬を押さえて幸せに浸っていると、アレクシスが嫌そうに眉を顰めてこちらを見ている。
「メルディには養子や結婚や修道院以外の人生があるかもしれないよ」
「え?」
他の道というと、サウリの妻や愛妾かと思ったが、それも結婚の範囲内なのだから違うのだろう。
先頭を歩くサウリに大人しくついていくと、どんどんと教会の奥に進んで行く。
アレクシスもソワソワしているところを見ると、普段から来ているというわけではないようだ。
それに対してサウリの方は、妙に慣れている様子だ。
やはり伯爵ともなると、色んな所に出入りしているのだろうなと思っていると、とある部屋の前で立ち止まった。
「こんにちは。久しぶりですね、サウリ」
ノックして扉から出て来たのは、男性だ。
年の頃はサウリよりも少し上くらいだろうか。
優しさと厳しさを両立させたような顔立ちに、自然と背筋が伸びるのを感じる。
教会で見たことのある神官と同じ服を着ているのだから、恐らくこの男性も神官なのだろう。
「……そちらが?」
「ああ。メルディだ」
神官にじっと見つめられたのだが、何となく視線を外せない。
聖職者の威厳のようなものだろうかと感心していると、ふと神官の口元が綻んだ。
「私はマルコ・タハティ。この中央教会で神官をしています」
「メ、メルディ・アールトです」
メルディが名乗ると満足そうに微笑み、マルコは扉を大きく開けた。
「サウリと甥っ子君は、ここで待っていてください」
うなずいてサウリが入室し、アレクシスも何か言いたげな視線をよこしつつ、それに従った。
マルコについて歩いて行くと、大きな扉の前に到着した。
右半分は緑色、左半分は赤という目立つ色合いの扉の前には、二人の神官と思しき男性が立っている。
その二人が扉を開けてくれた先にあったのは、大きな木だった。
まず、扉の先が屋外であることに驚いたが、ここは中庭なのだろうか。
だが、見回してもメルディがくぐってきた扉以外の出入り口はなく、様子が見える様な窓もない。
中央にそびえる大木は空を覆いつくさんばかりに枝を広げ、青々とした葉が茂っていて、清々しい香りに包まれている。
メルディが数人手を繋いでも足りないような太さの幹は、近付いてみると更に大きく見えた。
「これが、世界樹と呼ばれる木です」
============
明日も3話更新予定です。
「そう? いつも一緒に遊んでいるだろう?」
確かにサウリと一緒に孤児院に来るたびに遊んではいたが、何だかその表現は納得できない。
「寂しい伯爵令息様と遊んであげているだけです」
「お子様な十六歳の面倒を見てやっただけだ」
メルディとアレクシスの声が重なり、互いに不満そうに睨み合っていると、サウリは楽しそうに笑った。
「ほら。仲がいい」
大人なサウリのことが好きではあるが、こうしてメルディを子ども扱いするところはどうにかしてほしい。
もちろん、サウリから見れば間違いなく子供なので、当然と言えば当然なのだろうが。
恋愛対象の範疇ではないどころか、論外なのだと突き付けられるようで、寂しい。
とはいえ、ようやく十六歳になったばかりのメルディに颯爽と手を出してくる三十歳というのも、どうかとは思う。
思うのだが、手を出されたい気もするのだから、複雑だ。
「……これが、乙女心ね」
「どうしたの?」
心の中で呟いたはずなのに、声に出ていたらしい。
サウリに不思議そうに尋ねられ、メルディは慌てて何か言おうと口を開く。
「ええと。サウリ様はいつもいい匂いがするなと思って。香水をつけていないというのは、本当ですか?」
突然の質問に驚くかと思いきや、サウリは真剣な顔でうなずいた。
「そうだね。つけていないよ」
では、メルディの気の迷い……いや、鼻の迷いなのだろうか。
考え込む姿を見て苦笑したサウリは、メルディの頭をそっと撫でた。
「メルディ。今から一緒に行ってほしいところがあるんだ」
「サウリ様となら、どこへでも行きます」
即答して目を輝かせるメルディに微笑むと、サウリはアレクシスに視線を向けた。
「ほら、そんなふくれっ面していないで。アレクシスも行くよ」
「ふくれてなんて、いない」
「はいはい、そうだね。ちょっと羨ましかっただけだね」
「羨ましくなんてない」
「はいはい」
ふくれっ面のアレクシスの頭を撫でたサウリは、そのまま馬車の方へと歩き出す。
こういう二人を見ると親子疑惑が再燃するが、以前アレクシス自身に聞いてハッキリと否定されたのでさすがに違うのだろう。
だが、叔父と甥にしては仲がいいというか、アレクシスの成長を楽しみにしているとでもいうか。
……つまり、サウリは子供好きなのだろう。
孤児院の子供達にも総じて優しいのだから、血縁のアレクシスなど可愛くて仕方がないのかもしれない。
こういう場合、本人の可愛げとは無関係なのが面白いところだ。
サウリとアレクシスと共に馬車に乗って到着したのは、石造りの大きな建物だ。
所々に飾ってある葉と花を模した意匠からして、教会だということはわかる。
だが、孤児院の近くにも小さな教会があるのに、ここに来た理由がよくわからない。
見上げれば首が痛くなる高さの建物を見て、メルディは首を傾げた。
「サウリ様、ここって教会ですよね?」
「そうだよ。王都で一番大きい、中央教会と呼ばれる建物だ。国中の教会の中心だね」
「でも、何でここに来たんですか?」
メルディにとって教会は、たまに皆で祈りに行くところというだけだ。
信心深さなど持ち合わせてはいないが、拒否するほど気にもならない。
その程度の感覚なので、教会の中心と言われても特に何も思うことはない。
すると、サウリは指を一本口の前に立てて笑った。
「それは、私の口からは言えないんだ」
「――うわあ」
三十歳の可愛らしい仕草に、思わず感嘆の声が漏れる。
落ち着いた大人の雰囲気なのにお茶目とは、どれだけ素敵なのだ。
嫁にして下さい。
愛妾でもいいです。
熱を持つ頬を押さえて幸せに浸っていると、アレクシスが嫌そうに眉を顰めてこちらを見ている。
「メルディには養子や結婚や修道院以外の人生があるかもしれないよ」
「え?」
他の道というと、サウリの妻や愛妾かと思ったが、それも結婚の範囲内なのだから違うのだろう。
先頭を歩くサウリに大人しくついていくと、どんどんと教会の奥に進んで行く。
アレクシスもソワソワしているところを見ると、普段から来ているというわけではないようだ。
それに対してサウリの方は、妙に慣れている様子だ。
やはり伯爵ともなると、色んな所に出入りしているのだろうなと思っていると、とある部屋の前で立ち止まった。
「こんにちは。久しぶりですね、サウリ」
ノックして扉から出て来たのは、男性だ。
年の頃はサウリよりも少し上くらいだろうか。
優しさと厳しさを両立させたような顔立ちに、自然と背筋が伸びるのを感じる。
教会で見たことのある神官と同じ服を着ているのだから、恐らくこの男性も神官なのだろう。
「……そちらが?」
「ああ。メルディだ」
神官にじっと見つめられたのだが、何となく視線を外せない。
聖職者の威厳のようなものだろうかと感心していると、ふと神官の口元が綻んだ。
「私はマルコ・タハティ。この中央教会で神官をしています」
「メ、メルディ・アールトです」
メルディが名乗ると満足そうに微笑み、マルコは扉を大きく開けた。
「サウリと甥っ子君は、ここで待っていてください」
うなずいてサウリが入室し、アレクシスも何か言いたげな視線をよこしつつ、それに従った。
マルコについて歩いて行くと、大きな扉の前に到着した。
右半分は緑色、左半分は赤という目立つ色合いの扉の前には、二人の神官と思しき男性が立っている。
その二人が扉を開けてくれた先にあったのは、大きな木だった。
まず、扉の先が屋外であることに驚いたが、ここは中庭なのだろうか。
だが、見回してもメルディがくぐってきた扉以外の出入り口はなく、様子が見える様な窓もない。
中央にそびえる大木は空を覆いつくさんばかりに枝を広げ、青々とした葉が茂っていて、清々しい香りに包まれている。
メルディが数人手を繋いでも足りないような太さの幹は、近付いてみると更に大きく見えた。
「これが、世界樹と呼ばれる木です」
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明日も3話更新予定です。
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