彼と彼女の365日

如月ゆう

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October

10月31日(木) ハロウィン

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Trickトリック orオア Treatトリート! お菓子をくれなきゃ、イタズラしちゃうぞー!』

 十月三十一日、ハロウィン。
 休み時間に入るなり、一年生から三年生までの女の子がひっきりなしに、思い思いの仮装をしながら翔真くんの元へと訪れていた。

「相変わらず、凄い人気だな……」
「……ほんと」

「でも、去年ほどの騒ぎにならなくて良かったわ」
「…………ほんと」

 そんな様子を眺めていた蔵敷くんとかなちゃんは、一年前の事件を思い出して遠い目を向けている。

 二〇一八年、十月三十一日。
 翔真くんにイタズラをしようと画策した多くの女の子が、何の前触れもなく翔真くんの元へと迫り、例の台詞を言ったのです。

 当然、急な出来事だったので翔真くんもお菓子の準備などしておらず、しかし数が数だけにもみくちゃにされるわけにもいかないと逃げたために、全校を巻き込んだ大鬼ごっこが始まったのでした。
 以上、回想おしまい。

 そして、そんな経験を踏まえたのか、今年の翔真くんは大量のお菓子を用意しており、事あるごとに配っている。

「けどさ、菊池さんは参加しなくて良かったの?」
「……思った。せっかくチョコレート貰えるのに……一粒だけだけど」

 と、その時。
 見守っていた二人は、突如として私に話しかけてきた。

「う、うん……だって、恥ずかしいし……」

 それに対して、私はうつむき加減に答える。
 想像するだけで、顔が火照っていくのが分かった。

 だってみんな、猫耳カチューシャや魔法のステッキ、魔女の帽子、肌に貼ることのできる傷シールなど、お店で買ったような小道具を身に着けているのだ。
 そんな姿を翔真くんに見せるなんて、無理すぎる。

「そ、それよりも……二人はハロウィンしないの?」

 何となく楽しんでいるイメージのある二人。
 であるにもかかわらず達観して見ている彼らに尋ねてみれば、キッパリと断言するように蔵敷くんはこう答えた。

「俺はしないな。こういうハロウィンは嫌いだから」

「へぇー……ちなみに、どこが嫌いなの?」

「ハロウィンのあり方が違うところ」

 ハロウィンの、あり方……?
 言っている意味が分からず首を傾げてみれば、詳しく教えてくれる。

「そもそも、ハロウィンっていうのは古代ケルト人の祭事なんだよ。太陽の運行に死生観を重ねるケルト人にとって、十月三十一日は一年の終わりであり始まり。故にその日だけは生と死の混在する不安定な世界となり、死者の国から亡者たちが家族の元へと戻ってくると信じられていたんだ。けど、死者の国からやってくるのは祖霊ばかりではない。当然、悪霊も現れるから、それらから身を守るために仮装して、怪物に擬態するのさ」

「そ、そうなんだ……何か、お盆みたいだね」

「そう、その通り。なのに、日本ではバカみたいに騒いでいるから俺は嫌いなんだ」

 な、なるほど。
 分かるような、分からないような……そんな感じだ。

 けど、蔵敷くんのその知識は一体どこから得られているのだろうか……。

「ちなみに、有名な台詞である『Trickトリック orオア Treatトリート』も、もとは『Soulingソウリング』と呼ばれる――人々が各家庭を回って訪問先の家の死者に祈りを捧げ、その代わりとしてソウルケーキというお菓子を貰う――という風習から転じたものだね」

「そうる、けーき……? あの魂の……?」

「正解。干しぶどうや様々なスパイスの入ったバタークッキーのこと。――食べる?」

 そう言って、彼が鞄から取り出したものは、綺麗にラッピングされたクッキーの袋だった。

「えっ……何で、持ってるの?」

「それはもちろん――」

 困惑する私を前に、一度言葉を切る。

「そらー……とりっく・おあ・とりーとー」

「――参加する気はなくても、参加させてくる奴がいるからな」

「おー、さんくす」

 そうして、嬉しそうに袋を貰ったかなちゃんは、早速とばかりにソウルケーキを齧り始めた。

「……んー、うまうま」

 サクサクと小気味いい音を響かせて、足をブラブラと揺らしながら頬張る。
 そんな様子を眺めていた蔵敷くんは、仕方なさそうにため息を吐いた。

「こうしてお菓子をあげないと、マジでガチなイタズラをされるんだわ……」

「あー……た、大変だね」

 何となく私は察する。
 その姿を不思議と想像できた。

 つまりは、またかなちゃんがわがままを言っているのだろう。

「あっ…………美味しい……」

 私も一口食べてみた。

 外はサクッと、中はホロホロと。
 スパイスが鼻孔をくすぐる中、干しぶどうの酸味が生地の程よい甘みとマッチし、素朴ながらも優しい味になっている。

 …………もしかして、かなちゃんは単に蔵敷くんのお菓子を食べたいだけなんじゃ――?
 そんな思考が頭をよぎりつつ、私もまたもう一枚摘まむのであった。
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