彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月29日(土) 九州大会・個人戦・二日目・中

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 一セット目は予定通り、想定通りに取ることができ、満足しながらタオルで汗を拭く。

 あのネットインの技術はとても厄介だけど、そらのフィジカル面の弱さが幸いし、攻め手を封じることができた。
 また、それでも諦めずに本数を打ってくれたおかげでかなり体力も削れていると思う。

 そんなかなり優勢なままに始まった第二セットであるが、最初からおかしな様相を見せ始める。

 ショートサーブで始めた俺に対し、ロビングでコート奥を狙うそら。
 それをクリアで返し、守備位置に戻るも、放たれた球は再びコート奥への緩い山なりであった。

 しかも、かなり深くインかアウトか判断に悩む場所。
 ひとまず見逃し、シャトルの落下を見定めれば、そこは角も角。線上ギリギリの隅に落ち、審判らからはインと裁定される。

 …………まぁ、そうだよな。
 ネットインを意図的に狙えるような制球力なのだ。オン・ザ・ラインくらい、そらなら余裕か。

 仕切り直して続く、彼からのサーブ。
 珍しくも隠す気のないロングサーブでコート奥を狙われたのでこちらはスマッシュをするも、その返しもまた前ではなく後ろへの球筋であった。

 後ろ気味の立ち位置をしていた俺に、奥を狙う……?
 前に走ると、読み違えたのか?

 狙いの分からない、執拗なまでのクリアに気味が悪くなる。
 延々と、こちらがどれだけスマッシュやヘアピンを打とうとも、それで点を重ねていこうとも、止めることなくコートの後ろ隅だけ狙うそら。

 そんな現在は十五対零。
 未だに一点も取れておらず、後がないのは向こうだというのに息を乱しているのは俺の方だった。

「なるほど……体力を削りにきてたのか」

 守りに徹し、ひたすら後ろに上げるだけで、ネットインを警戒せざるを得ない俺は何度もコートの前後を行き来することになる。
 そらはそこを攻めていたのだろう。

 おまけに、相手はクリア一辺倒で済むおかげで逆に体力を回復できる。

「けど、後がないぞ。どうするんだ、そら?」

 だがしかし、伊達に一年生からレギュラーで鍛えられていたわけではない。
 残り六点を取るくらいの体力なら余裕で残っていた。

 俺からのサーブ。
 レシーブはもちろんクリアということでコート奥へと駆けてから打ち返すと、もとの守備位置に戻る。

 また同じく奥へと駆け、前に戻りを繰り返していると、とうとう相手は動き出した。
 クリアに似せたモーションのままカットショットで、対角線にあたる前へ落としてきたため、俺は拾いに走る。

 ネットに触れ、落ちるシャトル。
 間に合うはずだった。ネット際の処理は練習で何度も行ったし、確認もした。前後に揺さぶられても、必ず返せる自信があった。

 なのに、シャトル一個分僅かに届かない。

 何故……?
 疲労で足が止まってた……?

 分からないが、何だか怪しげな展開になってきたことを察する。

 そらからのサーブ。
 でもそれは、何度目とも分からずコート奥を狙われるだけで、その後にまたしても前へと落とされた。

 先程よりも速く、疾く、走ったというのに結果は同じ。届かない。
 何度も……何度も……同じことを繰り返され、試すがラケットが触れることはなかった。

「テン・フィフティーン」

 それが続くこと十本。
 次で十一本目というところで、あることに気付く。

 そらのクリアを返し、守備位置に戻り、前へ落とされたので駆けようと足を動かし――けれど、汗で滑って俺は転んだ。

「イレブン・フィフティーン」

 無慈悲にも点数が入る中で、審判の一人がモップを持ってコートを拭いてくれる。
 その様子を眺めていると、明らかにおかしな点があった。

「…………汗の位置がおかしい」

 一生懸命に審判が拭き取ってくれている汗の位置、それが俺の最初の守備位置とズレていたのだ。

「でも何で……?」

 コートの端から守備位置へ戻る――なんていうフットワークは部活で嫌というほどにやっている。
 今更その位置を見誤るわけもない。

 それこそ歩数を意識すれば――。

「……ん? 歩数……?」

 …………試してみる価値はある。

 はじめから守備位置に立った俺は、相手からのロングサーブに対してその歩数を数える。

 ……二歩と数センチ。

 返した俺はいつもの感覚で守備位置と思しき場所へと戻った。この時ももちろん数えることは忘れずに。

 ……今度は二歩ジャスト。

 そして、また揺さぶられて後ろへ。
 それを返して、元の位置に移動する。

 ……どちらも、二歩ジャスト。

 しかし、そこで前に落とされ、またしても間に合わずにポトリと落ちた。
 が、そんなことはどうでもいい。大事なのはサーブ時点での歩数とその後の歩数との僅かなズレだ。

 基本的に俺は守備位置からコートの端まで二歩で届く。そうなるように練習したし、させられてきた。
 となれば、言えることはただ一つ。

 俺は余分に動かされていたのだ。
 多分、今そらが放っているクリアはどれもコートの外に落ちるアウト球。

 徐々に徐々に、十五点という長い時間と手間をかけて俺の守備位置を後ろへとズラしていたために、前の打球に届かなくなっていた。

「……やってくれたな」

 でも、タネさえ分かれば対処は簡単。
 最初の時点でラケットを振らなければ、勝手に自滅してくれる。

 相手のロングサーブ。
 一応追いかけてはみるものの打つ気はなく、そのまま避ければ――。

「サーティーン・フィフティーン」

 ――しかし、その球は確実に入っていた。
 わざと、俺の気付きを読んだ上で敢えてコートに入れてきたのだ。

「……やられたよ、そら。まさか、守備位置を下げられた上に、その読みを利用して点を取ってくるなんてな」

 落ちたシャトルを拾い、渡すときに声を掛ける。

「そろそろ気付く頃だと思ったよ。……俺は翔真ほど身体能力はないし、フィジカルも弱い。何なら勉強でも負けてるが、心理戦で勝てるとは思うなよ?」

 やはりそらは強い。
 その思いは間違っていなかったと、今確信している。

 バドミントンはフェイントと読みのスポーツ。
 反射神経で戦っていると思っている人が多いだろうが、心理戦こそ重要な要素であるのだ。

 そして、俺はこれからネットインに加えて、ロングショットのインかアウトかも読まなくてはいけなくなり、純粋に辛い。
 また、セット前半で失ってしまった体力も大きかった。

 それは如実に、結果として現れてしまう。

 ゲームカウント、二十一対十九。
 勝負は第三セットに持ち越されることとなった。
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