彼と彼女の365日

如月ゆう

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June

6月6日(木) リハーサル②

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 明日に控えるは文化祭。
 劇本番まで二日と言えば、賢い人なら今日のリハーサルがどれだけ重要か分かることだろう。

 ――それはつい一昨日の出来事だった。
 衣装ができたと皆で大喜びし、どんちゃん騒ぎでサイズを確認してみれば、たった一人の衣装のみが製作ミス。

 しかも、よりにもよってウチのクラスの主役で主力とも呼ぶべき畔上翔真の分だったのだから笑えない。

 流れと条件から、何故か俺が代役に抜擢されたわけだが……おかけで昨日は現実逃避としてゲームに入り浸ってしまったよ。
 幸いにも、フレンドができたけど……。

 そんな状況を経て今日を迎えており、要するに何を言いたいのかといえば、今から行われるリハーサルは俺の最初で最後の練習なのである。

 もちろん、簡単な動きや流れについては予め聞いて確認もしているけれど、それでもやはり舞台を使った本番さながらの形式でないと勝手が分からない。
 想像と実践は全くの別物、というやつだ。

 それを、たった一時間ぽっちだけ。
 もはや義務であり、必要不可欠なリハーサルと言えよう。

 だからといって、台詞は覚えているんだからあとは動きを頭に入れるだけだろ。

 そう思っては、いないだろうか?
 少なくとも、俺はそう思っていた。クラスメイトもそうであったろう。

 けれど、事態はそう易々とは進んでくれない。
 いくら諳んじられようとも、人前で上がって言葉が出ないのでは仕方ないのだから。

「はぁー…………駄目だ。やっぱり、俺にはできない」

 つっかえる、とちるは当たり前。あれだけ頭に入っていた事柄がふとした時に出てこなくなるのは、控えめに言っても苛つく出来事で、凹む状況だった。

「め、珍しいね……。蔵敷くんがこんなに落ち込むなんて」

 客席で演技を見ていたのであろう菊池さんが、裏方まで来て声を掛けてくれる。
 その周りには、かなたに翔真といつものメンバーも揃っていた。

「あー……そらは単独行動なら結構自由にやるんだけどね……。それだけに、こういった周りに迷惑がかかるような感じの作業は苦手なんだ」

「なるほど……だから、ダブルスも成績が悪いのか」

 かなたの返しに、翔真は納得したように頷く。

 …………うっせーよ。
 でも、事実としてそうだから何も言えない。自分一人だったら満足するまで繰り返すだけで済むけれど、このような場ではそもそも周りが付いてきてくれるかも分からないために、できない自分に焦りと苛立ちを覚えてしまうのだ。

「まぁでも、今この場ではできなくても時間はあるしさ。教室に戻ってからも練習すれば大丈夫だって」

 励ましてくれるのはありがたいが、そう簡単にいかないであろうことは自分が一番分かっていた。

「……………………無理だ。このステージという空間で演じるせいでテンパるんだから」

 ついでに言えば、観客の視線さえも関係ない。
 照明の関係上、誰がどれだけいるのかなんて分からないし、そこに意識を向ける余裕さえないのだから。

 ただ、スポットライトが眩く、浴びるほどに熱く、暑くなり、服は重たくて、床にまで光が反射し――そういった非日常的な環境に耐えられないだけ。

 心臓は動悸し、頭は真っ白になり、普段なら無駄とも呼ぶべきくらいに働く思考が一切の仕事を放棄してしまうのだ。

 …………やれるわけがない。

「かなちゃん、どうにかできないのかな……?」

「んー……方法はある、けど…………ちょっと畔上くんや」

「ん? 何――――あぁ、了解」

 放置されたまま、三人で話が進んでいた。
 けれど、何をしようとも難しいように思える。そして、そんな思考だけは回ることに怒りしか湧かない。

 と、そんな時にかなたが語り掛けてきた。

「そーら」

「…………何?」

「今、畔上くんたちと打ち合わせて、今日のリハーサルは全部そらの練習にしてもらうことに決めたから」

 …………は? だから何だって――。

「これで好きなだけ間違えていいよ。後のことも、他の人のことも気にしなくていい、そらのための時間」

「…………………………………………」

「でしょ? だから、思考が止まっても自然と口に出るくらい、無理にでも言い慣れてね」

 はぁー、全くコイツは……。
 どこまで理解してんのか、っていうくらい本当に――。

「分かったよ、やってやる。……なし崩し的とはいえ、一度は請け負ったんだしな」

 頬を叩き、再始動。
 もう弱音はなしだ。どっちにしてもやるしかないのだから。

 もう幾つ寝る間もなく、今年も祭りはやってくる。
 時は進み、準備も進み、その足音はすぐ傍まで近づいていた。
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