彼と彼女の365日

如月ゆう

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May

5月2日(木) 買い出し

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「大変残念なお知らせがあります」

 ちょうど昼食に差し掛かろうかという正午。
 無駄に大袈裟に、そして重々しく俺は口を開いた。

「なになに、どしたの?」

 古着のTシャツに短パンというラフな格好で棒キャンディを咥えるかなたは、ソファの向こうから顔を覗かせる。

「食材がない。尽きた。昼もカップラーメンにしなきゃいけないレベルで」

 冷蔵庫の中を見てビックリだったよ。
 まともに料理できそうな材料が殆ど見当たらないんだから。

 まぁ、お泊まりを始めてはや六日目。
 むしろ、よく持ちこたえたと言うべきか。

「おぉー、それは大変……なの?」

「少なくとも買い出しはせにゃならん。問題は金をどうするかって話だけど……」

 まぁ、割り勘になるのかな。
 俺、今はあんましお金ないけど。

「…………ん? んー……――あっ!」

 今後必要になりそうな量とその金額の計算――慣れない主婦算を、必死に頭を巡らせて考えていると、妙な呻きとともにかなたが何かを閃いた。

「ちょっと待ってて」

 そう言ってドタドタと駆けて行ったかと思えば、上階からけたたましい騒音を響かせながら急いで戻ってくる。

「はい、コレ。渡すの忘れてた」

 握りしめていたのは極一般的な茶封筒。
 それを受け取り中身を開くと、そこにいたのは福沢諭吉先生だ。

「…………何これ?」

「お母さんから預かってた。食費だって」

 聞いて納得、見て了承。
 それを今まで忘れていたことに対して物申したいことはあるけれど、今はまぁいいだろう。

「なるほどな。了解、じゃあ買い物に行くか」

 ちゃんとお金を用意してもらえていたのは素直にありがたい。
 そのままお札を元の入れ物に戻すと、一旦返す。

 ……が、一向に受け取ろうとしてくれなかった。

「……えっ、なになに?」

 かなたは困惑した様子を見せるが、その態度に俺の方が困惑するレベル。

「いや、他人様ひとさまのお金を俺が持ってるわけにもいかないだろ……。一万円だぞ? 大金だぞ?」

「だからって私に持たされても困る……。何を買えばいいのか分かんないし」

「それは俺も一緒に行ってやるから気にするな。お前が持ってるだけでいいんだ。とにかく、他人に金を預けるのだけは止めろ」

「――そらは他人じゃない」

 凛とした響き。
 特別声を張り上げたわけでもないのに、何故かその言葉はすとんと胸に落ち、周囲を沈黙させる。

「それに、私が持つと余計なもの買うぞ?」

 かと思えば、そんな一言だ。
 深くため息を吐いた俺は、頭を掻いた。

「…………はぁ、分かったよ。ただし、ちゃんと付いてこいよ?」

「もちろん」

 そんなわけで、今日は買い出しをすることとなった。


 ♦ ♦ ♦


 自宅から歩いて十分かからないくらい。
 そこに親がよく利用するディスカウントストアがある。

 どうせなら残りの日数分の食材もまとめて買っちゃおう、と決め込んだ俺たちは大きめのショッピングカートに買い物カゴを乗せて、まずは野菜コーナーへと走らせた。

 …………だというのに。

「早速消えてくれやがったな。付いてこい、って言っただろうが」

 辺りを見渡しても幼馴染の姿は見えず、仕方なしに一人で買い物を進める。

「……しかし、イマイチ野菜の相場が分からんな。玉ねぎ一袋が百二十八円って安いのか……?」

 親の買い物にもたまに付いては行くが、そんなところまで気にしていなかった。
 取り敢えず、家にないもので使い勝手の良い食材を買ってくか……。

「どーん」

 次に精肉コーナーへとやって来た俺の背中に、軽い衝撃が訪れる。

「……何だよ?」

 声でその正体を見抜き、振り向きながら尋ねると、カゴの方からドサドサと大量に何かを入れられる音がした。

「別に、なんでもない」

 嘘だな。十中八九何かある。
 カゴの方へと目をやれば、食材ではない商品がいくつか紛れ込んでいた。

 シャーペンの芯、消しゴム、ノート、お菓子、シャンプー、ボディソープ、お菓子、歯磨き粉、お菓子、お菓子、多色ボールペン。

 以上だ。

「……おい、必要ないものは買うな」

「えぇ……シャンプーとか無くなりかけなんだけど」

「そっちじゃねーよ…………」

 論点をズラそうとしたのか、天然なのか。
 どちらにしても呆れてため息しか出ない。

「欲しいなら自分の小遣いで買ってこい」

 そう言って持ち上げたのは、程よい塩味が美味しいスナック菓子。それも増量タイプ。
 まぁ、安かったから持ってきたんだろうが、なら尚更自分で買うべきだろう。

「……ケチんぼ。ウチのお金だぞー」

「だが、俺が持っている。預けたんだから、ちゃんと言うことは聞け」

 本当に必要そうなものだけを取捨選択した俺たちは、トボトボと歩くその背中を押し、商品を元の場所へと戻した。
 そうして再び、買い物は始まる。

 とは言っても、よさげな商品をカートに乗せてそれらを逐一頭の中で足し合わせていけば、あっという間に予算に届きそうになっていた。

「……結構カツカツだな。かなたは――っと、そこか」

 ボーッと、どこかを眺める幼馴染を発見。
 買い忘れがないかを考えつつ近くまで寄ると、向こうもこちらに気付いて走ってきた。

「終わったの?」

「あぁ、これだけあれば充分だろ」

 満足げに頷けば、かなたも頷き返してくれる。

「じゃあ、帰ろう」

 のんびりと並び、レジへと向かう最中……ずっと考えていたことをポツリと呟いた。

「…………ギリギリ。本当にギリギリだけど、アイス一個を買う余裕はあるぞ」

 目の端に映る動きのブレで、かなたがこちらを向いたことに気が付く。
 けれど、どんな表情をしているのかまでは分からない。

 前を向いていないと、危ないしな。

「……うん、分かった。ちょっと見てくる」

 そう言って駆けていく背中にチラと目をやった俺は、そこそこ並んでいる列の最後尾へと並んだ。
 安さが売りというだけあって、人が多い。

 やっとこさ自分の番となり、店員がレジをピッピッとしているちょうどその時に、かなたはやってくる。
 手にはアイスを一つ、それを精算前のカゴへと入れた。

 二つに分けることの出来るアイスを――。

「お風呂上がりに一緒に食べよう?」

「…………おう」

 店を出た俺たちの手には、ズシリとした重みがかかる。
 けれども、それとは裏腹に足取りは軽い。

 さて、今夜は何を作ろうかな。
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