彼と彼女の365日

如月ゆう

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April

4月9日(火) 学部について

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「ここって、大分なマンモス学校だよなぁ」

 今日から全日授業。
 その昼休みにいつもの四人で弁当を囲んでいると、ふと思い浮かんだことが俺の口から零れた。

「…………? 急にどした?」

 購買横の自販機で売られた紙パックのココアをズズズッと吸いながら、かなたは尋ねる。

「いや、一限から対面式があったじゃん。あの、新入生から二・三年生までが体育館に集められて話を聞く謎の場。そこで、改めて人が多いな……って思ったんだよ」

「まぁ、そうだな。……全校生徒って何人くらいいたっけ?」

 部活生らしい二段弁当の米部分を箸でつつきながら相槌を打つ翔真に、菊池さんがすぐさま答えた。

「えっと……確か、二千人を超えた、って……」

「すっご……そして、詩音はよく覚えとるなー」
「全校集会の時は季節問わず暑苦しいもんな」
「俺、初めて見たとき心の中で『見ろ、人がゴミのようだ!』って呟いたわ……」

 三者三様、それぞれの反応。
 だがその中に含まれている人数への驚きと、煩わしさだけは皆同じ思いなのだろう。

「人数もだけど、まずクラスが多すぎるよねぇ……」

 飲み終えたのか、かなたはストローを咥えたまま口だけで紙パックを持ち上げている。

「十……何クラスかあったよな。数字が後半だったのは覚えてる。えっと……まずはここ一組の『特Ⅰ類』に、二~四組の『Ⅰ類』の計四クラス……あとは――」

 話に乗っかると、俺は指を折って数え始めた。

 ちなみに、『特Ⅰ類』とは一般的な学校における勉強特待クラスであり、『Ⅰ類』は進学クラスのこと。
 なぜか、この学校では違った呼び方がされているのだ。

「――あと、五組が『特Ⅱ類』で、えと……六組から十組までの五クラスが普通の『Ⅱ類』だったと思い、ます」

 中々思い出せない俺の代わりに、菊池さんが口出ししてくれた。

 そうだった、そうだった。
 『特Ⅱ類』はⅠ類に入れなかった奴らの中で成績が上位の集まりだったはず。こちらも中身はほぼ進学クラスと変わらない。
 で、『Ⅱ類』が普通科だ。そのため、クラス数も一番多かったはず。

「残りは、十一~十三組までが『Ⅲ類』、十四組が『特電科』、十五・十六組が『電気科』で、十七・十八組が『電子情報科』だな」

 そして、最後を飾ってくれたのは翔真。
 てか、皆よく他学科のことを覚えてるな……。

 確か『Ⅲ類』はどちらかといえば部活をメインとした学科で、スポーツ特待生が多い。
 残りはまとめて工業科と呼ばれていて、卒業後は就職をする人らだったと記憶している。

「しかし、改めてみると数がえげつないな」

 我ら二学年だけで十八クラスときたものだ。
 合計で六百七十八人……とかだったっけ? 連番で覚えやすかったはず。

「やっぱ、多すぎ……。普通の学校三つ分はあるだろがー」

 憤慨したのか、ウガーと手を突き出してかなたは言い放つ。
 しかし、相変わらずその表情に変化は見られない。いつも通り、感情に乏しい奴。

 そのまま体を九十度回転させれば、仰向けの状態で俺の膝へと頭を下ろしてきた。
 とはいっても、本人の身体は実質的に頭とお尻の乗った椅子だけであり、背中側は完全な空気となっているため辛そうだ。

「しょうがないよ、かなちゃん。私立高校だし、そういう事もあるよ」

 そんな唯我独尊とした行動にもクラスメイトは慣れたもので、誰一人として動じない。
 一クラスしかないという特性上、クラス替えも行われていないため、この一年を通してすっかり日常の一部と化したようである。

「そうそう詩音さんの言うとおりだよ、倉敷さん。それに、大学も付属しているせいで敷地も広いみたいだしね」

 そして翔真の発言通り、ここは大学付属高校だ。グラウンドや体育館は沢山ある。
 まぁ、学力はそれほど高くないような、しがない工業大学でしかないけど……。

「……むー…………」

 何とも不満そうな声。
 未だにストローを咥えたままのため、息をするたびにズズズッと液体が擦れるような音がし、ペコペコと紙パックの側面部が上下する。

 仰向けで寝転んでいるため、俺が下を向けば目と目が合った。
 しばらくのにらみ合いの末、俺はおでこにかかるかなたの前髪を後ろに払い、なんとなく丸出しの額に手を乗せる。

 髪型が崩れる、など文句を言われるかもしれんが知らん。膝の使用料だ。
 後でトイレにでも駆けこんで、自分で直してくれ。

「まぁでも、逆に言えばそのおかげで室内部活組は助かってるよな。体育館が一個しかないんじゃ、バスケ・バレー・卓球・バドで使用のローテーションを組まなきゃならんし」

 私立様々、お金様々だ。
 奨学生制度のおかげで授業料は無料タダ、むしろ毎月お金が支給されるしウマウマだな。

「場所を取り合わなくて済むのは……いい、よね」

「もしそうなってたら、周三で外を走り込みとかになってたのか……。そらには地獄だな」

 そう語り、三人で笑い合う。

 仮定の話だからこそ、こうやって笑って済ましていられるが、実際は冗談ではない。
 というか、そうだったら俺は部活をやっていなかっただろう。

「――でもじゃあ、この学校に感謝だな。そらがバド部に入ってなかったら、ここまで仲良くはなかっただろうし」

 その言葉に、俺は肩を竦めるだけに留まる。
 この野郎、カッコイイことを言いやがって。視野外だから気づいていないみたいだが、菊池さんの目がキラキラと輝いてるぞ。

 ともすれば、チャイムが響く。
 次の授業まではあと十分。俺たちは机に広がった弁当の箱を片付け、席を元の位置に戻した。

 その間、型のついた髪を抑え、トイレに駆け込んだ女生徒がいたことは言うまでもないだろう。
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