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第4話 別離
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「やめてよ! おおかみさんに言われたから友達になったわけじゃないの! 私が、おおかみさんと友達になりたかっただけなの!」
だからやめてと、シャルロットはお父さんに頼みました。
しかし、お父さんは聞く耳を持たないようで、猟銃を人狼に向けたままです。
「……抵抗しないのか?」
と、お父さんはいぶかしげに人狼にたずねました。
銃口を向けられた人狼は、武器を取ることもなく玄関前に立ったままだったのです。
人狼はさみしそうな笑みを浮かべて、
「そりゃあ、俺だって死にたくはねえよ。でもあんたは、シャルロットをこれ以上危険にさらしたくないから、俺を殺そうとしてるわけだろ? だったら、甘んじて受け入れるしかねえじゃん」
「やだよ! おおかみさんが死んじゃうなんて嫌だ!」
すかさず、シャルロットは声をあげました。
聞こえているはずなのに、人狼もお父さんも彼女の声には答えません。
「そうか。……すまないが、死んでくれ」
お父さんは、そう静かに人狼に告げると引き金に指をかけました。
それを目にしたシャルロットは、がむしゃらに暴れて、お兄ちゃんの手を振りほどきました。そして、一目散に人狼の方へと駆けだしたのです。
「あ! バカ、来るな!」
シャルロットが駆けてくるのを見て、人狼は叫びました。
その声に反応したお父さんは、銃口を人狼から左側にそらしました。右手の指に力が込められ、引き金が引かれました。
「シャルロット!!」
慌てて駆けだした人狼は、大声で彼女の名を呼びました。しかし、銃声にかき消されて誰の耳にも届きません。
それはとても長い時間のようで、ほんの一瞬のできごとでした。
人狼を狙ったはずの銃弾は、シャルロットの頭を撃ち抜いたのです。
「うそ、だろ……?」
目の前の光景に、人狼は呆然としてそれだけを口にしました。信じたくはありませんでした。
しかし、倒れる彼女をとっさに支えて理解してしまいました。これは現実なのだと。
人狼は、涙を流して雄叫びをあげました。彼女を失った悲しみと、守れなかった悔しさと不甲斐なさと……いろいろな感情が込められていました。
「シャルロット……。やはり、お前も魅入られていたのか」
構えていた猟銃をおろしたお父さんは、力なくそうつぶやきました。若者たちも沈痛な面持ちをしています。
「そんな……。なんで、シャルロットを撃ったんだよ、父さん! 狙うのは、人狼のはずだろ!?」
てっきりシャルロットを助けるものだと思っていたお兄ちゃんは、予想外のことに驚いてお父さんにつめよります。
「……しかたなかったんだ」
こうする他に方法がないのだからと、お父さんは静かに言いました。
「しかたなかった、だと……?」
人狼は低い声で、お父さんの言葉をくり返しました。その声音には、静かな怒りが含まれています。
「ああ。お前たち人狼のせいで、森に入った者たちが狂ってしまうんだ。だから、処刑するしかないんだよ」
と、お父さんが非難するように人狼に告げました。
「だから、実の娘を手にかけたって言うのか?」
「ああ、そうだ。……お前たち人狼がいなければ、こんなことにはならなかったのに!」
涙をこらえながら、お父さんは猟銃を人狼に向けて構えました。それにならって、若者たちも武器を構えます。
「そうか。どうあってもわかりあえないなら……お前たちを殺す!」
人狼はそう言って、牙をむき出しながら威嚇するようにうなります。
「アシュレイ。お前は逃げろ」
お父さんは、人狼に視線を合わせたままそばにいるお兄ちゃんに言いました。
「え、でも……」
と、言いよどむお兄ちゃん。
「ここにいたら殺されるぞ! お前にだけは生きていてほしいんだよ。……母さんを頼む」
「――っ!」
お父さんの願いを聞いたお兄ちゃんは、強くくちびるを噛むと森の出口へと駆けだしました。
「村人に伝えろ! もうここには近づくなとな!」
人狼は、走り去るお兄ちゃんに向けて大声で言いました。
彼がある程度の距離を取るまで、人狼と人間たちのにらみ合いが続きました。どちらも、この戦いに子どもを巻き込みたくないと考えているのです。
遠ざかる足音が聞こえなくなった頃、お父さんが猟銃の引き金を引きました。銃声を合図に、若者たちが人狼へ攻撃をしかけます。
しかし、人狼は銃弾も向かってくる若者たちも紙一重のところでかわします。素早く攻撃に転じて、相手の急所を確実につらぬき命を奪っていきました。
若者たちが次々に倒れ、お父さんが最後の一人になるのにそう時間はかかりませんでした。
「くそっ!」
若者たちがかんたんに殺されてしまったことに驚きと恐怖を感じたお父さんは、震える手で猟銃を撃ちます。ですが、照準がぶれているせいで、弾は人狼の急所には届きません。三発撃ち終わったところで弾が切れたのでしょう、引き金を引いてもカチカチと音がするだけです。
腕や脇腹を撃たれながらも、ひるむことなくお父さんに近づいていく人狼。それは、見る者を圧倒するような恐怖をまとっていました。
「く……来るな!」
お父さんは怯えてそう言いますが、人狼は構わずに至近距離まで近づくと、彼の首を片手でつかみました。
もがく彼に人狼は、
「一つ言っておくがな、シャルロットが俺と友達になったのは彼女の意思だ。それをお前は踏みにじった!」
「お……俺だって、娘を手にかけるなんて……したくなかった。でも、お前たち人狼と出会ってしまったら……そうするしかないんだ」
「掟だからか?」
「ああ、そうだ。人狼がいなければ……こんな掟も作られなかったし、あの娘を殺すことも……なかったんだ」
「そうか、あくまでそれをつらぬくか。……あの世で、シャルロットに詫びるんだな」
人狼はため息とともにそう言うと、手に力を込めてお父さんの命を奪いました。
彼の亡骸を捨て置くと、シャルロットの方へと向かいます。
人狼はシャルロットの亡骸をシロツメクサの花畑に運ぶと、そのかたわらにていねいに埋葬しました。
「ごめんな……」
そうつぶやいた人狼は、さめざめと涙を流します。
一方、森から出たお兄ちゃんは、脇目も振らずに家に帰りました。お母さんになにがあったのかを説明します。
それを聞いたお母さんは、
「そう……」
とだけ言いました。あきらめたような声音には、少なからずさみしさも混ざっています。
森に行った若者たちの家族も、戻ってこないことを承知の上で送り出していたので、誰もシャルロットの家族を非難することはありませんでした。
それ以来、森に近づく村人は誰一人としておらず、村にも森にも平穏が訪れました。しかし、それは以前とは少し違っていました。
黄昏時になると、いつも遠吠えが響き渡るのです。悲しみの色を乗せて……。
だからやめてと、シャルロットはお父さんに頼みました。
しかし、お父さんは聞く耳を持たないようで、猟銃を人狼に向けたままです。
「……抵抗しないのか?」
と、お父さんはいぶかしげに人狼にたずねました。
銃口を向けられた人狼は、武器を取ることもなく玄関前に立ったままだったのです。
人狼はさみしそうな笑みを浮かべて、
「そりゃあ、俺だって死にたくはねえよ。でもあんたは、シャルロットをこれ以上危険にさらしたくないから、俺を殺そうとしてるわけだろ? だったら、甘んじて受け入れるしかねえじゃん」
「やだよ! おおかみさんが死んじゃうなんて嫌だ!」
すかさず、シャルロットは声をあげました。
聞こえているはずなのに、人狼もお父さんも彼女の声には答えません。
「そうか。……すまないが、死んでくれ」
お父さんは、そう静かに人狼に告げると引き金に指をかけました。
それを目にしたシャルロットは、がむしゃらに暴れて、お兄ちゃんの手を振りほどきました。そして、一目散に人狼の方へと駆けだしたのです。
「あ! バカ、来るな!」
シャルロットが駆けてくるのを見て、人狼は叫びました。
その声に反応したお父さんは、銃口を人狼から左側にそらしました。右手の指に力が込められ、引き金が引かれました。
「シャルロット!!」
慌てて駆けだした人狼は、大声で彼女の名を呼びました。しかし、銃声にかき消されて誰の耳にも届きません。
それはとても長い時間のようで、ほんの一瞬のできごとでした。
人狼を狙ったはずの銃弾は、シャルロットの頭を撃ち抜いたのです。
「うそ、だろ……?」
目の前の光景に、人狼は呆然としてそれだけを口にしました。信じたくはありませんでした。
しかし、倒れる彼女をとっさに支えて理解してしまいました。これは現実なのだと。
人狼は、涙を流して雄叫びをあげました。彼女を失った悲しみと、守れなかった悔しさと不甲斐なさと……いろいろな感情が込められていました。
「シャルロット……。やはり、お前も魅入られていたのか」
構えていた猟銃をおろしたお父さんは、力なくそうつぶやきました。若者たちも沈痛な面持ちをしています。
「そんな……。なんで、シャルロットを撃ったんだよ、父さん! 狙うのは、人狼のはずだろ!?」
てっきりシャルロットを助けるものだと思っていたお兄ちゃんは、予想外のことに驚いてお父さんにつめよります。
「……しかたなかったんだ」
こうする他に方法がないのだからと、お父さんは静かに言いました。
「しかたなかった、だと……?」
人狼は低い声で、お父さんの言葉をくり返しました。その声音には、静かな怒りが含まれています。
「ああ。お前たち人狼のせいで、森に入った者たちが狂ってしまうんだ。だから、処刑するしかないんだよ」
と、お父さんが非難するように人狼に告げました。
「だから、実の娘を手にかけたって言うのか?」
「ああ、そうだ。……お前たち人狼がいなければ、こんなことにはならなかったのに!」
涙をこらえながら、お父さんは猟銃を人狼に向けて構えました。それにならって、若者たちも武器を構えます。
「そうか。どうあってもわかりあえないなら……お前たちを殺す!」
人狼はそう言って、牙をむき出しながら威嚇するようにうなります。
「アシュレイ。お前は逃げろ」
お父さんは、人狼に視線を合わせたままそばにいるお兄ちゃんに言いました。
「え、でも……」
と、言いよどむお兄ちゃん。
「ここにいたら殺されるぞ! お前にだけは生きていてほしいんだよ。……母さんを頼む」
「――っ!」
お父さんの願いを聞いたお兄ちゃんは、強くくちびるを噛むと森の出口へと駆けだしました。
「村人に伝えろ! もうここには近づくなとな!」
人狼は、走り去るお兄ちゃんに向けて大声で言いました。
彼がある程度の距離を取るまで、人狼と人間たちのにらみ合いが続きました。どちらも、この戦いに子どもを巻き込みたくないと考えているのです。
遠ざかる足音が聞こえなくなった頃、お父さんが猟銃の引き金を引きました。銃声を合図に、若者たちが人狼へ攻撃をしかけます。
しかし、人狼は銃弾も向かってくる若者たちも紙一重のところでかわします。素早く攻撃に転じて、相手の急所を確実につらぬき命を奪っていきました。
若者たちが次々に倒れ、お父さんが最後の一人になるのにそう時間はかかりませんでした。
「くそっ!」
若者たちがかんたんに殺されてしまったことに驚きと恐怖を感じたお父さんは、震える手で猟銃を撃ちます。ですが、照準がぶれているせいで、弾は人狼の急所には届きません。三発撃ち終わったところで弾が切れたのでしょう、引き金を引いてもカチカチと音がするだけです。
腕や脇腹を撃たれながらも、ひるむことなくお父さんに近づいていく人狼。それは、見る者を圧倒するような恐怖をまとっていました。
「く……来るな!」
お父さんは怯えてそう言いますが、人狼は構わずに至近距離まで近づくと、彼の首を片手でつかみました。
もがく彼に人狼は、
「一つ言っておくがな、シャルロットが俺と友達になったのは彼女の意思だ。それをお前は踏みにじった!」
「お……俺だって、娘を手にかけるなんて……したくなかった。でも、お前たち人狼と出会ってしまったら……そうするしかないんだ」
「掟だからか?」
「ああ、そうだ。人狼がいなければ……こんな掟も作られなかったし、あの娘を殺すことも……なかったんだ」
「そうか、あくまでそれをつらぬくか。……あの世で、シャルロットに詫びるんだな」
人狼はため息とともにそう言うと、手に力を込めてお父さんの命を奪いました。
彼の亡骸を捨て置くと、シャルロットの方へと向かいます。
人狼はシャルロットの亡骸をシロツメクサの花畑に運ぶと、そのかたわらにていねいに埋葬しました。
「ごめんな……」
そうつぶやいた人狼は、さめざめと涙を流します。
一方、森から出たお兄ちゃんは、脇目も振らずに家に帰りました。お母さんになにがあったのかを説明します。
それを聞いたお母さんは、
「そう……」
とだけ言いました。あきらめたような声音には、少なからずさみしさも混ざっています。
森に行った若者たちの家族も、戻ってこないことを承知の上で送り出していたので、誰もシャルロットの家族を非難することはありませんでした。
それ以来、森に近づく村人は誰一人としておらず、村にも森にも平穏が訪れました。しかし、それは以前とは少し違っていました。
黄昏時になると、いつも遠吠えが響き渡るのです。悲しみの色を乗せて……。
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