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第11話 鼬

因縁の対決

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 二人が声のした方へと向かうと、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 ちょっとした広場に転がっている数人の遺体と、ぺたりと座り込んでそれを見つめている女性が一人。

「どうして、こんな……」

 二階堂がつぶやくと、弾かれたように女性が振り向いた。

「たす――」

 助けてと言い終わらないうちに、彼女の首が何かに切り落とされる。残された胴体は、鮮血を吹き出しながら倒れた。まるで、スロー再生で動画を見ているかのような感覚に陥る。だが、それも一瞬のことで、真新しい血の臭いが否が応でも現実だと突きつけてくる。

「やっぱり来たか」

 と、どこか楽しそうな声が聞こえた。

 視線を上げると、いつの間にか数メートル先に金髪の男が立っている。雰囲気は違うが、先程出会った青年だった。

おう、お前……」

 蒼矢が怒りをあわらにしながら低く告げる。

「これで、俺と戦う理由ができただろ? なあ、蒼矢?」

 ねっとりと言い含めるように言う緋桜。疑問形ではあるが、蒼矢の答えを期待しているわけではないようだ。

 二階堂が止める間もなく、蒼矢は戦闘モードを展開し緋桜に真正面から突っ込んでいく。もちろん、武器を作り出すのも忘れない。だが、それは愛用の鎌ではなく刀だった。

 二階堂は舌打ちをすると、

雪華せつか

 とつぶやいて刀を出現させ、すぐに応戦できるように構える。

 緋桜は、にぃっと口角を上げると、瞬時に剣を作り出して蒼矢の攻撃を受けた。

 金属がこすれ合う嫌な音が響き、二人はつばぜり合いになる。

「緋桜、お前だけは許さねえ!」

 歯をむき出して吠える蒼矢。

 だが、緋桜はそれすらも楽しんでいるようで。

「くくっ……ようやく、本気のお前とやりあえるんだ。存分に楽しもうぜ!」

 そう言って、蒼矢を弾き返した。

 弾かれた蒼矢は体勢を整えると、二階堂のもとまで後退した。

「蒼矢、無茶するな」

 ここは慎重に行こうと、二階堂が進言する。

 しかし、蒼矢は返事をしない。

「おい、蒼矢!」

「うっせえ! あいつだけは何が何でも止めなきゃならねんだ。なりふり構ってる場合じゃねえんだよ!」

 と、いつになく真剣な声で告げる蒼矢。

 二階堂は小さくため息をつくと、

「あいつがヤバい奴だってことはわかったよ。僕も戦う。だから、一人で相手しようとするな」

「誠一……。OK。それじゃあ頼むぜ、相棒!」

 二人は武器を構え直す。

「人間が相棒、ねえ……? くくっ、物好きだな。……ん? そうか、そういうことか。なら、相応の相手をしてやらねえとな!」

 緋桜は一人で納得すると、自身の周辺に手のひらサイズの円形の刃を複数作り出した。

「――っ!?」

 目の前の光景を見て、二階堂は息を呑んだ。直後、身体が小刻みに震えてくる。

 記憶が、恐怖とともに蘇る。

(あいつは……あの時の――!)

 そう、緋桜は、五年前に二階堂を殺そうとした妖怪だったのだ。

 呼吸が浅くなり、逃げ出したい衝動に駆られる。

 怖い。またあの時のように殺されかけるのでは? 嫌だ、死にたくない。でも、ここで逃げ出していいのか? そうしたら、被害者がさらに増えてしまう。それは何としても止めなければ。でも怖い……。

 そんな思いが、頭の中で堂々巡りする。

 二階堂の様子がいつもと違うことに気づいたのか蒼矢は、

「誠一、怯えるな」

 と、静かに告げた。

 もちろん、視線は緋桜から外さない。

 その言葉に、二階堂は我に返り前を見据えた。

(そうだ、怯えなくていいんだ。そのために修行したんだから)

 心の中で蒼矢に礼を言うと、二階堂は刀に力を乗せる。

 白く輝く武器を手に対峙する二階堂を見て、緋桜は感心したような表情を浮かべた。

「へえ? 逃げ出すと思ってたけど、案外度胸あるじゃねえか。それじゃあ、丁寧に殺してやるか」

 そうつぶやくと、緋桜は自身の周囲にある円形の刃を二人に向けて放った。

 それと同時に、二人は左右に別れて駆け出した。迫りくる刃を払い落としながら、緋桜との距離を詰めていく。

 先に緋桜との間合を至近距離まで詰めた蒼矢が、振り上げた刀を思い切り振り下ろした。しかし、それはいともたやすく緋桜に受け止められてしまう。

 反射的に舌打ちする蒼矢に緋桜は、

「お前の攻撃、わかりやすいなあ」

「わかりやすくしてるんだよ」

 そう言って、蒼矢は笑みを浮かべた。

 刹那、二階堂が緋桜の死角から斬りかかる。

 だが、刃が届く前に、緋桜は二階堂の方へと手をかざした。瞬間、緋桜と二階堂との間に桜吹雪が現れ視界を遮る。

 二階堂は、勢いのまま薄紅色のカーテンに刀を振り下ろした。

「――っ!?」

 しかし、それを斬りつけることはできず弾き返されてしまった。

「嘘だろ!?」

 それを見た蒼矢も思わず声をあげる。

 にやりと口角を上げた緋桜は、そんな彼の隙をついて思い切り蒼矢を跳ね返した。

 二階堂と蒼矢は受け身を取ると、ほぼ同時に攻撃をしかける。だが、二人の攻撃は受け止められ弾かれてしまう。

(くそっ! どうすれば当たる?)

 焦燥感が、二階堂の心を支配しそうになるそんな時だった。

「なあ、蒼矢。どうして術使わねえんだよ? 人間ならいざ知らず、術くらい使えるだろ?」

 もっと楽しませろとばかりに、緋桜が蒼矢に問う。

「本気出してねえ奴に言われたかねっつの!」

 と、答えではなく憎まれ口を叩く蒼矢。

「フッ……そうか」

 そうつぶやくと、緋桜はその場から姿を消した。

「え、いないっ!?」

 驚いて声をあげる二階堂。

 次の瞬間、蒼矢がいる方から剣戟の音が聞こえてきた。

 見ると、緋桜と蒼矢が刃を交えている。

 予備動作なしに間合いを詰めた緋桜が、蒼矢の懐に入り剣を振り抜いたのだ。一瞬遅れたものの、蒼矢もうまく反応しそれを受け止めた。

(――嘘、だろ? まったく見えなかった……)

 二階堂は愕然とする。

 姿が追えない程の速度だったのだから、無理もない。

 本気を出した彼と戦ったら確実に負ける――いや、瞬殺される。

 そう理解してしまった。だから、その場から一歩も動くことができない。それどころか、彼らの戦いを目で追うのがやっとだった。

 息を継ぐ間もないくらいの攻撃をくり出す緋桜。それをやっとのことでしのぐ蒼矢。どちらに分があるかは一目瞭然だった。

「……っと、そういや忘れてたぜ」

 ふっと蒼矢から視線を外すと、緋桜はいまだ動けずにいる二階堂に向けて手をかざした。

 すると、どこからか円形の刃が複数出現し、二階堂へと飛んでいく。

「お前はそれで遊んでな!」

 緋桜がそう言い放つと、複数の刃は二階堂に向けて勢いよく飛んでいった。

(え……?)

 二階堂は、その言葉が自分に向けられたものだとすぐに理解できなかった。今まで蚊帳の外だったのだから仕方がないが。

 だが、自分に向けられた殺意はその距離を確実に縮めていく。

 二階堂が、その複数の刃に気づいた時には、もう避けられない位置まで迫っていた。

「――っ!」

 とっさに刀で防ごうとするも、すべてを打ち払うことはできなくて。それは、二階堂の四肢を斬りつけて後方へと飛んでいく。

「ぐっ……!」

 うめき声をあげると、二階堂はその場に倒れこんだ。

 その一部始終を横目で見ていた緋桜は、ふっと笑みを浮かべると蒼矢へと向き直る。

 刹那、至近距離まで来ていた蒼矢が、振り上げた刀を振り下ろした。しかし、緋桜は難なくいなし振り払う。

 後退し間合いを取った蒼矢は、舌打ちして歯噛みした。

「隙を狙ったんだろうが、残念だったな」

「うっせえ!」

 蒼矢はそう吠えると、青白い炎を複数作り出し緋桜に放つと同時に駆け出した。

 だが、それは緋桜が放った刃に撃ち抜かれて霧散する。

 それを横目に確認して、蒼矢が視線を正面に戻した直後。

「――っ!?」

 いつの間に移動したのか、にたりと笑みを浮かべた緋桜が目の前にいた。

 そして、剣を素早く横に薙ぐ。

 服すれすれのところでかわした蒼矢は、彼との間合いを十分に取るために後退せざるを得なかった。

「どこ行こうってんだ、蒼矢? まだまだこれからだろう? 殺し合いを楽しもうぜ!」

 ねっとりと告げる緋桜。彼の頭と尻には、いつの間にか鼬の耳と尻尾が出現していた。それどころか、彼が纏う妖気の濃さも先程より増している。

「しゃあねえな……。吠え面かくなよ!」

 そう言いながら、蒼矢は武器を刀から愛用の大鎌に持ち替える。刃に自身の妖気を纏わせることも忘れない。

 殺意むき出しの蒼矢の瞳は、いつもの濃い藍色ではなく金色に変わっていた。
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