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第10話 ふゆの落とし物
迷子
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空気の冷たさで冬本番を感じる、そんな冬晴れの日。
昼食もそこそこに、二階堂は近所にある洋菓子店『星屑レモネード』に来ていた。
(何を買おうかな……)
悩みながら、ショーケース内にある様々なケーキを眺める。
そこには、ショートケーキやチーズケーキ、シュークリームなどの定番商品から、マドレーヌやフィナンシェなどの焼き菓子、店名を冠したオリジナルケーキまで多種類の洋菓子が並べられている。
この店の開店時間が昼の十ニ時からなので、ケーキの品揃えは申し分ない。
しかし、あれもこれもと手を出したくなるが、自分と蒼矢だけなので多く買っても食べきれない。というわけで、何を買おうか悩んでいるわけである。
しかも、今日は十二月二十五日。クリスマスだ。ケーキの予約をしていない身としては、早めに購入しておきたいところである。
しばらく悩んでいた二階堂だが、ようやく決めたのか女性店員に声をかけた。
「えっと……星屑レモネードとチーズケーキを一つずつと、プリンを二つお願いします」
「かしこまりました」
そう言うと、彼女は言われた商品を丁寧に手元のトレーに取り出していく。
「こちらでよろしいですか?」
と、トレーを見せて二階堂に尋ねた。
二階堂がうなずくと、彼女はそれを後ろの棚に置いてレジに値段を打ち込んでいく。
会計が済み商品を包装すると、
「いつもありがとうございます」
と笑顔で言って、二階堂に差し出した。
「いえいえ。ここのケーキ美味しいし、僕の好みの甘さなんですよ。だから、ついついここに来ちゃうんですよね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、主人も喜びます」
彼女はそう言って満面の笑みを見せた。
二階堂も笑顔でまた来ますと告げて、洋菓子店を出た。
徒歩で自宅へと向かう。
時折吹く冷たい風が、妙に心地よい。
しばらく歩いていると、うろうろしている小学生くらいの子どもが視界に入った。
迷子なのか、何やら落ち着かない様子だ。
(どうしたんだろう? それに、あんな格好で寒くないのかな?)
と、心配する二階堂。
というのも、その子が着ているのが白練りの着物だけなのだ。長襦袢などの肌着を中に着ていたとしても、上着がなければさすがに寒いはずだ。しかし、寒がっている様子はまったくない。
不思議に思いながら、二階堂は辺りを見回す。保護者らしき大人がいればと思ったのだが、当てが外れてしまった。
目の前の子どもは、相変わらずおろおろと行ったり来たりをくり返している。
その子はおそらく少女だろう、淡い桜色のショートボブの髪が歩くたびにふわふわと揺れる。
見かねた二階堂はその子に近づいて、
「ねえ? どうしたの?」
と、声をかけた。
「ひっ……!?」
少女は小さく悲鳴をあげると、体を縮こまらせて固まってしまった。
「あ、ごめん! びっくりさせるつもりはなかったんだ」
二階堂が目線を合わせて謝罪するも、彼女は固まったままで。
(どうしようかな? このままってわけにもいかないし……)
わずかの逡巡、二階堂は先程購入したプリンがあることを思い出した。
「……プリンあるけど、食べる?」
と尋ねると、少女は赤紫色の瞳を輝かせて大きくうなずいた。
(こんなに簡単に釣れるなんて……。悪い人に連れて行かれそうだな)
と心配しつつ、二階堂は彼女を自宅へ連れていくことにした。
(不審者みたいだな、僕……)
そんなことを考えてしまった二階堂は、誰にも見られませんようにと切に祈る。
その甲斐あってか、自宅に着くまでの間、誰ともすれ違うことはなかった。
玄関に入るなり胸をなでおろした二階堂は、少女を招き入れる。
緊張した面持ちで、彼女は二階堂のあとについて行った。
「ただいま、ケーキ買ってきたよ」
「おう、サンキュ……」
リビングのソファーでくつろいでいた蒼矢は、入口に視線を向けると言葉を失った。
相棒が見知らぬ少女を連れているのだ、無理もない。
「おい、誠一。いくら何でもまずいだろ? 犬猫じゃねえんだから」
「保護しただけだよ。この子、迷子みたいなんだ」
そう言いながら、二階堂は少女を椅子に案内すると、買ってきたプリンと付属のスプーンを彼女の前に置いた。
「食べていいよ」
と、声をかけると、少女は満面の笑みでプリンを食べ始める。
二階堂が他のケーキを冷蔵庫にしまってリビングに戻ると、蒼矢に手招きされた。
それに応じるように向かうと、
「保護しただけって言っても、あいつ人間じゃねえだろ。どうすんだよ?」
と、蒼矢が責めるような口調で問うた。
確かに、淡い桜色の髪に赤紫色の瞳を持つ人間はいない。カラーコンタクトや染髪などでそう見せることはできるが、少なくとも二階堂は、そんなことをしている小学生を知らない。それに、雪のように白い肌は、本当に真っ白で血が通っているとは思えなかった。
だが、二階堂がそれで動揺するはずがなくて。
「やることはいつもと一緒だよ」
詳しい話を聞いて、解決するために動く。ただそれだけだと、あっけらかんと言ってのける。
蒼矢は大きなため息をつくと、
「そう言うだろうとは思ってたけどさ。あいつ、雪ん子だぜ? さすがに、雪ん子の里の場所なんざ知らねえよ?」
と、自分は力になれないだろうことを告げた。
雪ん子とは、子どもの姿をした雪の精である。人間はもちろん、妖怪とも住む世界が異なるため、雪ん子が暮らす里の存在を知る者はほとんどいない。
だが二階堂は、そんなことは取るに足りないこととばかりに、
「大丈夫、何とかなるよ」
と、告げた。
根拠はないが、普段通りの手順を踏んでいけば大丈夫だと、何となくそう思ったのである。
もう一度大きなため息をつく蒼矢を意識の外に追いやって、二階堂は少女のそばに行った。
「ごちそうさまでした!」
ちょうど食べ終わったところだったのか、少女が元気よく告げた。
お粗末様でしたと笑顔で言って、二階堂はプリンのカップなどを片づける。
そして、少女の向かい側に腰をおろした。
自分と蒼矢の名前を告げると、
「ねえ、君の名前、教えてもらってもいいかな?」
「ふゆ!」
少女が答える。
「ふゆちゃんは、人間じゃないんだよね?」
と、二階堂。蒼矢から聞いたが、やはり本人の口から直接聞きたい。だから、これは確認のための質問。
ふゆは大きくうなずいて、
「ふゆはね、雪ん子なんだ」
と、教えてくれた。
「雪ん子の里は、こことは違うところにあるんだよね? どうしてさっきの場所にいたの?」
「えっとね、ふゆ、友達と遊んでたの。でも、気がついたら一人になっちゃったの。それで、みんなを探してたらきらきらしてるのが見えて、近くに行ったら知らない場所にいた」
「なるほど……?」
ふゆと名乗った少女の話は要領を得ない。
二階堂は、自身にわかりやすいように頭の中で整理する。
ふゆは複数人で遊んでいたが、途中、友達とはぐれてしまった。彼女が友達を探すも見つからず、代わりにきらきらしているものを見つける。それに心惹かれた彼女は、もっと間近で見ようと近づいたが、気がついたら知らない場所にいたということらしい。
二階堂が黙っていると、
「……あのね、お兄ちゃん」
と、ふゆがおずおずと声をかけた。
「何だい?」
「ふゆね、お星さま落としちゃったの。探してほしいんだけど……いい?」
昼食もそこそこに、二階堂は近所にある洋菓子店『星屑レモネード』に来ていた。
(何を買おうかな……)
悩みながら、ショーケース内にある様々なケーキを眺める。
そこには、ショートケーキやチーズケーキ、シュークリームなどの定番商品から、マドレーヌやフィナンシェなどの焼き菓子、店名を冠したオリジナルケーキまで多種類の洋菓子が並べられている。
この店の開店時間が昼の十ニ時からなので、ケーキの品揃えは申し分ない。
しかし、あれもこれもと手を出したくなるが、自分と蒼矢だけなので多く買っても食べきれない。というわけで、何を買おうか悩んでいるわけである。
しかも、今日は十二月二十五日。クリスマスだ。ケーキの予約をしていない身としては、早めに購入しておきたいところである。
しばらく悩んでいた二階堂だが、ようやく決めたのか女性店員に声をかけた。
「えっと……星屑レモネードとチーズケーキを一つずつと、プリンを二つお願いします」
「かしこまりました」
そう言うと、彼女は言われた商品を丁寧に手元のトレーに取り出していく。
「こちらでよろしいですか?」
と、トレーを見せて二階堂に尋ねた。
二階堂がうなずくと、彼女はそれを後ろの棚に置いてレジに値段を打ち込んでいく。
会計が済み商品を包装すると、
「いつもありがとうございます」
と笑顔で言って、二階堂に差し出した。
「いえいえ。ここのケーキ美味しいし、僕の好みの甘さなんですよ。だから、ついついここに来ちゃうんですよね」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、主人も喜びます」
彼女はそう言って満面の笑みを見せた。
二階堂も笑顔でまた来ますと告げて、洋菓子店を出た。
徒歩で自宅へと向かう。
時折吹く冷たい風が、妙に心地よい。
しばらく歩いていると、うろうろしている小学生くらいの子どもが視界に入った。
迷子なのか、何やら落ち着かない様子だ。
(どうしたんだろう? それに、あんな格好で寒くないのかな?)
と、心配する二階堂。
というのも、その子が着ているのが白練りの着物だけなのだ。長襦袢などの肌着を中に着ていたとしても、上着がなければさすがに寒いはずだ。しかし、寒がっている様子はまったくない。
不思議に思いながら、二階堂は辺りを見回す。保護者らしき大人がいればと思ったのだが、当てが外れてしまった。
目の前の子どもは、相変わらずおろおろと行ったり来たりをくり返している。
その子はおそらく少女だろう、淡い桜色のショートボブの髪が歩くたびにふわふわと揺れる。
見かねた二階堂はその子に近づいて、
「ねえ? どうしたの?」
と、声をかけた。
「ひっ……!?」
少女は小さく悲鳴をあげると、体を縮こまらせて固まってしまった。
「あ、ごめん! びっくりさせるつもりはなかったんだ」
二階堂が目線を合わせて謝罪するも、彼女は固まったままで。
(どうしようかな? このままってわけにもいかないし……)
わずかの逡巡、二階堂は先程購入したプリンがあることを思い出した。
「……プリンあるけど、食べる?」
と尋ねると、少女は赤紫色の瞳を輝かせて大きくうなずいた。
(こんなに簡単に釣れるなんて……。悪い人に連れて行かれそうだな)
と心配しつつ、二階堂は彼女を自宅へ連れていくことにした。
(不審者みたいだな、僕……)
そんなことを考えてしまった二階堂は、誰にも見られませんようにと切に祈る。
その甲斐あってか、自宅に着くまでの間、誰ともすれ違うことはなかった。
玄関に入るなり胸をなでおろした二階堂は、少女を招き入れる。
緊張した面持ちで、彼女は二階堂のあとについて行った。
「ただいま、ケーキ買ってきたよ」
「おう、サンキュ……」
リビングのソファーでくつろいでいた蒼矢は、入口に視線を向けると言葉を失った。
相棒が見知らぬ少女を連れているのだ、無理もない。
「おい、誠一。いくら何でもまずいだろ? 犬猫じゃねえんだから」
「保護しただけだよ。この子、迷子みたいなんだ」
そう言いながら、二階堂は少女を椅子に案内すると、買ってきたプリンと付属のスプーンを彼女の前に置いた。
「食べていいよ」
と、声をかけると、少女は満面の笑みでプリンを食べ始める。
二階堂が他のケーキを冷蔵庫にしまってリビングに戻ると、蒼矢に手招きされた。
それに応じるように向かうと、
「保護しただけって言っても、あいつ人間じゃねえだろ。どうすんだよ?」
と、蒼矢が責めるような口調で問うた。
確かに、淡い桜色の髪に赤紫色の瞳を持つ人間はいない。カラーコンタクトや染髪などでそう見せることはできるが、少なくとも二階堂は、そんなことをしている小学生を知らない。それに、雪のように白い肌は、本当に真っ白で血が通っているとは思えなかった。
だが、二階堂がそれで動揺するはずがなくて。
「やることはいつもと一緒だよ」
詳しい話を聞いて、解決するために動く。ただそれだけだと、あっけらかんと言ってのける。
蒼矢は大きなため息をつくと、
「そう言うだろうとは思ってたけどさ。あいつ、雪ん子だぜ? さすがに、雪ん子の里の場所なんざ知らねえよ?」
と、自分は力になれないだろうことを告げた。
雪ん子とは、子どもの姿をした雪の精である。人間はもちろん、妖怪とも住む世界が異なるため、雪ん子が暮らす里の存在を知る者はほとんどいない。
だが二階堂は、そんなことは取るに足りないこととばかりに、
「大丈夫、何とかなるよ」
と、告げた。
根拠はないが、普段通りの手順を踏んでいけば大丈夫だと、何となくそう思ったのである。
もう一度大きなため息をつく蒼矢を意識の外に追いやって、二階堂は少女のそばに行った。
「ごちそうさまでした!」
ちょうど食べ終わったところだったのか、少女が元気よく告げた。
お粗末様でしたと笑顔で言って、二階堂はプリンのカップなどを片づける。
そして、少女の向かい側に腰をおろした。
自分と蒼矢の名前を告げると、
「ねえ、君の名前、教えてもらってもいいかな?」
「ふゆ!」
少女が答える。
「ふゆちゃんは、人間じゃないんだよね?」
と、二階堂。蒼矢から聞いたが、やはり本人の口から直接聞きたい。だから、これは確認のための質問。
ふゆは大きくうなずいて、
「ふゆはね、雪ん子なんだ」
と、教えてくれた。
「雪ん子の里は、こことは違うところにあるんだよね? どうしてさっきの場所にいたの?」
「えっとね、ふゆ、友達と遊んでたの。でも、気がついたら一人になっちゃったの。それで、みんなを探してたらきらきらしてるのが見えて、近くに行ったら知らない場所にいた」
「なるほど……?」
ふゆと名乗った少女の話は要領を得ない。
二階堂は、自身にわかりやすいように頭の中で整理する。
ふゆは複数人で遊んでいたが、途中、友達とはぐれてしまった。彼女が友達を探すも見つからず、代わりにきらきらしているものを見つける。それに心惹かれた彼女は、もっと間近で見ようと近づいたが、気がついたら知らない場所にいたということらしい。
二階堂が黙っていると、
「……あのね、お兄ちゃん」
と、ふゆがおずおずと声をかけた。
「何だい?」
「ふゆね、お星さま落としちゃったの。探してほしいんだけど……いい?」
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