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第9話 復讐者

再戦

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 その日の夜、静まり返ったふれあい公園の中央付近に、二階堂と蒼矢の姿があった。

 空気は冷たいが、風がないのでそこまで寒くは感じない。夜空には無数の星が瞬いていて、このまま天体観測をしていたい思いに駆られる。

 しかし、そういうわけにもいかない。ここで、蛇目あいを迎え撃つのだから。

「……結界も張ったし、あとはあいつを待つだけだな」

 軽く伸びをして、蒼矢がつぶやいた。

 ここに到着したのは、今から五分くらい前。到着してすぐに、蒼矢は乳白色の勾玉を公園の四隅に置いて結界を張ったのである。

 仮眠と軽めの食事も済ませてきたので、二人とも準備万端だ。

「早めに来てくれると、助かるんだけどな」

 二階堂が言うと、

「そんなに待たなくて済むんじゃねえか? 何しろ、あいつは俺たちを殺したいわけだからさ」

 と、蒼矢がにこやかに告げる。

 早く戦いたくてしかたがないのだろう、蒼矢はすでに戦闘モードに移行していて、九本の尾をひっきりなしに振っているのだから。

 二階堂は、そんな相棒の姿に少々呆れながらも、

せつ

 と、小声でつぶやいてブレスレットを刀に変え、自身も戦闘に備える。

「それ、どうしたんだよ?」

 蒼矢が、横目でささめ雪を見ながら尋ねた。

「神様からもらったんだ」

「ふ~ん? それじゃあ、お手並み拝見といきますか」

 とくに追求することなくそう言うと、蒼矢は真正面を見据えて、

「来るぞ」

 と、鋭く告げた。

 いつの間にか、愛用の大鎌を手にしている。

 二階堂はうなずくと、刀を構えて神経を集中させる。すると、それは一瞬で白い光に包まれた。思わず、つかを握る指に力が入る。

 しばらく公園の入口を見つめていると、人影が見えてきた。それは、徐々に速度を上げて二人の方へとやってくる。だが、それは人間ではない。下半身が蛇なのだ。間違いない、蛇目あいである。

 彼女は公園に入るなり、

「死ねーーーっ!」

 と、勢いよく蒼矢に正面から躍りかかった。

 しかし、蒼矢は難なくそれを武器で受け止める。

「よう。久しぶりだ、な!」

 と言い放ち、全力であいを跳ね返す。

 はじき返されたあいは、しかし、よろめきながらも数メートル後退しただけだった。

「やっぱり生きてたんだ。……あのまま死ぬとは思ってなかったし、簡単に死なれちゃ困るんだけど」

 と、体勢を整えながらつぶやく彼女。

「簡単に死んでやる程、お人好しじゃねえよ」

 蒼矢が応えると、

「……ふふ、これで貴方達をズタズタにできる!」

 そう言って、彼女は高笑いする。その笑顔は、狂気に満ちていた。

 蒼矢は鼻で笑うと、

「やれるもんならな!」

 と言って、正面から向かっていく。

 彼女との間合いを瞬時に詰め、振り上げた大鎌を思い切り振り下ろした。

 しかし、あいは、刃が振り下ろされるわずかの時間で剣を作り出し、蒼矢の攻撃を受ける。

 蒼矢が舌打ちするのと、あいが醜悪に口角を上げるのはほぼ同時で。

「――っ!」

 不穏な空気を察した蒼矢は、飛び退いて間合いをとる。

「あら? 怖気おじけづいたの?」

 くすくすと笑いながら彼女が問う。だが、蒼矢の返事を期待している様子は微塵もない。

「蒼矢?」

 かたわらにいる二階堂が訝しげに尋ねる。

 だが、蒼矢はそれには答えず、

「……お前、俺達と刺し違えるつもりだろ?」

 と、気味悪そうにあいに問う。

「笑わせないでよ。するわけないじゃない、そんなつまんないこと」

 自分の望みは、蒼矢と二階堂を痛めつけることなのだから、と。

 あいは、憎悪と狂気に満ちた顔で笑う。

 そんな彼女を見て、二階堂も不気味な雰囲気を感じた。

「誠一。わりいけど、フォローしてる余裕ねえかも」

 蒼矢は、珍しくそんなことを口にした。

 二階堂はわかったとだけ返す。もとから、蒼矢に守ってもらおうなんて思ってはいない。蒼矢とともに戦うために、この刀を手にしたのだから。

「さあて、どんな殺され方がいいかしら?」

 舌なめずりをしながら、あいは楽しそうにのたまうと左腕を上空に伸ばした。

「そうだな……。いっそのこと、ひと思いにサクッと殺してくれよ」

 警戒しながらも、軽口を言う蒼矢。だが、死んでやる気なんて毛頭なくて。右手に妖気を集中させる。

 緊迫した空気の中、二階堂はちらりと空を見た。先程まで見えていた輝く星々が、いつの間にか重く分厚い雲に覆い隠されている。それも、この公園の上だけである。

「それじゃあ、つまんないわ。痛みと苦しみをた~っぷり、味わわせてあげる!」

 そんな楽しそうなあいの声が聞こえ、二階堂は視線を戻した。

 あいが、伸ばした左腕を勢いよく振り下ろす。次の瞬間、曇天から無数の雷が雨のように降り注いだ。

 弾かれたように、二階堂が駆け出す。

「誠一っ!?」

 蒼矢が声をかけるが止める暇はなくて。

 舌打ちをすると、蒼矢は自分を守ることを最優先にした。右手を頭上にかざして円形の盾を作り出す。それは、直径二メートル程の大きさのもの。半透明で勿忘草わすれなぐさ色に彩られている。 

 駆け出した二階堂はというと、雷の雨を器用にかいくぐりながらあいの左側へと回り込んだ。

「僕のことも忘れないでほしいな!」

 そう言って、二階堂はあいに斬りかかる。

 あいは、剣を持つ右手ではなく左腕で自身をかばう。

(とらえた!)

 二階堂は直感的に思った。

 たしかに手ごたえはあった。しかし、刃は皮膚を少し切っただけで。

 それまで狂気じみた笑みを見せていたあいは、すっと真顔に戻ると冷たい瞳で二階堂を見つめて、

「急がなくても、ちゃんと殺してあげるのに……。だから、今は邪魔しないで」

 と告げて、左腕を思い切り振り払った。

 その勢いで、二階堂は後方へ吹き飛ばされてしまう。

「誠一っ! ……野郎!」

 蒼矢は低く唸ると、狐火を数個作り出してあいに向けて放った。

 二階堂が彼女の注意を引きつけたおかげなのか、雷の雨はいつの間にかやんでいる。

 蒼矢は、着弾を確認せずに相棒のもとへ駆け寄る。

「おい、誠一! 大丈夫か?」

「ああ……いてて。何とか大丈夫だよ」

 吹き飛ばされた後、盛大に転げまわったのだろう。二階堂の着衣には多数の土が付着していて汚れている。本人も多少の傷を負っているものの、そのほとんどがかすり傷程度のものだ。

「……ったく、無茶すんじゃねえよ。戦い慣れてねえんだから」

「だからって、指くわえて見てるだけってのも嫌なんだよね」

 と、二階堂。彼の瞳は、止めても無駄だと告げていた。

 蒼矢は諦めたようにため息をつくと、

「わかった。ただ、マジで危ねえと思ったら逃げろ。いいな?」

 その真剣な言葉に、二階堂はうなずいた。

「どっちから死ぬか、決まったかしら?」

 あいが優雅に尋ねると、蒼矢は鼻で笑って、

「誰も死ぬ相談なんかしてねっての。お前を殺す相談なら、してたかもしれねえけどな!」

 そう言って、低い姿勢のまま彼女に向かっていき間合いを詰める。

 途中で作り出したのだろう、その手には愛用の武器が握られていた。

 斬り上げる刃は、しかし、あいの持つ剣で防がれてしまう。

 金属同士が擦れあう耳障りな音が響く。

 しばらくの間、つばぜり合いが続いた。緊迫した空気だけが漂う。

 背後に気配を感じたのか、蒼矢は武器を持つ手に込めている力を少しずつ抜いていった。 

 そうとも知らずに、あいは渾身の力で蒼矢を弾き返す。

 それは蒼矢にとって想定内のことで。あまり体勢を崩さず後退した。

 すぐさま、二階堂が彼女の前に現れ斬りかかる。彼女が、蒼矢とつばぜり合いを演じている間に間合いを詰めていたのだ。

「人間が、妖怪のあたしに勝てるとでも思ってるの?」

 そう言って、あいは二階堂の攻撃を剣でいなした。

 わずかによろけた二階堂はすぐに立て直して、

「やってみなきゃ、わからないだろ!」

 と言って、攻撃をしかける。

 それも、左腕を狙ってである。

 だが、あいは避けることも防ぐこともしなかった。たかが人間の攻撃と侮っていたのか、それを甘んじて受けると、二階堂の腹はかっさばこうと剣を横に薙いだ。

 二階堂がとっさに避けると、彼女の剣先は腹すれすれをかすめていった。

 間合いをとって腹に手を当てる。服は切れているが、幸い、腹に傷はなかった。

 二階堂の安堵の表情を横目で確認した蒼矢は、瞬時にあいとの間合いを詰めて次の攻撃へと転じる。

 そうして、蒼矢と二階堂は攻撃の手を緩めず、彼女に反撃する隙を与えない。

 しかも、二階堂は執拗に彼女の左腕だけを狙い攻撃していった。

 どのくらいの時間が経過したのだろう、二人の攻撃は絶え間なく続いているが、そのほとんどが致命傷を与える程ではなかった。とはいえ、ダメージは確実にあいの身体に蓄積されているはずである。特に彼女の左腕は、二階堂によって終始切りつけられている。他の部位よりもダメージ量は多いだろう。

 だが、それは攻撃している二人にも言えることだった。特に、人間である二階堂のスタミナ消費は半端ではない。柚月との修行で持久力がついたとは言え相手は妖怪なのだ、先に二階堂が息切れするのは目に見えている。

(それでも、左腕だけは……!)

 彼女の戦力をわずかでもそぎ落としたい、主に術の行使に使用している左腕だけは何としても落とさなければ、と。その一心であいに向かっていく。

 ふと、二階堂が持つ刀に今までとは違う感触があった。肉を切るそれとは違い、何か硬いものに当たった感覚である。幾度となく切りつけていた彼女の左腕だが、傷がつく度に再生してふさがっていた。二階堂は、左腕の中でもふさがった個所を重点的に狙っていたのだ。

「くっ……! おのれ!」

 あいの顏が苦悶に歪む。

 これはチャンスとばかりに、二階堂は霊力を最大出力にして刀に乗せ、力任せに切断した。

「ぎゃあああああああああああああっ!」

 あいが悲鳴をあげる。

 切断面からは大量の血しぶきが上がり、切断された腕は地面に転げ落ちている。
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