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第7話 狐
決意
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不意に、殺意をはらんだ深紅の瞳が脳裏によみがえる。
「――っ!」
それを追い払うように、二階堂は強く頭を振りラムコークをあおった。むせかえるようなラム酒特有の香りと強いアルコールに顔をしかめる。
こらえながらのどに流し込んだあと、
「――戦闘面は何とかするから、か……」
一息ついてから、過去に蒼矢が言った言葉をつぶやいた。
確かに、その言葉に甘えていた部分はある。とはいえ、ただの人間である二階堂に妖怪と戦えるだけの戦闘力なんてあるわけもない。だから、蒼矢に任せきりになってしまうのはしかたがない部分もある。
だが、今回のようなことがまた起きないとも限らない。もしかしたら、最悪の事態になってしまう可能性だってあるのだ。
「それでも、あいつは『任せろ』って言うんだろうな……」
そうつぶやいて、二階堂は苦笑した。
戦闘面において、確固たる自信が蒼矢にはあるのだろう。単純に、強い相手と戦いたいだけなのかもしれないが。
でも、それでも――。
「……やっぱり、このままってわけにはいかないよな」
そうつぶやく二階堂の瞳には、強い意思を感じる光が宿っていた。
冷めきってしまったつまみを完食し、残りのラムコークを一気に飲み干す。普段はめったに飲まないアルコールに酔った二階堂は、自室へと向かい早々に床についた。
窓の外は、濃いオレンジ色で彩られ黄昏時を迎えていた。
翌朝、二階堂はシャワーを浴びると朝食もそこそこに、財布とスマートフォンを持って家を出た。
シャワーで温まった直後だからか、朝の空気は肌寒いものに感じる。しかし、その冷たさのおかげで完全に眠気がとれた。
「……よし!」
気合いを入れ直して出発する。
向かうは、白紫稲荷神社。蒼矢の容態ももちろん気になるが、それだけではない。神に相談するためである。
早朝だからか、路地は人通りが少ない。やけに鮮明に聞こえる鳥のさえずりに心が洗われる気さえする。
大通りは、仕事へと向かうだろう車が多数走っていた。
車の波を横目に見ながら、二階堂は進んでいく。
しばらく行くと、赤い鳥居に着いた。白紫稲荷神社の鳥居である。
それをくぐり抜けて参道を進むと、参拝客らしき老人とすれ違った。
あいさつをかわすと、
「珍しいのう、あんたみたいに若い人が参拝に来るとは」
と、老人が話しかけてきた。
「ちょっと神頼みしたいことがありまして」
二階堂が答える。
「ほう、そうかそうか。じゃが、あんたの中ですでに答えは出とるんじゃないのかい?」
いたずらっ子のような笑顔で老人が問う。
詳しく話す気がなかった二階堂は、図星をつかれて一瞬言葉を失った。
その様子に老人はカカカッと笑って、
「あんたの目を見ればわかるわ。いい目をしとるからの。詳しくは知らんが、今持っとるその気持ちを大切にしなされ」
諭すように告げると、老人は帰っていった。
かける言葉もなく、しばらくその後ろ姿を見送っていた二階堂。
(知らないおじいさんにも見透かされるなんてな……)
そんなことを思いながら苦笑する。
感情が表情に出やすいのは昔からで、自覚もあるし他人からもよく指摘される。大人になってからは、出さないように努力しているのだが、どうやら隠し通すことはできていないらしい。しかし、変えられるものではないからと、半ば開き直って先を急ぐことにした。
しばらく歩いていくと、境内についた。
境内では、宮司が何やら作業をしている。
「おはようございます、おじさん」
「おう、おはようさん。誠ちゃんが、平日のこの時間に来るなんて珍しいね」
「ちょっと神様に用がありまして」
「そうか。ま、ゆっくりしていきな」
そう言うと、宮司は仕事へと戻っていった。
二階堂は、軽く会釈すると本堂へと向かう。
賽銭を入れて二礼二拍手一礼をしたあと、
(白梨様、紫縁様。折り入ってご相談があります)
と、心の中で話しかけた。
『おや、誠ちゃん。昨日の今日で、立ち直り早いね』
聞こえてきたのは、白梨の少し驚いたような声だった。
(長いこと沈んでもいられませんから。それより、蒼矢の方は……?)
『今、紫縁が解呪してるところだよ。だいぶ長丁場になりそうだからね、交代しながらやる予定さ』
(そうですか。……よろしくお願いします)
『あれ? もう少し心配してると思ったけど違うのかい?』
(そりゃ心配は心配ですけど、お二人なら何とかしてくれるって信じてますから)
『それはうれしいね。……それより誠ちゃん、無理はしちゃだめだよ。君は妖怪とは違うんだから』
いつにも増して、真剣な声音で言い聞かせるように告げる白梨。
普段、揶揄することが多いだけに、これだけ誰かを心配する彼の姿は本当に珍しい。だが今回は、妖怪である蒼矢が生死をさまよっているのだ、無理もない。
二階堂は礼を言うと、
(その件でご相談があるんです)
『相談?』
(僕……強くなりたいんです。蒼矢と対等にいられるくらいは無理でも、せめて自分の身は自分で守れるようになりたい)
これ以上、蒼矢に甘えてはいられない。二階堂の瞳はそう語っていた。
白梨は少し困ったようにうなり、
『修行に付き合ってほしいってことなんだろうけど、私達がいる神域に人間は入れないからな……』
(お二人に直接ってわけじゃなくていいんです。蒼矢のこともあるし……。ただ、そういう方法があれば教えていただきたいんです)
『あるにはあるけど――』
(教えてください!)
二階堂が食いぎみに告げると、白梨は苦笑してから真剣な声音で問うた。
『つらいものになるかもしれない。もしかしたら、何の力も得られないかも……。それでもやるかい?』
(はい!)
二階堂は迷いなく即座にうなずいた。
『なら、知り合いの八咫烏を紹介しよう』
そう言って、白梨は二階堂にとある地図を授けた。
それに記されている場所に八咫烏がいるという。
『彼女ならきっと、力になってくれるはずだよ』
そう告げる白梨の声音は、先程とはうってかわってとても優しいものだった。
二階堂は深く頭を下げて礼を言うと、地図の場所へ向かうべく白紫稲荷神社をあとにした。
「――っ!」
それを追い払うように、二階堂は強く頭を振りラムコークをあおった。むせかえるようなラム酒特有の香りと強いアルコールに顔をしかめる。
こらえながらのどに流し込んだあと、
「――戦闘面は何とかするから、か……」
一息ついてから、過去に蒼矢が言った言葉をつぶやいた。
確かに、その言葉に甘えていた部分はある。とはいえ、ただの人間である二階堂に妖怪と戦えるだけの戦闘力なんてあるわけもない。だから、蒼矢に任せきりになってしまうのはしかたがない部分もある。
だが、今回のようなことがまた起きないとも限らない。もしかしたら、最悪の事態になってしまう可能性だってあるのだ。
「それでも、あいつは『任せろ』って言うんだろうな……」
そうつぶやいて、二階堂は苦笑した。
戦闘面において、確固たる自信が蒼矢にはあるのだろう。単純に、強い相手と戦いたいだけなのかもしれないが。
でも、それでも――。
「……やっぱり、このままってわけにはいかないよな」
そうつぶやく二階堂の瞳には、強い意思を感じる光が宿っていた。
冷めきってしまったつまみを完食し、残りのラムコークを一気に飲み干す。普段はめったに飲まないアルコールに酔った二階堂は、自室へと向かい早々に床についた。
窓の外は、濃いオレンジ色で彩られ黄昏時を迎えていた。
翌朝、二階堂はシャワーを浴びると朝食もそこそこに、財布とスマートフォンを持って家を出た。
シャワーで温まった直後だからか、朝の空気は肌寒いものに感じる。しかし、その冷たさのおかげで完全に眠気がとれた。
「……よし!」
気合いを入れ直して出発する。
向かうは、白紫稲荷神社。蒼矢の容態ももちろん気になるが、それだけではない。神に相談するためである。
早朝だからか、路地は人通りが少ない。やけに鮮明に聞こえる鳥のさえずりに心が洗われる気さえする。
大通りは、仕事へと向かうだろう車が多数走っていた。
車の波を横目に見ながら、二階堂は進んでいく。
しばらく行くと、赤い鳥居に着いた。白紫稲荷神社の鳥居である。
それをくぐり抜けて参道を進むと、参拝客らしき老人とすれ違った。
あいさつをかわすと、
「珍しいのう、あんたみたいに若い人が参拝に来るとは」
と、老人が話しかけてきた。
「ちょっと神頼みしたいことがありまして」
二階堂が答える。
「ほう、そうかそうか。じゃが、あんたの中ですでに答えは出とるんじゃないのかい?」
いたずらっ子のような笑顔で老人が問う。
詳しく話す気がなかった二階堂は、図星をつかれて一瞬言葉を失った。
その様子に老人はカカカッと笑って、
「あんたの目を見ればわかるわ。いい目をしとるからの。詳しくは知らんが、今持っとるその気持ちを大切にしなされ」
諭すように告げると、老人は帰っていった。
かける言葉もなく、しばらくその後ろ姿を見送っていた二階堂。
(知らないおじいさんにも見透かされるなんてな……)
そんなことを思いながら苦笑する。
感情が表情に出やすいのは昔からで、自覚もあるし他人からもよく指摘される。大人になってからは、出さないように努力しているのだが、どうやら隠し通すことはできていないらしい。しかし、変えられるものではないからと、半ば開き直って先を急ぐことにした。
しばらく歩いていくと、境内についた。
境内では、宮司が何やら作業をしている。
「おはようございます、おじさん」
「おう、おはようさん。誠ちゃんが、平日のこの時間に来るなんて珍しいね」
「ちょっと神様に用がありまして」
「そうか。ま、ゆっくりしていきな」
そう言うと、宮司は仕事へと戻っていった。
二階堂は、軽く会釈すると本堂へと向かう。
賽銭を入れて二礼二拍手一礼をしたあと、
(白梨様、紫縁様。折り入ってご相談があります)
と、心の中で話しかけた。
『おや、誠ちゃん。昨日の今日で、立ち直り早いね』
聞こえてきたのは、白梨の少し驚いたような声だった。
(長いこと沈んでもいられませんから。それより、蒼矢の方は……?)
『今、紫縁が解呪してるところだよ。だいぶ長丁場になりそうだからね、交代しながらやる予定さ』
(そうですか。……よろしくお願いします)
『あれ? もう少し心配してると思ったけど違うのかい?』
(そりゃ心配は心配ですけど、お二人なら何とかしてくれるって信じてますから)
『それはうれしいね。……それより誠ちゃん、無理はしちゃだめだよ。君は妖怪とは違うんだから』
いつにも増して、真剣な声音で言い聞かせるように告げる白梨。
普段、揶揄することが多いだけに、これだけ誰かを心配する彼の姿は本当に珍しい。だが今回は、妖怪である蒼矢が生死をさまよっているのだ、無理もない。
二階堂は礼を言うと、
(その件でご相談があるんです)
『相談?』
(僕……強くなりたいんです。蒼矢と対等にいられるくらいは無理でも、せめて自分の身は自分で守れるようになりたい)
これ以上、蒼矢に甘えてはいられない。二階堂の瞳はそう語っていた。
白梨は少し困ったようにうなり、
『修行に付き合ってほしいってことなんだろうけど、私達がいる神域に人間は入れないからな……』
(お二人に直接ってわけじゃなくていいんです。蒼矢のこともあるし……。ただ、そういう方法があれば教えていただきたいんです)
『あるにはあるけど――』
(教えてください!)
二階堂が食いぎみに告げると、白梨は苦笑してから真剣な声音で問うた。
『つらいものになるかもしれない。もしかしたら、何の力も得られないかも……。それでもやるかい?』
(はい!)
二階堂は迷いなく即座にうなずいた。
『なら、知り合いの八咫烏を紹介しよう』
そう言って、白梨は二階堂にとある地図を授けた。
それに記されている場所に八咫烏がいるという。
『彼女ならきっと、力になってくれるはずだよ』
そう告げる白梨の声音は、先程とはうってかわってとても優しいものだった。
二階堂は深く頭を下げて礼を言うと、地図の場所へ向かうべく白紫稲荷神社をあとにした。
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