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第5話 天狐

勝敗の行方

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「どうした? 俺に傷をつけることは、『簡単なこと』だったんじゃないのか?」

 紫縁が煽る。

 荒く息をつきながらも、蒼矢は武器を構える。彼を見据える瞳は、闘志を失ってはいなかった。

「フッ、いい目だ。依頼人の手前、負けるわけにはいかないもんな?」

 そう言えば……と。

 蒼矢は紫縁の言葉で思い出した。自分が何のために戦っているのかを。

 戦闘が始まってからというもの、蒼矢は朱音のことをすっかり忘れていたのである。

(そうだ、朱音……。俺が負けたら、あいつ、修行出来なくなるってこと……だよな)

 それだけは回避しなければ。負けるわけにはいかない。

 そう強く思った刹那、蒼矢の瞳が濃い藍色から金色に変わり、脇腹の深い傷がみるみる塞がっていった。

「ん? 妖気の質が変わった……?」

 紫縁は訝しげに眉をひそめる。もちろん、警戒は怠らない。

 紫縁が武器を構えるその瞬間、蒼矢が一気に間合いを詰めた。

 青白い炎をまとった刃が、紫縁へと襲いかかる。反射的に受け流すも、蒼矢はすぐに次の攻撃へと転じた。その速度は、先程までの蒼矢とは比べものにならない程に速い。

「くっ……!」

 わずかだが、紫縁が押されている。

 防戦一方の紫縁と攻撃の手を緩めない蒼矢。両者の譲れない思いが互いの剣戟に宿り、ぶつかり合って火花を散らす。

 もう何度目かわからない程の打ち合いの後、蒼矢は数本の短い刃を瞬時に作り出すと紫縁に向けて放った。

 だが、それは、紫縁に被弾する直前にかき消されてしまう。

「これは当たらないと、さっき学んだはずだろう?」

 そう言って、紫縁は視線を前方へと戻す。しかし、そこには蒼矢の姿はなかった。

 ならば、どこへ行ったのだろうと蒼矢の気配を探す。

「――っ!?」

 背後に気配を感じた紫縁は、驚いて勢いよく振り向いた。

 そこにいたのは、刃をくり出そうとしている蒼矢だった。ほんのわずかの時間で、彼の背後に回り込んでいたのである。

 紫縁は舌打ちをすると、刀で受け流そうとする。しかし、それより速く蒼矢が刀を薙ぎ払った。

 それは、紫縁の腹部を確実にとらえ、彼に深手を負わせる。

 紫縁は短く呻くと、腹部を片手でおさえ片膝をついた。

「へへ……俺の、勝ちだ」

 そう言うと、蒼矢はその場に倒れ込んでしまった。

 戦闘を見守っていた白梨と朱音は、満身創痍の二人のもとへと駆けつける。

 白梨は紫縁をその場に寝かせると、彼の腹部に両手をかざして傷の治療を施す。

「蒼矢……しっかりしてよ! 蒼矢ってば!」

 朱音は倒れた蒼矢の隣に座り込むと、涙声で蒼矢に声をかけた。

「……うるせえよ、聞こえてるっつの」

 息も絶え絶えに答える蒼矢。ゆっくりと朱音の方を見ると、彼女の目には大粒の涙が今にもこぼれそうな程あふれていた。

「何? お前、泣いてんの?」

「うるさい! あんたがいきなり倒れるからでしょ!」

 心配したんだからと、泣きながら怒る朱音。

「……わりい」

 蒼矢は素直に謝ると、朱音の頭を優しくなでる。

「……まったく、二人とも無茶するよ」

 紫縁の治療をあらかた終えたのか、白梨がやって来て呆れたように告げた。

「いつものことだろ?」

 そう言うと、蒼矢は起き上がりその場に座り直す。先程まで金色に輝いていた瞳は、もとの濃い藍色に戻っていた。

「そうだけど、二人とももう少し加減することを覚えてくれないかな?」

 白梨はそう言うと、いつの間にか持っていた真っ赤に色づいた小ぶりのりんごを蒼矢に差し出した。

 戦闘後、二人の傷を治療するのは決まって白梨なのだ。苦言を呈したくなるのも、しかたのないことだろう。

「へいへい、善処します」

 申し訳程度に告げ、りんごを受け取った蒼矢は一口かじる。

 咀嚼そしゃくするたびに甘い果汁が口内に広がる。それと同時に、先程の戦闘で失われた妖気が少しずつ回復するのを感じていた。

 このりんごはこの空間にしか存在しない特別なもので、肉体疲労だけでなく失われた妖気をも回復する優れものなのである。

「ごちそうさん。で、依頼は受けてくれるんだろ?」

 りんごを食べ終えた蒼矢は、白梨に確認するように尋ねた。

「もちろんだよ。条件はクリアしたしね」

 白梨がそう言って紫縁に視線を送ると、彼もまた笑顔でうなずいた。

 白梨は蒼矢と朱音に向き直ると、

「それじゃあ、改めてよろしくね、朱音ちゃん」

「は、はい! よろしくお願いします!」

 と、朱音は満面の笑みで頭を下げた。

「それじゃあ、俺は帰るわ。後は、よろしく」

 蒼矢がそう言うと、

「もう少しゆっくりしていけばいいのに……」

 白梨が苦笑しながら、この空間の扉を開いた。

 まぶしい光が何もない空間からあふれだす。蒼矢が反射的に目を閉じると、それは次第に蒼矢を包み込んでいった――。

 しばらくして、光が消えるのを感じた蒼矢が目を開けると、そこは神社の境内だった。幸い、周囲に人はいない。

 蒼矢は小さく息をつくと、本殿へと向き直り軽く一礼した。

「……さてと、帰って誠一に報告しねえとな」

 そうつぶやいて、蒼矢は帰路につく。彼の表情は、心なしか晴れやかなものだった。
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