上 下
35 / 64
第5話 天狐

天狐式交渉術

しおりを挟む
 二人とも、髪と同色のふさふさした毛をまとった狐耳と四本の尻尾が特徴的だ。それ以外の見た目は、三十代の人間とほぼ変わらない。

 少し見ただけでは、戦闘モードの蒼矢と同様の妖狐だと思ってしまうだろう。だが、二人が着ているり色の着物と四本の尻尾が、彼らの神格が上位であることを示している。

 白梨はにやにやしながら、

「状況的には、蒼矢が泣かせたように見えるよね~?」

 と、蒼矢を煽る。

「うっせえ! そんなことより――」

「あれあれ? よく見たら、昨日、せいちゃんと一緒にいた子だよね? もしかして蒼矢、誠ちゃんから奪ったの?」

 白梨は蒼矢をさえぎり、なおもからかいの言葉を口にする。

「そんなんじゃねえよ! こいつは、単なるクライアントだ!」

 蒼矢は噛みつくように言い放つ。

 それでも、にやにやとしながら疑いの眼差しを向ける白梨。まだ何か言いたそうである。

「白梨。そこまでにしておけ」

 見かねて、紫縁が白梨に声をかけた。

 まだからかい足りない様子の白梨だったが、紫縁に言われてはしかたがないと、諦めたように少し肩をすくめる。

「ごめん、悪ふざけがすぎたね。それで、仕事の話だったっけ?」

 蒼矢はうなずくと、

「こいつに、妖力制御の方法を教えてやってほしいんだ」

 そう言って、二人に朱音を紹介する。

「朱音、です」

 キャスケットを取った朱音は、緊張しながらペコリとお辞儀をした。オレンジ色の猫耳が汗でしっとりと濡れている。

「初めまして。私は白梨。こっちは紫縁です。ここで神様やってます」

 白梨がにこやかに自己紹介をすると、紫縁も軽く会釈する。

「昨日、例大祭に誠ちゃんと来てたよね? その前からもちょくちょく見かけてたけど、お祭り好きなの?」

 白梨が尋ねると、

「はい! 大好きです!」

  と、朱音は笑顔で答えた。

 瞳はキラキラと輝き、まるで純粋な子どものようだ。

「あれ? でも、この格好で神社に来たのは昨日が初めてだったはず……」

 ふと疑問に思い、つぶやく朱音。

「そうだね。でも、そのオレンジ色の耳でピンときたよ。祭りの時期になると、いつもこの神社の隅っこにいたよね?」

 白梨が朱音に確認するように問うと、彼女は力強くうなずいた。

 神様が気にかけてくれていたという事実に、朱音は感激したようで。ほほを赤らめて、羨望の眼差しを目の前の二人に向ける。

「それで、力をコントロールする方法を教えていただきたいんですけど……」

 お願いします! と、緊張が多少はほぐれたらしい朱音は頭を下げた。

 朱音の真摯な態度に、白梨は困ったような笑顔を浮かべる。

 なかなか返事が帰ってこないことを不思議に思った朱音は頭を上げて、

「だめ……ですか?」

「だめっていう訳じゃないんだけどね」

 歯切れの悪い言い方をする白梨。

「教えて欲しければ、武力行使でもするんだな」

 それまで無言だった紫縁が口を開いた。

「え、武力行使って……天狐様と戦うってこと!?」

 驚きの声を上げる朱音。

 動揺している彼女に、

「ああ。言ってなかったか?」

 蒼矢があっけらかんとして言った。

「聞いてないわよ、そんなこと!」

「まあまあ。力試しとでも思ってよ」

 と、朱音をなだめる白梨。

「力試しって……。じゃあ、人間にお願いされた時もこの方法なんですか?」

「違うよ。人間からの場合は、その人間が信心深いかどうかで決めてるかな。この空間は私達が作り出してるんだけど、一応神域だからね。人間は、ここには入れないんだ」

 白梨が説明すると、朱音はなるほどと納得した。二階堂が同行しなかったのも、これが理由だろう。

 力試しとは言え、神様と戦うことに戸惑いがないわけではない。どうしたものかと朱音が考えていると、隣から濃密な妖気を感じた。

 勢いよく振り向くと、蒼矢がすでに戦闘モードへと移行していた。瞳には険呑な光をたたえ、獲物を前にした獰猛な獣のような表情を浮かべている。

 蒼矢の豹変ぶりに朱音は恐怖した。狐耳と尻尾に、ではない。今までとは明らかに異なる雰囲気に、である。優男やさおとこ然とした彼しか知らなかったのだから無理もない。

「朱音ちゃん、こっち」

 いつの間に朱音の側に来たのか、白梨が彼女の肩に手を置いてうながす。

 朱音はうなずくと、白梨とともに道場の端へと下がった。

 まだ恐怖で震えが止まらない朱音の背中を、白梨は優しくさする。

 大丈夫だから。怖がる必要はないからと告げると、朱音はうなずいてゆっくりと深呼吸をした。

「……ごめんなさい、もう大丈夫です」

 何度目かの深呼吸の後、朱音はしっかりした口調で言って、前方の二人を見据える。

 悠然とした態度の紫縁と、それに相対あいたいする蒼矢の後ろ姿。両者の間には、緊迫した空気が漂っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

家路を飾るは竜胆の花

石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。 夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。 ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。 作者的にはハッピーエンドです。 表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 (小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

処理中です...