上 下
30 / 64
第4話 猫

露店巡り(後編)

しおりを挟む
 二人が三軒目に選んだのは、射的の屋台だった。

 大小さまざまな景品が、ひな壇に等間隔で並べられている。 

「いらっしゃい」

 二人を出迎えたのは、快活な女性だった。

「すみません、二人分お願いします」

「はいよ。棚から落ちるか、景品が倒れたらOKだよ」

 二階堂は二人分の金額を払うと、店主から二挺のコルク銃と六個のコルク栓を受け取った。

 銃身の先にコルクを詰め、朱音に渡す。だが、受け取った朱音は、どうしたらいいのかわからないといった表情を浮かべるだけだった。

 二階堂は、自分が使用する分の銃にコルクを詰めると、

「まずは見てて」

 そう言って、テーブルに肘をつき姿勢を低く構える。

 狙うは、下段中央にある箱入りのキャラメル。

 体の余分な力を抜くようにゆっくりと一呼吸すると、二階堂は狙いを定めて引き金を引いた。乾いた音が響いた直後、お目当ての品は難なく倒れ、ひな壇の裏側に落ちた。

「すごい!」

「おめでとさん」

 朱音と店主が、ほぼ同時に口を開く。 

 店主はひな壇の裏側からキャラメルの箱を拾うと、二階堂に手渡した。

 礼を言って受け取ると二階堂は、

「やり方はあんな感じなんだけど、わかったかな?」

「何となく……」

「じゃあ、細かいところ説明するから、構えてもらっていいかな?」

 朱音はうなずくと、先程の二階堂と同じ姿勢で構えた。

 脇をしっかり締めること、銃を固定すること、景品の左上か右上を狙うことなどをレクチャーしていく。朱音はそのつど返事をし、すぐに覚えていった。

「じゃあ、撃ってみようか」

 二階堂の言葉にうなずくと、朱音は下段の左端にある箱入りのビスケットに狙いを定めた。

 銃身がぶれないように集中して、引き金を引く。乾いた音が響いた直後、ビスケットの箱はゆっくりと後ろに倒れた。

「やった~~~!」

 朱音はコルク銃を置いて、飛び上がらんばかりに全身で喜びを表現する。初めての射的で、しかもコルク一個目での景品ゲットである。朱音でなくても、大はしゃぎをするだろう。

「おめでとう!」

 さすがだと、二階堂は賛辞を贈る。

 初めてなのにすごいと、店主も驚きを隠せない様子だ。店主によると、コツを知っていても一発で景品を取るのは難しいらしい。しかも、初めてなら尚更である。

 朱音は、店主から箱入りビスケットを受け取ると、二発目のコルクを二階堂のやり方を思い出しながら詰める。わずかの逡巡、次の標的を決めた。低姿勢で銃を構える。

 それを見た二階堂は、負けてはいられないと二発目を準備。狙撃体制を取る。

 乾いた音と朱音のうれしそうな声が、祭りの喧騒の中に響いていった。

 しばらくして、射的を終えた二人は次の露店へと向かう。射的の結果は、二階堂がキャラメル一個だけだったのに対し、朱音は箱入りのお菓子を三個ゲット。勝負をしているわけではなかったが、朱音の圧勝だった。

「さすがだね、朱音ちゃん」

「狩りは得意だったんだ~」

 そう言いながら、朱音は照れたようにはにかんだ。

「次はどこに行くの?」

「ここだよ」

 二階堂は、一軒の屋台の前で立ち止まった。たこ焼き屋である。

 二人は、たこ焼きの香ばしい匂いに誘われるように屋台に立ち寄り、焼きたてのたこ焼き六個入りを購入した。

 はやる気持ちを抑え、近くにあるカフェに入る。ここは、祭りの時間帯だけテラス席を無料で解放しているのだ。

 店員にテラス席を借りることを告げ、アイスティーを二つ注文すると、テラス席へ移動する。

 二人が端の席に座ると同時に、店員がアイスティーを二つ持って来てくれた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 そう言って、店員は店の中に戻っていった。

 二階堂は、先程購入したたこ焼き入りの箱を袋から出してふたを開ける。

 湯気とともに美味しそうな香りが立ち上ぼり、二人の鼻腔を刺激した。

「いっただっきま~す!」

「熱いから気をつけて」

 付属の串で一つ取り出した朱音は、二階堂の助言を聞いているのかいないのか、それを一気に口に運ぶ。

「~~~!?」

 一口噛んだ瞬間、熱かったのだろう、朱音は涙目になって言葉にならない悲鳴を上げる。

「だから、熱いって言ったのに。はい、アイスティー」

 呆れながら、二階堂は朱音にアイスティーをすすめる。

 朱音は、アイスティーを一気に飲み干した。

「熱いにも限度があるでしょ!? こんなに熱い物を食べるなんて、人間ってどうかしてるわ!」

 涙目のまま、朱音は矛先のわからない怒りをあらわにする。

「たこ焼きは、熱いうちの方が美味しいからね。それにしても、冷ます前に食べるとは……」

 猫舌だろうにと、二階堂は苦笑する。

 朱音は無言のまま、キッと二階堂をにらみつけた。

 二階堂は肩をすくめると、店員を呼んでバニラアイスを注文した。

「……お待たせしました」

 しばらくすると、店員がバニラアイスを運んで来た。配膳を終えると、店内に戻っていった。

「……食べていいの?」

 目の前に置かれたそれを見て、朱音が尋ねる。

 もちろん食べていいと告げると、彼女は満面の笑みでそれを一口食べる。

 冷たさと甘味が口の中に広がり、それを追いかけるようにバニラの香りが鼻に抜ける。

「ん~、美味しい!」

 先程の怒りはどこへやら、朱音は至福の表情でバニラアイスを堪能する。

 ころころ変わる彼女の表情を見ながら、二階堂はたこ焼きを食べるのだった。

「……二階堂さん、今日はありがと」

 アイスを半分程食べたあたりで、朱音は二階堂に礼を言った。

「いいよ、お礼なんて。人助けは、僕の仕事で趣味みたいなものだから」

「仕事で趣味って……変なの」

 朱音はそう言って笑った後、

「本当はあの時、もうお祭り、楽しめないんじゃないかって諦めてたんだ」

 未熟な自分は、この先ずっと、人が集まる場所――楽しそうなイベントなどには参加できないのではないか、と。

 そんなことまで考えてしまう程、路地でうずくまっていた時の朱音は追い詰められていた。

 そこへ、救世主よろしく二階堂が現れたのである。

「あたしを変な目で見てきた人間が、まさか助けてくれるなんて思ってなかった」

「人間にも、いろんな奴がいるってことだよ」

 そう言って、二階堂は最後の一個になったたこ焼きを平らげた。

 ふと、スマートフォンを取り出し時計を見る。時刻は、午後二時五十五分になっていた。

(……そろそろかな)

 二階堂は、祭りのタイムテーブルを思い出しながら、現在時刻と照らし合わせる。

 午後三時から奉納演舞が始まるのだ。

「朱音ちゃん、祭りのメインを見ないで帰るとか言わないよね?」

 スマートフォンをポケットにしまい、アイスティーを飲み干した二階堂は、含みのある笑みを浮かべて朱音に尋ねた。

「祭りのメイン……?」

 朱音は、何のことなのかわからない様子で聞き返す。

「この後、奉納演舞が神社であるんだ。それ食べ終わったら行こうか」

 二階堂の提案に、朱音はよくわからないままうなずいた。奉納演舞が何かはわからないが、きっと楽しいものなのだろうと思ったのである。

 数分後、食事を終えた二人は、会計を済ませ神社に向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

怪盗&

まめ
キャラ文芸
共にいながらも、どこかすれ違う彼らが「真の相棒になる」物語。 怪盗&(アンド)は成人男性の姿でありながら、精神の幼いアンドロイドである。彼は世界平和のために、兵器の記憶(データ)を盗む。 相棒のフィクサーは人を信頼できない傲岸不遜な技術者だ。世界平和に興味のない彼は目的を語らない。 歪んだ孤独な技術者が幸せを願うまで。 無垢な怪盗アンドロイドが運命に抗うまで。 NYを舞台にした情報化社会のヒーローと相方の技術者の活躍劇(現代×SF×バディ) 表紙イラスト:Ryo

五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。

あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。 夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中) 笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。 え。この人、こんな人だったの(愕然) やだやだ、気持ち悪い。離婚一択! ※全15話。完結保証。 ※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。 今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。 第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』 第二弾『そういうとこだぞ』 第三弾『妻の死で思い知らされました。』 それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。 ※この話は小説家になろうにも投稿しています。 ※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。

エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。 彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。 しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。 想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。 だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。 愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

(完結)お姉様を選んだことを今更後悔しても遅いです!

青空一夏
恋愛
私はブロッサム・ビアス。ビアス候爵家の次女で、私の婚約者はフロイド・ターナー伯爵令息だった。結婚式を一ヶ月後に控え、私は仕上がってきたドレスをお父様達に見せていた。 すると、お母様達は思いがけない言葉を口にする。 「まぁ、素敵! そのドレスはお腹周りをカバーできて良いわね。コーデリアにぴったりよ」 「まだ、コーデリアのお腹は目立たないが、それなら大丈夫だろう」 なぜ、お姉様の名前がでてくるの? なんと、お姉様は私の婚約者の子供を妊娠していると言い出して、フロイドは私に婚約破棄をつきつけたのだった。 ※タグの追加や変更あるかもしれません。 ※因果応報的ざまぁのはず。 ※作者独自の世界のゆるふわ設定。 ※過去作のリメイク版です。過去作品は非公開にしました。 ※表紙は作者作成AIイラスト。ブロッサムのイメージイラストです。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

処理中です...