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第4話 猫

露店巡り(後編)

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 二人が三軒目に選んだのは、射的の屋台だった。

 大小さまざまな景品が、ひな壇に等間隔で並べられている。 

「いらっしゃい」

 二人を出迎えたのは、快活な女性だった。

「すみません、二人分お願いします」

「はいよ。棚から落ちるか、景品が倒れたらOKだよ」

 二階堂は二人分の金額を払うと、店主から二挺のコルク銃と六個のコルク栓を受け取った。

 銃身の先にコルクを詰め、朱音に渡す。だが、受け取った朱音は、どうしたらいいのかわからないといった表情を浮かべるだけだった。

 二階堂は、自分が使用する分の銃にコルクを詰めると、

「まずは見てて」

 そう言って、テーブルに肘をつき姿勢を低く構える。

 狙うは、下段中央にある箱入りのキャラメル。

 体の余分な力を抜くようにゆっくりと一呼吸すると、二階堂は狙いを定めて引き金を引いた。乾いた音が響いた直後、お目当ての品は難なく倒れ、ひな壇の裏側に落ちた。

「すごい!」

「おめでとさん」

 朱音と店主が、ほぼ同時に口を開く。 

 店主はひな壇の裏側からキャラメルの箱を拾うと、二階堂に手渡した。

 礼を言って受け取ると二階堂は、

「やり方はあんな感じなんだけど、わかったかな?」

「何となく……」

「じゃあ、細かいところ説明するから、構えてもらっていいかな?」

 朱音はうなずくと、先程の二階堂と同じ姿勢で構えた。

 脇をしっかり締めること、銃を固定すること、景品の左上か右上を狙うことなどをレクチャーしていく。朱音はそのつど返事をし、すぐに覚えていった。

「じゃあ、撃ってみようか」

 二階堂の言葉にうなずくと、朱音は下段の左端にある箱入りのビスケットに狙いを定めた。

 銃身がぶれないように集中して、引き金を引く。乾いた音が響いた直後、ビスケットの箱はゆっくりと後ろに倒れた。

「やった~~~!」

 朱音はコルク銃を置いて、飛び上がらんばかりに全身で喜びを表現する。初めての射的で、しかもコルク一個目での景品ゲットである。朱音でなくても、大はしゃぎをするだろう。

「おめでとう!」

 さすがだと、二階堂は賛辞を贈る。

 初めてなのにすごいと、店主も驚きを隠せない様子だ。店主によると、コツを知っていても一発で景品を取るのは難しいらしい。しかも、初めてなら尚更である。

 朱音は、店主から箱入りビスケットを受け取ると、二発目のコルクを二階堂のやり方を思い出しながら詰める。わずかの逡巡、次の標的を決めた。低姿勢で銃を構える。

 それを見た二階堂は、負けてはいられないと二発目を準備。狙撃体制を取る。

 乾いた音と朱音のうれしそうな声が、祭りの喧騒の中に響いていった。

 しばらくして、射的を終えた二人は次の露店へと向かう。射的の結果は、二階堂がキャラメル一個だけだったのに対し、朱音は箱入りのお菓子を三個ゲット。勝負をしているわけではなかったが、朱音の圧勝だった。

「さすがだね、朱音ちゃん」

「狩りは得意だったんだ~」

 そう言いながら、朱音は照れたようにはにかんだ。

「次はどこに行くの?」

「ここだよ」

 二階堂は、一軒の屋台の前で立ち止まった。たこ焼き屋である。

 二人は、たこ焼きの香ばしい匂いに誘われるように屋台に立ち寄り、焼きたてのたこ焼き六個入りを購入した。

 はやる気持ちを抑え、近くにあるカフェに入る。ここは、祭りの時間帯だけテラス席を無料で解放しているのだ。

 店員にテラス席を借りることを告げ、アイスティーを二つ注文すると、テラス席へ移動する。

 二人が端の席に座ると同時に、店員がアイスティーを二つ持って来てくれた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 そう言って、店員は店の中に戻っていった。

 二階堂は、先程購入したたこ焼き入りの箱を袋から出してふたを開ける。

 湯気とともに美味しそうな香りが立ち上ぼり、二人の鼻腔を刺激した。

「いっただっきま~す!」

「熱いから気をつけて」

 付属の串で一つ取り出した朱音は、二階堂の助言を聞いているのかいないのか、それを一気に口に運ぶ。

「~~~!?」

 一口噛んだ瞬間、熱かったのだろう、朱音は涙目になって言葉にならない悲鳴を上げる。

「だから、熱いって言ったのに。はい、アイスティー」

 呆れながら、二階堂は朱音にアイスティーをすすめる。

 朱音は、アイスティーを一気に飲み干した。

「熱いにも限度があるでしょ!? こんなに熱い物を食べるなんて、人間ってどうかしてるわ!」

 涙目のまま、朱音は矛先のわからない怒りをあらわにする。

「たこ焼きは、熱いうちの方が美味しいからね。それにしても、冷ます前に食べるとは……」

 猫舌だろうにと、二階堂は苦笑する。

 朱音は無言のまま、キッと二階堂をにらみつけた。

 二階堂は肩をすくめると、店員を呼んでバニラアイスを注文した。

「……お待たせしました」

 しばらくすると、店員がバニラアイスを運んで来た。配膳を終えると、店内に戻っていった。

「……食べていいの?」

 目の前に置かれたそれを見て、朱音が尋ねる。

 もちろん食べていいと告げると、彼女は満面の笑みでそれを一口食べる。

 冷たさと甘味が口の中に広がり、それを追いかけるようにバニラの香りが鼻に抜ける。

「ん~、美味しい!」

 先程の怒りはどこへやら、朱音は至福の表情でバニラアイスを堪能する。

 ころころ変わる彼女の表情を見ながら、二階堂はたこ焼きを食べるのだった。

「……二階堂さん、今日はありがと」

 アイスを半分程食べたあたりで、朱音は二階堂に礼を言った。

「いいよ、お礼なんて。人助けは、僕の仕事で趣味みたいなものだから」

「仕事で趣味って……変なの」

 朱音はそう言って笑った後、

「本当はあの時、もうお祭り、楽しめないんじゃないかって諦めてたんだ」

 未熟な自分は、この先ずっと、人が集まる場所――楽しそうなイベントなどには参加できないのではないか、と。

 そんなことまで考えてしまう程、路地でうずくまっていた時の朱音は追い詰められていた。

 そこへ、救世主よろしく二階堂が現れたのである。

「あたしを変な目で見てきた人間が、まさか助けてくれるなんて思ってなかった」

「人間にも、いろんな奴がいるってことだよ」

 そう言って、二階堂は最後の一個になったたこ焼きを平らげた。

 ふと、スマートフォンを取り出し時計を見る。時刻は、午後二時五十五分になっていた。

(……そろそろかな)

 二階堂は、祭りのタイムテーブルを思い出しながら、現在時刻と照らし合わせる。

 午後三時から奉納演舞が始まるのだ。

「朱音ちゃん、祭りのメインを見ないで帰るとか言わないよね?」

 スマートフォンをポケットにしまい、アイスティーを飲み干した二階堂は、含みのある笑みを浮かべて朱音に尋ねた。

「祭りのメイン……?」

 朱音は、何のことなのかわからない様子で聞き返す。

「この後、奉納演舞が神社であるんだ。それ食べ終わったら行こうか」

 二階堂の提案に、朱音はよくわからないままうなずいた。奉納演舞が何かはわからないが、きっと楽しいものなのだろうと思ったのである。

 数分後、食事を終えた二人は、会計を済ませ神社に向かった。
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