27 / 64
第4話 猫
視線
しおりを挟む
どれくらい経っただろうか。静寂が二人を包み、祭り会場と隔絶されてしまったのではないかとさえ思い始めた頃。
「あたし……猫又になったばっかりなんです。変化もうまくできなくて――」
朱音がぽつりぽつりと話しだした。
――三十年余りを生きてきて、つい最近、猫又になった朱音。人の姿へ変化することを覚えたのだが、妖力のコントロールはうまくできずにいる。
今日も朝から、食事も忘れて変化の練習に没頭していた。
日頃の成果だろうか、正午をすぎたころにようやく猫耳と尾を同時に隠せるようになった。
(やった!)
朱音は小さくガッツポーズをして、楽しみにしていた祭り会場にやってきた。好奇心旺盛な彼女は、野良猫時代からこの祭りを知っていて、いつかは他の人間と同じように楽しみたいと思い描いていたのだ。
人間の姿になって視界の高さが変化し、見るものすべてが新鮮に感じた。今まで見ることのなかった人々の表情や遠くの景色、食べ物以外の露店。祭り特有の喧騒に心踊る感覚など、今まで知らなかったことに胸をときめかせていた。
しかし、それがいけなかった。
女子高生と思われる二人組とすれ違った時である。くすくすと少し抑えたような笑い声が聞こえてきた。
「何、あれ? コスプレ?」
「わかんない。でも、なんかかわいくない?」
「え? 小さい子ならかわいいけど、あれは痛いだけだって~」
女子二人組はそんな会話をしながら、朱音の進行方向とは逆の方へと見えなくなっていった。
(こすぷれ……?)
何のことだろうと不思議に思う。自分のことを話題にしているとは、これっぽっちも考えていなかった。だから、まったく気づかなかった。
人通りの増加とともに、朱音とすれ違う人間の数も増えていく。すれ違う人々は、皆一様に朱音の頭をちらりと見ていくのである。それも、好奇の視線が大半だった。
朱音は、次第に不安になっていく。
もしかして、隠しているはずの耳が出ている……?
(まさか、そんなはずないって!)
ここに来る前、公衆トイレの鏡できちんと変化できていることを確認した。だから大丈夫だと、何度も心の中で反芻する。しかし、隠せていなかったらどうしよう? という不安と焦りが心を侵食していく。
不本意ながら、しばらく好奇の視線を浴びていると、一組の親子が前方からやってきた。
すれ違い様、子どもが朱音を指差し、
「ねえ、ママ。どうして、このお姉ちゃん、頭に猫の耳つけてるの?」
率直な疑問を母親にぶつける。
母親はどう答えていいのかわからず、申し訳なさそうに朱音に謝罪して、そそくさとその場を後にした。
幼子の言葉で、朱音の不安は明確なものになってしまった。先程までの好奇の視線はそういうことだったのか、と。
だが、自分の目で確かめるまでは信じられない。いや、信じたくなかった。
朱音はその場から逃げるように、人波をかきわけて屋台が設営されていない歩道に向かった。
ようやくたどり着いた場所には、おあつらえ向きにショーウインドーがあった。それに写った自分を見て、朱音は愕然とした。隠していたはずの猫耳が、ひょこりと顔を出していたのである。
そこからはもう、無我夢中で走った。誰にも見られないように、それを手で隠しながら。そして、ここにたどり着き、ずっと頭を抱えてうずくまっていたのだった。
(――なるほど、そういうことだったのか)
朱音の説明を聞いて、なぜ彼女が怯えていたのか合点がいった。それが、彼女の心に深い爪あとを残したことも。
強い霊感が原因で、二階堂も幼少期に周りから奇異な目で見られていたことがある。だから、朱音が抱いていた恐怖心が痛い程わかった。
二階堂はそっと朱音の頭をなでると、
「少しだけ、待っててもらえるかな?」
そう言い置いて、露店が建ち並ぶ大通りへと向かった。
「あたし……猫又になったばっかりなんです。変化もうまくできなくて――」
朱音がぽつりぽつりと話しだした。
――三十年余りを生きてきて、つい最近、猫又になった朱音。人の姿へ変化することを覚えたのだが、妖力のコントロールはうまくできずにいる。
今日も朝から、食事も忘れて変化の練習に没頭していた。
日頃の成果だろうか、正午をすぎたころにようやく猫耳と尾を同時に隠せるようになった。
(やった!)
朱音は小さくガッツポーズをして、楽しみにしていた祭り会場にやってきた。好奇心旺盛な彼女は、野良猫時代からこの祭りを知っていて、いつかは他の人間と同じように楽しみたいと思い描いていたのだ。
人間の姿になって視界の高さが変化し、見るものすべてが新鮮に感じた。今まで見ることのなかった人々の表情や遠くの景色、食べ物以外の露店。祭り特有の喧騒に心踊る感覚など、今まで知らなかったことに胸をときめかせていた。
しかし、それがいけなかった。
女子高生と思われる二人組とすれ違った時である。くすくすと少し抑えたような笑い声が聞こえてきた。
「何、あれ? コスプレ?」
「わかんない。でも、なんかかわいくない?」
「え? 小さい子ならかわいいけど、あれは痛いだけだって~」
女子二人組はそんな会話をしながら、朱音の進行方向とは逆の方へと見えなくなっていった。
(こすぷれ……?)
何のことだろうと不思議に思う。自分のことを話題にしているとは、これっぽっちも考えていなかった。だから、まったく気づかなかった。
人通りの増加とともに、朱音とすれ違う人間の数も増えていく。すれ違う人々は、皆一様に朱音の頭をちらりと見ていくのである。それも、好奇の視線が大半だった。
朱音は、次第に不安になっていく。
もしかして、隠しているはずの耳が出ている……?
(まさか、そんなはずないって!)
ここに来る前、公衆トイレの鏡できちんと変化できていることを確認した。だから大丈夫だと、何度も心の中で反芻する。しかし、隠せていなかったらどうしよう? という不安と焦りが心を侵食していく。
不本意ながら、しばらく好奇の視線を浴びていると、一組の親子が前方からやってきた。
すれ違い様、子どもが朱音を指差し、
「ねえ、ママ。どうして、このお姉ちゃん、頭に猫の耳つけてるの?」
率直な疑問を母親にぶつける。
母親はどう答えていいのかわからず、申し訳なさそうに朱音に謝罪して、そそくさとその場を後にした。
幼子の言葉で、朱音の不安は明確なものになってしまった。先程までの好奇の視線はそういうことだったのか、と。
だが、自分の目で確かめるまでは信じられない。いや、信じたくなかった。
朱音はその場から逃げるように、人波をかきわけて屋台が設営されていない歩道に向かった。
ようやくたどり着いた場所には、おあつらえ向きにショーウインドーがあった。それに写った自分を見て、朱音は愕然とした。隠していたはずの猫耳が、ひょこりと顔を出していたのである。
そこからはもう、無我夢中で走った。誰にも見られないように、それを手で隠しながら。そして、ここにたどり着き、ずっと頭を抱えてうずくまっていたのだった。
(――なるほど、そういうことだったのか)
朱音の説明を聞いて、なぜ彼女が怯えていたのか合点がいった。それが、彼女の心に深い爪あとを残したことも。
強い霊感が原因で、二階堂も幼少期に周りから奇異な目で見られていたことがある。だから、朱音が抱いていた恐怖心が痛い程わかった。
二階堂はそっと朱音の頭をなでると、
「少しだけ、待っててもらえるかな?」
そう言い置いて、露店が建ち並ぶ大通りへと向かった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
契約違反です、閻魔様!
おのまとぺ
キャラ文芸
祖母の死を受けて、旧家の掃除をしていた小春は仏壇の後ろに小さな扉を見つける。なんとそれは冥界へ繋がる入り口で、扉を潜った小春は冥界の王である「閻魔様」から嫁入りに来たと勘違いされてしまい……
◇人間の娘が閻魔様と契約結婚させられる話
◇タグは増えたりします
陽香は三人の兄と幸せに暮らしています
志月さら
キャラ文芸
血の繋がらない兄妹×おもらし×ちょっとご飯ものなホームドラマ
藤本陽香(ふじもと はるか)は高校生になったばかりの女の子。
三人の兄と一緒に暮らしている。
一番上の兄、泉(いずみ)は温厚な性格で料理上手。いつも優しい。
二番目の兄、昴(すばる)は寡黙で生真面目だけど実は一番妹に甘い。
三番目の兄、明(あきら)とは同い年で一番の仲良し。
三人兄弟と、とあるコンプレックスを抱えた妹の、少しだけ歪だけれど心温まる家族のお話。
※この作品はカクヨムにも掲載しています。
愚者の園【第二部連載開始しました】
木原あざみ
キャラ文芸
「化け物しかいないビルだけどな。管理してくれるなら一室タダで貸してやる」
それは刑事を辞めたばかりの行平には、魅惑的過ぎる申し出だった。
化け物なんて言葉のあやで、変わり者の先住者が居る程度だろう。
楽観視して請け負った行平だったが、そこは文字通りの「化け物」の巣窟だった!
おまけに開業した探偵事務所に転がり込んでくるのも、いわくつきの案件ばかり。
人間の手に負えない不可思議なんて大嫌いだったはずなのに。いつしか行平の過去も巻き込んで、「呪殺屋」や「詐欺師」たちと事件を追いかけることになり……。
あやかし農場のほのぼの生活〜ブラックな職場を辞めて、もふもふなあやかし達との生活を始めます。なので戻って来いとか言わないでください〜
星野真弓
キャラ文芸
中程度の企業に勤めて二年が経った三浦夏月。最初は優しい上司や趣味の合う同僚などがいたものの、他の部署へ転属してからは、仕事を押し付けて来るクソ上司や、当たり前のようにサボる同僚などに悩まされるようになった。
そんなブラック職場に嫌気が差し始め、ネットゲームで知り合った友人の狐塚梅に相談したところ、彼女の経営する農場で働かないかと誘いを受けた。
すぐに会社を辞めた夏月は、梅の住む屋敷の空き部屋に引っ越し――もふもふなあやかしたちと出会う事になる。
癒されながら農業に勤しみ、プログラミングの技術を駆使して一部の業務を自動化しつつ、あやかし達とののんびりとした生活を送る。
一方、今まで部署のほとんどの仕事をこなしていた夏月がいなくなった事で回らなくなり始め、段々と会社全体にも影響が出るようになるーー
画中の蛾
江戸川ばた散歩
キャラ文芸
昭和29年、東京で暮らす2人の一見青年。
そこにもちこまれた一幅の掛け軸。
中に描かれたのは蛾。
だがそれは実は……
昔書いた話で、ワタシの唯一の「あやかし」です。はい。
全5話。予約済みです。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
九龍懐古
カロン
キャラ文芸
香港に巣食う東洋の魔窟、九龍城砦。
犯罪が蔓延る無法地帯でちょっとダークな日常をのんびり暮らす何でも屋の少年と、周りを取りまく住人たち。
今日の依頼は猫探し…のはずだった。
散乱するドラッグと転がる死体を見つけるまでは。
香港ほのぼの日常系グルメ犯罪バトルアクションです、お暇なときにごゆるりとどうぞ_(:3」∠)_
みんなで九龍城砦で暮らそう…!!
※キネノベ7二次通りましたとてつもなく狼狽えています
※HJ3一次も通りました圧倒的感謝
※ドリコムメディア一次もあざます
※字下げ・3点リーダーなどのルール全然守ってません!ごめんなさいいい!
表紙画像を十藍氏からいただいたものにかえたら、名前に‘様’がついていて少し恥ずかしいよテヘペロ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる