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第4話 猫

プレゼント

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 朱音が抱えている恐怖を完全になくすのは、容易ではない。他人がどうこうしても、本人が克服できなければどうしようもないのだから。だが、そのためのきっかけは与えることが出来る。

 恐怖をやわらげるために帽子をかぶり、自信をつけてもらおう。

 そう考えた二階堂は、帽子を販売している露店を探す。路地につくまでの間にあったような気がしたのである。

(えっと、たしかこの辺に……)

 人波をかきわけながら進んでいくと、他の屋台に負けないくらい主張している大きな白い帽子が見えた。

「……あった!」

 二階堂は思わずつぶやいて、それが飾られている屋台へと真っ直ぐ向かう。そこには、色とりどりの帽子が並べられていた。普段使いできそうなものから用途が限られそうなものまで、豊富な種類が取り揃えられている。

 朱音にはどんなものが似合うか、耳を隠すにはどの大きさのものがいいかと、思案しながら商品を見ていく。

 しばらく物色していると、程よい大きさのキャスケットを見つけた。黒、紺、白の三色がある。わずかの逡巡、どのコーディネートにでも合うだろう黒を選択した。

 会計を済ませ、朱音が待っている路地へと急ぐ。

 路地に戻ると、朱音は同じ場所で体育座りのような格好で頬杖をついていた。

「ごめん、お待たせ。はい、これ」

 二階堂は、先程買ったキャスケットを朱音に差し出した。

 戸惑う朱音に、二階堂はプレゼントだと優しく微笑みかける。

 とてもうれしそうに受け取ると、朱音はすぐにかぶってみた。黒のキャスケットは、彼女の服装――桜色のTシャツに青いジーンズのハーフパンツというコーディネートに違和感なく溶け込んだ。

 似合わなかったらどうしようかと少し不安だった二階堂だが、それは杞憂だったらしい。キャスケットは、朱音自身にも似合っていて猫耳もきちんと隠せている。

「二階堂さん、ありがとうございます!」

 これで、人間が大勢いる場所に行っても奇異な目で見られずに済む、と。

「それならよかった。それじゃあ、行こうか」

「え?」

 二階堂の突然の誘いに、朱音は目を丸くする。

「楽しみにしてたんでしょ? 露店巡り」

「そうですけど、でも……」

 自分がいたら邪魔になってしまうのではないか。そんな不安がわき上がる。

「大丈夫、邪魔になんてならないから」

 帽子をかぶっていれば、普通の人間と何ら変わらない。だから大丈夫だと、二階堂は優しく告げた。

「……それじゃあ、お願いします」

 わずかの逡巡、朱音はもう一度祭り会場に行くことを決めた。

 また人々の視線にさいなまれるのかと思うと怖かったが、露店巡りを楽しみたいという気持ちもあった。それに、今は耳を隠せるアイテムもあり、頼りになりそうな人もいる。少しだけ、勇気を出してみようと思えた。

「承りました」

 うやうやしくそう言うと、二階堂は朱音の手を取り歩き出した。朱音もその後についていく。
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