22 / 64
第3話 鼠
バトル後半戦
しおりを挟む
旧鼠はゆらりと立ち上がると、
「なぜ、人間の肩を持つ?」
と、蒼矢を見据えたまま尋ねた。
思いの外低い声だったので、それが旧鼠の声だと気づくのに、蒼矢も二階堂も多少の時間を要した。
「……お前、しゃべれたのかよ!?」
「そんなことは些末なこと。それより、なぜ人間の肩を持つ?」
旧鼠は同じ質問を繰り返した。忌むべき存在ではないのか、と。
「なぜって言われてもなあ……」
そんなこと考えたこともなかったと言いたげな蒼矢は、少しの間思案する。
「人間とか妖怪とか、そんなことで肩入れしてるつもりはねえよ? まあ、相棒が人間だからってのは、多少影響あるかもな。でも、困ってる奴を助けたいと思うことに、種族とかは関係ねえと思うんだけど?」
「そうか。お前にとっては、忌むべき存在ではないということか」
何かに納得したのか、そう言うと旧鼠は、何やらぶつぶつとつぶやきだした。
不穏な空気を感じた蒼矢は、武器を構え直し警戒する。
二階堂も怪訝な表情で旧鼠の動向を注視していた。
呪文のようなつぶやきが進むにつれ、旧鼠の妖気が濃くなっていく。
このままではまずいと感じ取った蒼矢が、攻撃をしかけようとする。しかし、それは叶わなかった。
どこから現れたのか、旧鼠の妖気を纏った小さな鼠の群れが、蒼矢の足にまとわりついて動きを封じていたのである。
それだけではない。小鼠達は、二階堂と猫達がいるクローゼットの方にも猛然とやってきていた。しかし、二階堂に襲いかかる直前で、青い光の壁に弾かれて次々と消えていく。青い光は、二階堂の前に置かれている瑠璃色の勾玉から発生していた。それは、先月解決した事件の際に蒼矢が作り出していたものだった。
それを横目で確認した蒼矢は悪態をつきながら、自分にまとわりつく鼠の大群を何とかしようと試みる。しかし、いかんせん数が多すぎた。ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返すが終わりは見えない。
(くっそ、このままじゃ埒が明かねえ!)
そう思った刹那、
「蒼矢! 危ない!」
二階堂が叫ぶ。
呪文をつぶやいていたはずの旧鼠が、鋭い爪を振り下ろそうと目の前まで迫っていたのである。
とっさに左腕で顔をかばう。その直後、旧鼠の鋭い爪が蒼矢の左腕を切り裂いた。
蒼矢の表情は痛みに歪み、くぐもったうめき声が漏れる。
悲痛な声音で蒼矢の名を呼ぶ二階堂に、
「来るな!」
蒼矢は鋭く告げる。
そう断固として言われてしまえば、二階堂としては従わざるを得ない。自分が出ていったところで、邪魔にしかならないのだから。
「……やってくれるじゃねえか」
低くつぶやいた蒼矢の表情には、先程までの余裕と相手を嘲笑する笑みが消えていた。
妖気の炎をまとい、未だまとわりついている小鼠の大群を焼き払う。
危険を察知したのか、数歩後退した旧鼠は、また小鼠を作り出そうと詠唱を始める。
「させるかよ!」
蒼矢は旧鼠に一瞬で迫り、鎌を振り下ろす。
青白い炎を宿した刃は、無防備な旧鼠を無慈悲に切り裂いた。
旧鼠は、断末魔の叫びをあげ霧散消滅した。
「蒼矢! 大丈夫か?」
二階堂が駆け寄る。
「ああ、何ともねえよ」
蒼矢は、切られた左腕をひらひらと振りながら、大丈夫だと告げた。
見れば、左腕の傷はいつの間にか綺麗に消えていた。どうやら、妖気の炎を纏った時に、自然治癒能力が飛躍的に上がり治ったようである。
「それより、ほら」
と、蒼矢があごで示した先には、まだ怯えている三匹の猫が身を寄せあっていた。
そうだったと、二階堂は猫達に歩み寄り、
「もう大丈夫だよ」
と、声をかけて優しく頭をなでる。
甘えたような声で一鳴きすると、二階堂の足に体をすり寄せてきた。
二階堂は猫達の頭をもう一なですると、部屋の角に向かい乳白色の勾玉を手に取る。それは、弱々しいながらもまだ光を発していた。二階堂がそれを持つ指に少し力を入れると、パリンと乾いた音を立てて粉々に割れて消えていった。
同時に、部屋を覆っていた結界の気配も消える。
二階堂が残りの勾玉も割っていくと、後ろでどさりと音がした。
驚いて後ろを振り返ると、蒼矢が大の字に倒れていた。
何事かと駆け寄れば、
「……つっかれた~」
「まったく、驚かすなよ」
二階堂は笑顔で抗議する。
蒼矢は申し訳程度に謝罪すると、
「俺、ここで寝るわ」
「せっかく、部屋用意してもらったのに?」
「もう、動きたくねえっつの」
疲れた表情で告げる蒼矢は、二階堂の足もとへと視線を移しにやりとした。
「お前も、ここで寝ることになりそうだぜ」
「……そうするしかなさそうだな」
と、二階堂は苦笑した。
しゃがんでいる二階堂の足に、三匹の猫が甘えるように顔や体を擦りつけていたのである。
二階堂は、猫を下敷きにしないように気をつけながらその場に横になった。とたんに、眠気が襲ってくる。
二人と三匹は、どこか安心したように眠りについたのだった。
「なぜ、人間の肩を持つ?」
と、蒼矢を見据えたまま尋ねた。
思いの外低い声だったので、それが旧鼠の声だと気づくのに、蒼矢も二階堂も多少の時間を要した。
「……お前、しゃべれたのかよ!?」
「そんなことは些末なこと。それより、なぜ人間の肩を持つ?」
旧鼠は同じ質問を繰り返した。忌むべき存在ではないのか、と。
「なぜって言われてもなあ……」
そんなこと考えたこともなかったと言いたげな蒼矢は、少しの間思案する。
「人間とか妖怪とか、そんなことで肩入れしてるつもりはねえよ? まあ、相棒が人間だからってのは、多少影響あるかもな。でも、困ってる奴を助けたいと思うことに、種族とかは関係ねえと思うんだけど?」
「そうか。お前にとっては、忌むべき存在ではないということか」
何かに納得したのか、そう言うと旧鼠は、何やらぶつぶつとつぶやきだした。
不穏な空気を感じた蒼矢は、武器を構え直し警戒する。
二階堂も怪訝な表情で旧鼠の動向を注視していた。
呪文のようなつぶやきが進むにつれ、旧鼠の妖気が濃くなっていく。
このままではまずいと感じ取った蒼矢が、攻撃をしかけようとする。しかし、それは叶わなかった。
どこから現れたのか、旧鼠の妖気を纏った小さな鼠の群れが、蒼矢の足にまとわりついて動きを封じていたのである。
それだけではない。小鼠達は、二階堂と猫達がいるクローゼットの方にも猛然とやってきていた。しかし、二階堂に襲いかかる直前で、青い光の壁に弾かれて次々と消えていく。青い光は、二階堂の前に置かれている瑠璃色の勾玉から発生していた。それは、先月解決した事件の際に蒼矢が作り出していたものだった。
それを横目で確認した蒼矢は悪態をつきながら、自分にまとわりつく鼠の大群を何とかしようと試みる。しかし、いかんせん数が多すぎた。ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返すが終わりは見えない。
(くっそ、このままじゃ埒が明かねえ!)
そう思った刹那、
「蒼矢! 危ない!」
二階堂が叫ぶ。
呪文をつぶやいていたはずの旧鼠が、鋭い爪を振り下ろそうと目の前まで迫っていたのである。
とっさに左腕で顔をかばう。その直後、旧鼠の鋭い爪が蒼矢の左腕を切り裂いた。
蒼矢の表情は痛みに歪み、くぐもったうめき声が漏れる。
悲痛な声音で蒼矢の名を呼ぶ二階堂に、
「来るな!」
蒼矢は鋭く告げる。
そう断固として言われてしまえば、二階堂としては従わざるを得ない。自分が出ていったところで、邪魔にしかならないのだから。
「……やってくれるじゃねえか」
低くつぶやいた蒼矢の表情には、先程までの余裕と相手を嘲笑する笑みが消えていた。
妖気の炎をまとい、未だまとわりついている小鼠の大群を焼き払う。
危険を察知したのか、数歩後退した旧鼠は、また小鼠を作り出そうと詠唱を始める。
「させるかよ!」
蒼矢は旧鼠に一瞬で迫り、鎌を振り下ろす。
青白い炎を宿した刃は、無防備な旧鼠を無慈悲に切り裂いた。
旧鼠は、断末魔の叫びをあげ霧散消滅した。
「蒼矢! 大丈夫か?」
二階堂が駆け寄る。
「ああ、何ともねえよ」
蒼矢は、切られた左腕をひらひらと振りながら、大丈夫だと告げた。
見れば、左腕の傷はいつの間にか綺麗に消えていた。どうやら、妖気の炎を纏った時に、自然治癒能力が飛躍的に上がり治ったようである。
「それより、ほら」
と、蒼矢があごで示した先には、まだ怯えている三匹の猫が身を寄せあっていた。
そうだったと、二階堂は猫達に歩み寄り、
「もう大丈夫だよ」
と、声をかけて優しく頭をなでる。
甘えたような声で一鳴きすると、二階堂の足に体をすり寄せてきた。
二階堂は猫達の頭をもう一なですると、部屋の角に向かい乳白色の勾玉を手に取る。それは、弱々しいながらもまだ光を発していた。二階堂がそれを持つ指に少し力を入れると、パリンと乾いた音を立てて粉々に割れて消えていった。
同時に、部屋を覆っていた結界の気配も消える。
二階堂が残りの勾玉も割っていくと、後ろでどさりと音がした。
驚いて後ろを振り返ると、蒼矢が大の字に倒れていた。
何事かと駆け寄れば、
「……つっかれた~」
「まったく、驚かすなよ」
二階堂は笑顔で抗議する。
蒼矢は申し訳程度に謝罪すると、
「俺、ここで寝るわ」
「せっかく、部屋用意してもらったのに?」
「もう、動きたくねえっつの」
疲れた表情で告げる蒼矢は、二階堂の足もとへと視線を移しにやりとした。
「お前も、ここで寝ることになりそうだぜ」
「……そうするしかなさそうだな」
と、二階堂は苦笑した。
しゃがんでいる二階堂の足に、三匹の猫が甘えるように顔や体を擦りつけていたのである。
二階堂は、猫を下敷きにしないように気をつけながらその場に横になった。とたんに、眠気が襲ってくる。
二人と三匹は、どこか安心したように眠りについたのだった。
0
お気に入りに追加
34
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる