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第3話 鼠

バトル後半戦

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 旧鼠はゆらりと立ち上がると、

「なぜ、人間の肩を持つ?」

 と、蒼矢を見据えたまま尋ねた。

 思いの外低い声だったので、それが旧鼠の声だと気づくのに、蒼矢も二階堂も多少の時間を要した。

「……お前、しゃべれたのかよ!?」

「そんなことは些末なこと。それより、なぜ人間の肩を持つ?」

 旧鼠は同じ質問を繰り返した。忌むべき存在ではないのか、と。

「なぜって言われてもなあ……」

 そんなこと考えたこともなかったと言いたげな蒼矢は、少しの間思案する。

「人間とか妖怪とか、そんなことで肩入れしてるつもりはねえよ? まあ、相棒が人間だからってのは、多少影響あるかもな。でも、困ってる奴を助けたいと思うことに、種族とかは関係ねえと思うんだけど?」

「そうか。お前にとっては、忌むべき存在ではないということか」

 何かに納得したのか、そう言うと旧鼠は、何やらぶつぶつとつぶやきだした。

 不穏な空気を感じた蒼矢は、武器を構え直し警戒する。

 二階堂も怪訝な表情で旧鼠の動向を注視していた。

 呪文のようなつぶやきが進むにつれ、旧鼠の妖気が濃くなっていく。

 このままではまずいと感じ取った蒼矢が、攻撃をしかけようとする。しかし、それは叶わなかった。

 どこから現れたのか、旧鼠の妖気を纏った小さな鼠の群れが、蒼矢の足にまとわりついて動きを封じていたのである。

 それだけではない。小鼠達は、二階堂と猫達がいるクローゼットの方にも猛然とやってきていた。しかし、二階堂に襲いかかる直前で、青い光の壁に弾かれて次々と消えていく。青い光は、二階堂の前に置かれている瑠璃色の勾玉から発生していた。それは、先月解決した事件の際に蒼矢が作り出していたものだった。

 それを横目で確認した蒼矢は悪態をつきながら、自分にまとわりつく鼠の大群を何とかしようと試みる。しかし、いかんせん数が多すぎた。ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返すが終わりは見えない。

(くっそ、このままじゃらちが明かねえ!)

 そう思った刹那、

「蒼矢! 危ない!」

 二階堂が叫ぶ。

 呪文をつぶやいていたはずの旧鼠が、鋭い爪を振り下ろそうと目の前まで迫っていたのである。

 とっさに左腕で顔をかばう。その直後、旧鼠の鋭い爪が蒼矢の左腕を切り裂いた。

 蒼矢の表情は痛みに歪み、くぐもったうめき声が漏れる。

 悲痛な声音で蒼矢の名を呼ぶ二階堂に、

「来るな!」

 蒼矢は鋭く告げる。

 そう断固として言われてしまえば、二階堂としては従わざるを得ない。自分が出ていったところで、邪魔にしかならないのだから。

「……やってくれるじゃねえか」

 低くつぶやいた蒼矢の表情には、先程までの余裕と相手を嘲笑する笑みが消えていた。

 妖気の炎をまとい、未だまとわりついている小鼠の大群を焼き払う。

 危険を察知したのか、数歩後退した旧鼠は、また小鼠を作り出そうと詠唱を始める。

「させるかよ!」

 蒼矢は旧鼠に一瞬で迫り、鎌を振り下ろす。

 青白い炎を宿した刃は、無防備な旧鼠を無慈悲に切り裂いた。

 旧鼠は、断末魔の叫びをあげ霧散消滅した。

「蒼矢! 大丈夫か?」

 二階堂が駆け寄る。

「ああ、何ともねえよ」

 蒼矢は、切られた左腕をひらひらと振りながら、大丈夫だと告げた。

 見れば、左腕の傷はいつの間にか綺麗に消えていた。どうやら、妖気の炎を纏った時に、自然治癒能力が飛躍的に上がり治ったようである。

「それより、ほら」

 と、蒼矢があごで示した先には、まだ怯えている三匹の猫が身を寄せあっていた。

 そうだったと、二階堂は猫達に歩み寄り、

「もう大丈夫だよ」

と、声をかけて優しく頭をなでる。

 甘えたような声で一鳴きすると、二階堂の足に体をすり寄せてきた。

 二階堂は猫達の頭をもう一なですると、部屋の角に向かい乳白色の勾玉を手に取る。それは、弱々しいながらもまだ光を発していた。二階堂がそれを持つ指に少し力を入れると、パリンと乾いた音を立てて粉々に割れて消えていった。

 同時に、部屋を覆っていた結界の気配も消える。

 二階堂が残りの勾玉も割っていくと、後ろでどさりと音がした。

 驚いて後ろを振り返ると、蒼矢が大の字に倒れていた。

 何事かと駆け寄れば、

「……つっかれた~」

「まったく、驚かすなよ」

 二階堂は笑顔で抗議する。

 蒼矢は申し訳程度に謝罪すると、

「俺、ここで寝るわ」

「せっかく、部屋用意してもらったのに?」

「もう、動きたくねえっつの」

 疲れた表情で告げる蒼矢は、二階堂の足もとへと視線を移しにやりとした。

「お前も、ここで寝ることになりそうだぜ」

「……そうするしかなさそうだな」

 と、二階堂は苦笑した。

 しゃがんでいる二階堂の足に、三匹の猫が甘えるように顔や体を擦りつけていたのである。

 二階堂は、猫を下敷きにしないように気をつけながらその場に横になった。とたんに、眠気が襲ってくる。

 二人と三匹は、どこか安心したように眠りについたのだった。
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