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第2話 少女

私立星降学園中等部

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 雨がやむ気配はまったくない。朝より濃さを増した雨雲から時折見える雷の閃光が、事の行く末を暗示しているようで、どうにも気が重くなってくる。

(……気にしてもしかたがないか)

 小さくため息をついて、二階堂はハンドルを握り直した。

 私立星降学園は、幽幻亭から車で十五分くらいの場所にある。えりの案内のおかげで、迷うことなく学園に到着できた。車を職員用の駐車場に停める。

「さっき、学園関係者以外は立ち入り禁止って看板があったけど大丈夫かな?」

 シートベルトをはずしながら、二階堂がえりに問う。

 自分達がここにいるのは、場違いなのではないかと思えた。それに、学園関係者のえりがいるとはいえ、許可なく学園の敷地内にいるのだ。不法進入で通報されても、文句は言えない。

 そんな二階堂の心配をよそに、えりは平気だと答えた。

「今は、緊急事態なんだから」

 その声音には、親友を助けたいという真摯な思いが込められていた。

「……そうだったね」

 二階堂はそう言って、気合いを入れ直す。

 三人はほぼ同時に車から降り、中等部の校舎へと向かった。

 ここ私立星降学園は、幼稚園から大学までの一貫校である。広大な敷地内に、各学部の校舎が隣接するように建てられている。初めてこの学園を訪れる者は、まず間違いなく迷うだろう。それ程までに広大で、各校舎の外観が似かよっているのである。

 二階堂と蒼矢は、えりの案内のおかげで迷うことなく中等部の校舎にたどり着いた。雨の中を走ったおかげで、三人とも濡れ鼠になってしまったが。

 昇降口に入り、濡れた上着を脱いでどこにかけて置こうかと思案していると、

「ちょっと待っててください」

 そう言い置いて、えりはどこかに駆けて行った。

「……なあ。依頼受けるの、渋っただろ? 何でだ?」

 えりの足音が聞こえなくなってから、蒼矢が二階堂に尋ねた。

 二階堂は自分の上着を左腕にかけたまま、どう答えたものかと困ったような笑顔を浮かべる。

「おおかた、ガキから金は取れねえとか、そんな理由なんだろうけどよ」

「それもあるけど……今回の相手、一筋縄じゃいかないかもしれない」

 少し言いよどんだ後、二階堂は真顔で答えた。

 何しろ、今回の依頼内容は学校の怪談である。相手が幽霊なのは、ほぼ間違いないだろう。それに加えて、固有結界持ちである。厄介なことこの上ない。

「まあ、何とかなんじゃね?」

 先月依頼された狸憑きの件も、何とか解決できたのだから。

 のんきにそう言って、蒼矢は下駄箱に軽く寄りかかる。 

 不安を微塵も感じさせない蒼矢の表情に頼もしさを感じる反面、二階堂は少々呆れてもいた。

(……まったく、その自信を少し分けてもらいたいよ)

 程なくして、体操着に着替えたえりがぱたぱたと戻ってきた。彼女の手には、二足のスリッパと二つのハンガーが握られている。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって」

 言いながら、えりは二人にハンガーを手渡した。

 それぞれハンガーを受け取り濡れた上着をかけると、手近な下駄箱の側面にそれを引っかけた。

 えりにスリッパをすすめられた二人は、それに履き替え、彼女の先導で校舎内を進む。

 案内されたのは、職員室だった。

 扉を開けると、男が勢いよく振り向いてこちらに近づいて来た。

 彼のがたいの良さに身構える二階堂と蒼矢。しかし、男は二人の様子など気にしていないようで。

「本当に、生徒達を助け出していただけるんですか?」

 男が詰め寄る。

「ええ……全力は尽くします……」

 男の必死な様相に圧倒され、二階堂はうろたえながら言葉を紡ぐ。

「ちょっと、よっぴー。二階堂さんが困ってるでしょ」

 えりに注意されて、男はようやく自分が取り乱していたことに気づく。

 小さく深呼吸をしたあと、吉川幸宏よしかわゆきひろと名乗った。この学園の教師らしい。先程、えりがスリッパとハンガーを探しに来た時に、事のあらましを軽く聞いたそうだ。

 二階堂と蒼矢も簡単に自己紹介する。

「実は、生徒達の他に教師も一人、行方不明なんです」

 吉川が告げる。

 行方不明になっているのは、西園千鳥にしぞのちどりという女性教師だという。

 おそらく、西園千鳥が先程のえりの話に出てきた女性教師なのだろう。

 二階堂は快諾すると、吉川に職員室にいるように告げた。

 吉川がうなずくのを確認し、

「えりちゃんにも、ここに――」

「嫌です! 私も行きます!」

 二階堂が言い終わる前に、えりは宣言した。言外に、駄目だと言われてもついていくと告げている。

 二階堂は苦笑して、

「わかったよ。ただし、僕の側を離れないこと。いいね?」

「はい!」

 えりが笑顔でうなずくと、蒼矢はチノパンのポケットから何やら取り出し、えりに差し出した。

 えりは、不思議そうな表情をしながら受け取る。それは、瑠璃色に輝く勾玉だった。蒼矢が、自分の妖気で作り出したものである。

「これ……いいんですか?」

「持ってな。危なくなったら、守ってくれるはずだから」

 えりは少し頬を赤らめてうなずき、それをズボンのポケットに大事そうにしまった。

「珍しいな、蒼矢が誰かにプレゼントするなんて」

「ただの気紛れだよ」

 二階堂が揶揄するが、蒼矢は素っ気なく返した。

(気紛れ、ね……)

 本当は、これ以上被害者を出さないために渡したのだろう。それを素直に言葉に出さないあたりが、蒼矢らしいと言えばらしいのだが。

 まあいいやと思い直し、

「それじゃあ、行こうか」

 二階堂は蒼矢とえりに声をかける。

 一行は、行方不明になっている三人を助けるべく、二階へと向かった。
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