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Episode3:You are my special

3-10 歴史的瞬間

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 休日、あたしは才造とともに地元の村へ帰省していた。結婚を前に、以前から両家の顔合わせを予定していたからである。

 村の市街地にある寿司屋の2階の座敷を貸し切って、あたしと才造の家族が集まった。
 草田家からは才造の両親と、お兄さんの幸造さん夫婦と妹の晴香ちゃん。神尾家からはあたしの両親と3番目の妹以外のきょうだい。

 まぁ小さな村だし、あたしたちの付き合いも結構長いこともあり、お互いの家はすでにそれなりの交流があった。
 父同士、高校の剣道部のOBという共通点があったり。兄同士、年は2歳離れているものの顔見知りで共通の知り合いも何人かいたり。れんと才造の妹はるかちゃんと同級生だったり。そういうつながりがたくさんある。村に高校がひとつしかないもので。

 何なら両家顔合わせというより、家族ぐるみのお食事会みたいなもん。田舎ってこういうもんなんです。
 ついでに言うとこのお寿司屋さんも、昔からお祝い事のたびに利用しているお店で、大将は小さい頃から知っているおっちゃんである。

「いやぁ、いよいよだね。こんなボーッとした息子だけど、よろしくお願いします」

 地元で税理士事務所を開いている才造のお父さんは、うちの父より少し年上。ここらの農家はだいたいこの人と、跡を継ぐ予定のお兄さんに税務関係の実務を依頼している。
 普段からおっとりした人だけど、今日は特に機嫌が良さそうだ。

「こちらこそ! ふつつかな娘だけど頼んますわァ!!」

 うちのトウキビ父もデカい声で笑う。
 あんまり堅苦しくない雰囲気で、家族たちが勝手に盛り上がった。母たちもママ友みたいなものなので、キャッキャと楽しそうだ。
 結納はどうするとか、式には誰を呼ぶかとか、結婚する当人たちがいなくても支障ないんじゃないかってくらい勝手にサクサク話が進む。

 だけど当人であるあたしと才造は、そんな盛り上がりの中でどこか上の空だった。

 2日後、累くんが東京へ発つことになっている。
 なので明日、最後に三人で食事の約束をしている。本人の希望で、赤提灯の焼き鳥屋。元々はあたしと才造の二人で気軽なデートをしていた店だったけど、ここ最近はよく三人で訪れていた。

 仕事はすでに最後の出勤を終え、もう有給消化に入っているらしい。引っ越しの準備もあらかた済んで、あとは当日を迎えるだけの状態だとSINEで聞いた。

 明日が累くんと話す最後のチャンス――
 そう考えると、目の前のことに集中できなかった。それは才造も同じらしい。
 兄が、そんなあたしたちの様子に気づいたのか、時折チラチラと視線を投げかけてくるのが分かった。でも、何も言わない。

「ねぇ、莉子ったら聞いてる?」
「えっ、何?」

 母に声をかけられて、あたしはハッと我に返った。

「もぅっ、何ボーッとしてるのよ。それであなたたち、式はどうするか決めたの? 教会式か、神前式かくらい絞った?」
「あー……ううん、まだ」
「ずいぶん呑気ねぇ。大丈夫なの?」
「うん……いくつか式場見学には行ったんだけど」

 でも、どこを見てもどうにもピンと来なかった。花嫁衣装を着て、才造と二人で式を挙げているところが上手く想像できない。
 いや、やってみればとびきり幸せなことは分かる。家族や友達みんなに祝福されて、たくさんの笑顔に囲まれて、それがベストに決まってる。

 でも、何か足りない。

「教会にしなよ~! お兄ちゃんの時神社だったからぁ、教会の式も出てみたいー! ほら、健やかなる時も、病める時も、みたいなやつ」

 そう言ってはしゃぐのは、才造の妹の晴香ちゃん。うちの末っ子の楼愛もそれに乗ってキャッキャしている。

「見たーい! あとアレね、誓いのキス!!」
「そうそう~!」

 お互いの一番下の妹同士で盛り上がっている。

「俺はごちそうの美味い会場がいいな」

 人見知りだけど食い意地だけは張っている蓮人は、ただ寿司を食べられてラッキーくらいにしか思っていなさそうだ。

 この場で浮かない顔をしているのは、あたしと才造、そしてあたしの兄。その三人だけ。
 笑って、幸せな顔をしていなきゃいけないはずなのに。こんなにもみんなに祝福されているのに、上手く笑えない。心の中身をどこかにまるっと置き忘れてきたみたいで、どうにも居心地が悪い。

 気が付くと、ポロッと本音を漏らしていた。そう、あたしは思ったことを内に秘めていられないタイプなのだ。

「……ごめんなさい」

 あたしがそう言うと、みんながピタッと歓談をやめた。母があたしの顔を覗き込む。

「莉子、ごめんなさいって、何が?」
「今……やっぱりこれ以上、結婚の話は進められない。もう一人、ここにいて欲しい人がいる」

 その場がシーンと静まり返る。みんなポカーンとしているようだ。
 最初にハッとしたように我に返ったのはあたしの母だった。

「もう一人って……もしかして、瑠那のこと? まぁ、あなた瑠那と仲良かったからねぇ。あの子は東京にいるから今日は来られないけど、式には来るって……」
「そうじゃない。あたし、さいぞーの他にもう一人好きな人がいる」
「えっ?」
「さいぞーと、その人と三人で家族になりたい。その人もここにいてくれないと、結婚のことは考えられない」

 周りがさらに言葉を飲み込み、母は一気に青ざめた。

「ちょっと……莉子、いきなり何言ってるの!!!?」
「……どういうことだ、莉子?」

 父も少し腰を浮かせるように前のめりになり、あたしの方を睨みつけた。
 あたしは小さくかぶりを振る。

「いきなりじゃない。ずっと前から三人で一緒にいた。この前うちに連れて行った累くん……あの人と。しょっちゅう三人でごはん食べて、三人で寝て起きて……未成年がいる場所では言えないようなこともしてた。もう何回も。あの人も、あたしにとっては必要な存在。だから……」
「莉子ッ……何なのそれ!!? 本気で言ってるの!!!?」

 母が一番慌てふためいていた。それはそうだ。

「莉子ちゃん……それは、うちの息子ではなく、その人と結婚したいということかい?」

 才造のお父さんが顔面蒼白にさせながら、声が震えるのを必死に押さえようとしている。あたしは首を横に振った。

「さいぞーさんとも結婚したいし、その人とも結婚したいです。一妻多夫っていう形で」

 ほぼ全員、言葉を失いさらに凍りついた。
 ただ一人、トウキビ野郎がニヤリと笑っていた。面白くなってきた、という心の声が聞こえる。

 それまであたしに対して優しく、好意的に接してくれていた才造の家族たちは、一気に不審な目を向けてきた。

「いっ……一妻多夫って……おっ、夫をふたっ、二人持つっ……ていうこと……? うちの息子が、そのうちの一人で……?」
「そんなことを許せるわけがないだろう! 君は……うっ、うちの息子をバカにしてるのか!!!?」
「えーっ!? 莉子ちゃん、それはさすがに引くわぁ……」
「ひどいわ……莉子ちゃん、いいお嬢さんだと思っていたのに……そんな浮気者だったなんて……!!!」
「違う」

 自分の家族の言葉を遮るように、才造が声を発した。

「莉子が浮気者ってんなら……俺も同じ」

 低くて重い声が、座敷に通った。
 自分の息子まで何やらおかしなことを言い出したとあって、才造の両親はさらに混乱したようだ。

「さっ……才造まで、何を言い出すの!? あなたまさか……」
「おっ、俺も……その、今の莉子の要望は、俺の要望でもある……から。俺もその男――大崎と……三人でいたい。俺にとっても……アイツはひつっ、ひつよっ、必要だから……」

 相当勇気を振り絞っているのが分かった。才造、一世一代の演説が始まった。

「莉子は一妻多夫って言ったけど、厳密にはそれも少し違う。莉子と俺、莉子と大崎だけじゃなく、俺と大崎もお互い……その、あっ、あいっ、あい………………愛し合ってる……から」

 初めて才造の口から、累くんに対する思いが出た。だいぶぎこちなく、どもってるけど。
 あたしとしては、かなりの歴史的瞬間。累くん本人にも聞かせてやりたかった。

 才造のお母さんは、クラッと目眩を起こしたようだ。倒れそうになったのを、長男の幸造さんが支えた。
 それでも才造は続ける。

「しっ……正気の沙汰じゃないのは、じゅ、十分分かってる。しかも、大崎もこのままじゃいけないって言って、今俺らから離れようとしている。けど、俺はアイツを行かせたくない。莉子と……さっ、三人で暮らしたい」
「才造、目を覚ませ!! 騙されて……いや、洗脳されてるだけじゃないのか!!? お前はボーッとしてるが、そういう良識だけは持っていると思っていたのに……!!!」

 才造のお父さんが怒声を上げる。でも、その中の単語が才造に引っかかったようだ。

「良識……」
「そうだ、そんな人の道を外れるようなことをする人間ではないだろう!!」
「莉子も俺も納得の上……いや、むしろ全員が一緒にいたいって望んでても? 誰も傷ついてないけど、それでも人の道から外れてる?」
「当たり前だ!! 色々問題もあるだろうが!!」
「問題って……たとえばどんな?」
「たとえば……籍はどうする!」
「籍は……俺と莉子が入れていいって、前に大崎が言ってた。アイツ本人は事実婚みたいなもんでいいからって。そのへんはまぁ、まだ話し合いの余地もあるけど」

 問い詰められるほど、才造がなぜかどんどん冷静になって行く。淀みなく、噛むことも吃ることも減り、明朗に答えている。
 とても頼もしく思えた。
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