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Episode2:No spice,No life

2-13 嫌よ嫌よも好きのうち【才造視点】

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 俺と莉子と、大崎が一体どういう関係なのか――

 何と説明すべきか言葉を詰まらせていると、ピンポン、ピンポーンとインターホンが連続で鳴った。それとほぼ同時に、なぜか玄関がガチャッと開く音が聞こえ、続けざまにやけに明るい声がした。

 最悪、いやむしろナイスタイミングと言うべきか?

「お邪魔しま~~~す! 莉子ちゃん、鍵開きっぱなしだよー! 不用心だなぁ。さいぞーさん、具合いかがですかぁ?」

 どういうわけか、大崎がオートロックをすっ飛ばしていきなり室内に入ってきた。
 しかも何故にそんな能天気なのか。その声が無性に恨めしく、また救いのような気もした。何というタイミングで現れるのか、この変態は。

「るっ……累くん。オートロック、どうやって突破したの?」

 莉子がそう尋ねると、奴はいつものようにヘラヘラしながら答えた。

「え~? 下でインターホンを押そうとしたらね、上の階のお姉さんがちょうど帰ってきて、ニコッと微笑みかけたら一緒に中に入れてくれたよ。『今度うちにも遊びに来て♡』なんて言われちゃった」

 俺も莉子も顔が引きつった。

「今すぐそっち行ってくれてもいいけどね? 累くんが来ると、事態がさらにややこしくなる気がするんだけど……」
「莉子ちゃん、そんなこと言わないでよぉ。それより郡さんさぁ、僕がさいぞーさんに頼まれてたのに、勝手にUSB持って行かないでよ~」

 なおも緊張感のない口ぶりで大崎が郡さんをたしなめると、郡さんもまた顔色を変えずに淡々と答えた。

「申し訳ありません。一刻も早く主任の看病が必要かと思いまして」
「だからって強引に押しかけるのは良くないよ。だいたい、ここの住所どうやって知ったの?」
「社員名簿でお調べしました」
「あははッ、確かにそれで見ようと思えば見られるけどさ。でもそれはコンプライアンス的にどうかなぁ?」
「いやお前がコンプラを語るな」

 そうツッコまずにいられなかった。何なんだ、このツッコミどころしかない状況。

「それより大崎さん。今、先ほどあなたのスマートフォンで拝見した莉子さんの画像について、草田主任と莉子さんにご説明を求めておりましたところです。私はてっきりあなたと莉子さんが不適切な関係にあるものと認識したのですが、これは誤認なのでしょうか。草田主任もご承知の上なので問題ないとおっしゃるのですが、これは一体どういう事態なのでしょう。私にはどうにも理解できかねるのですが」
「あぁ、あれぇ?」

 マズい。この男の軽口を塞がなくては――と思う間もなく、大崎はペロッと口を滑らせた。

「僕はまぁ、平たく言えば二人の共有セックスフレンドってとこかな。時々ね、二人の夜の営みに僕も混ぜてもらうんだ。3Pってやつだよ。以前、莉子ちゃんにナースのコスプレをしてもらってそれがすごく似合ってたから、僕もさいぞーさんもすっかり虜になってしまってね。後日二人で莉子ちゃんに頼み込んでもう一度着てもらって、撮影会をしたんだよね♡ あと、つい最近やったバニーガールも良かったなぁ♡」

 無駄に爽やかな笑顔で、まるで悪びれもせずに大崎はそんなことをサクッと説明した。喋ってくれやがった、この超絶おイカれゲス野郎が。

 すると郡さんが無表情のまま、しばらく動かなくなってしまった。本格的にフリーズしている。情報量も内容も、キャパオーバーなのだろう。
 ブーンと、ファンの冷却音すら聞こえてきそうな気がした。

 会社でも噂が広まるだろうか。俺の社会的信用、終了のお知らせ。これまで地道に積み重ねてきたものがおじゃんになる。

 ――かと思いきや。
 かなりの時間を要して郡PCが読み込みを完了し、再び何事もなかったかのように動き出した。

「そういうことでしたか。それではお三方全員ご納得の上でそのような関係にあると……そのような理解でよろしいのでしょうか」
「へっ」

 何だ? 納得したのか?

「もちろん、僕はさいぞーさんと莉子ちゃんを二人とも愛してるからね。願ってもない状況だけど。莉子ちゃんはどう?」
「えっ? あたしは……えっと、好きなのはさいぞーで、累くんに恋愛感情はないけど……でも、その……」

 莉子が口ごもる。だが隠し事や誤魔化すことが下手な面が顔を出し、意を決したように開き直った。

「だっ……男性同士のイチャイチャを見るのが好きっていう腐った性癖があるので、さいぞーと累くんが絡み合ってるところを見せてもらって満足してるんですっっっ!!」
「あははッ、よく正直に言えました♡ 郡さん、BLとか腐女子って言葉知ってる? 莉子ちゃんはそのカテゴリなんだよ」

 大崎が一人だけやたら楽しそうなのが腹立つ。
 だが、意外なことに郡さんもすんなりと納得したような素振りを見せた。

「そういうご趣味でしたか。それでは、浮気というのは私の誤認だったようですね。その点につきましては、大変失礼をいたしました」
「え? あ、はぁ……」

 盛大な肩透かし。そして次に、郡さんの矛先は俺の方へ向いた。

「では、草田主任はいかがなのですか?」
「えっ、俺?」
「はい。納得された上で莉子さんと大崎さんと、そのようなご関係にあるのでしょうか。嫌な思いをされてはいらっしゃらないのですか?」
「俺は…………」

 チラッと莉子の方を見て、その後大崎の顔を見た。郡さんだけでなく、二人も俺の返答に注目しているようだ。「あとはお前次第だ」と全員から圧をかけられた気分だ。

 ……だから俺、熱あんだって。そんな時にそんなこと考えさすなよ。
 また深くため息をついてから、ボソボソと答えた。

「……言わずもがな、莉子は俺にとってどうしても必要。料理なんかできなくても、腐女子でも、そこにいてくれるだけでいい」

 莉子はまさかそんなことを言われるとは思っていなかったというように、驚いた顔で俺の方を見た。
 一方の郡さんはというと――気のせいかもしれないが、一瞬表情に少し変化が見られたような気がした。それまで本当に機械のように淡々としていた顔に、ほんの少し悲しそうな色が浮かんだように見えた。

 だが、次の瞬間にはまた抑揚のない声を発した。

「そうですか。では、大崎さんのことは?」

 それを聞くか。

 大崎と関係を持ったのは、本音を言うと、初めは莉子が望むのならばと仕方なしにだった。いや、気が付いたらそこにいた、くらいの感覚かもしれない。今だって、なぜこんなことになっているのかよく分からない。

 でもよくよく考えてみたら、いくら莉子の望みであったとしても、無理なものは無理だ。
 それでも結果、受け入れてしまっているということは、恐らく俺は最初から――

「……莉子が主食ライスなら、大崎こいつは言ってみれば、スパイスの効いたカレーみたいなもん……」

 そこまで口にした途端、突然フッと意識が遠のいた。目の前が暗くなり、足に力が入らなくなった。

「さいぞー?」

 莉子の声が耳に入ったが、グラリと世界が揺れ、俺は立っていられなくなった。フラッと前のめりに倒れかけたところを、大崎にガシッと抱き止められた。

「無理をさせてしまってすみません。部屋で休みましょう」

 やたらいい声でそう囁いて、奴はヒョイと俺を抱え上げた。お姫様抱っこの姿勢である。

 ど畜生。俺が抵抗できないのをいいことに。こんなの……莉子が喜ぶじゃないか――

 案の定、顔を真っ赤にして目を輝かせる莉子の姿が見えたのを最後に、俺の記憶は途絶えた。
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