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丘多主記

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夏祭り編

夏の結果とお誘い

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 三回戦から三週間が経った。夏の福岡県大会決勝は大地のいる久良目商業と明林を破った菊洋学園の決勝戦となった。

 一年生ながら決勝の先発を任された大地は、七試合で八十三得点を挙げた菊洋打線相手に一歩も引かない。制球は多少アバウトでありながらも、百五十キロに迫る直球と切れ味抜群の変化球で付け入る隙を与えなかった。

 久良目商業打線は同じく一年生の吾妻|《あずま》という一塁手の選手が起点となり、翔規から四回までに四点を奪って見せる。

 八回に逸樹が意地を見せ、大地からツーランホームランを放つが時すでに遅し。投手は三年生投手の新崎にスイッチし、これ以降ヒット一本すら出ずにゲームセット。

 四対二で久良目商業が春に続き、夏の甲子園の切符も手に入れることとなった。




「俺、あと十キロはいける」

「へえ、僕は二十キロはいける」

 真夏の昼下がり。学校の外を伸哉と涼紀は妙なテンションで走り込んでいた。

 この日の全体練習は午前中に終わっており、この時間は自由練習となっていた。他の選手は帰りにつく中、伸哉と涼紀だけが残って外周をひたすら走っているのである。

「伸哉。お前病み上がりだろ。無理すんなって」

 涼紀は伸哉に指摘する。涼紀の言う通り、伸哉は試合の怪我がようやく完治したばかりだ。だが、そんなの関係ないと言わんばかりに伸哉は無視を決め込むのであった。

「監督も言ってたろ。病み上がりに無理しても何もいいことねえって。なんで意地張ってるのか知らないけど、休んどくべきじゃねえの?」

 伸哉を心配して涼紀は言うが、伸哉は聞き入れる気がないようだ。はあー、と涼紀が溜息をついた時だった。

「はーい、そこの二人! ストップ! 止まれ!」

 自転車で先回りしていた咲香が二人の前に立ちはだかっていた。なぜ咲香がここにいるのかと言うと、三回戦から四日後にマネージャーとして野球部に入部してきたのだ。

「村野さん。僕はまだ走りたいんだから邪魔しないで」

 伸哉が不機嫌そうに言うが、咲香はそんなことを意に介さずスポーツドリンクの入ったボトルを差し出す。

「監督から止めてこいって言われたけん、これ以上走らせるわけにはいかんのよ。練習したい気分なのはわかるけど、怪我明けで飛ばしてまた怪我したら意味ないばい。今日はもう上がっておくべきたい」

 咲香がそう言うと伸哉ははーいと言って、ボトルを受け取った。

「そう言うことだ伸哉。じゃあ俺もうちょい走ってくるわ」

 そう言って颯爽と走り出そうとする涼紀を、咲香は腕を掴んで止めた。

「止めてこいって言われたのは伸哉くんだけじゃないと! アンタも止めてくるように言われとんの!」

「えーっ! せっかく気分も乗ってきたのに」

「適度な休息がないと体が傷つくだけだから半休ーーここでは午前中のみの練習を指すーーを入れたって監督も言ってったやろ? ここでアホみたいに走ったら意味ないでしょ。ほらっ、涼紀も上がるよ」

 咲香がボトルをボトルを渡そうとすると、仕方ないなあと言いながらがっしりと受け取った。

「全く二人とも放っておくとすぐ無理するんだから」

 咲香はぷりぷりしながら、校舎の方に引き上げていく。伸哉と涼紀も黙ってそれについていった。三人とも何も話すことなく歩いていく中、部室の近くに来た時だった。咲香が突然立ち止まる。

「あ、あのさあ。伸哉くん! 今日これから暇だったりする?」

「あ、空いてるけどどうして?」

 突然の一言に少し言葉が詰まりながらも伸哉は答える。

「一緒に、お祭りに行かない?」

 咲香は頬を少し赤らめてそう言った。咲香が行こうと提案してきた祭りは地元の祭である。この時期に開催され、それなりに規模も大きい祭りだ。

 それから、このお祭りに行った男女はカップルになると言う都市伝説のようなものがある。そんなお祭りに、伸哉を誘っているわけだ。

「いいよ。何時に集まる?」

 伸哉は知っているのか知らないのか分からないが、あっさりと快諾する。それを見た咲香は頬を緩める。

「六時はどう? 私、浴衣着るからその準備もしたい。どう?」

「うん。いいよ」

 咲香の提案に、伸哉は先程同様あっさりと返事をする。二人の間で約束が交わされようとしている時、

「ちょっと待ったー! なんで俺は誘わないんだよ!」

と、涼紀がその間に割ってきた。涼紀からすれば、自分のいる前で二人だけで約束が交わされるのが気に入らないようだ。

「私が伸哉くんと一緒に行きたいだけ。涼紀は妹ちゃんと一緒に行けばいいじゃん」

「妹って……。涼花は絶対友達と一緒に行くし、絶対に俺とは行くわけないだろ。それに二人だけなんてなんか怪しい! 二人でイチャイチャする気だろ! それに、この祭りのアレを利用する気だろっ!」

 涼紀は顔を赤くして言った。それほどこの事実はマズイ事なのだろう。

「べ、別にそんな気はないけん。とにかく涼紀とは一緒に行かない。それじゃあ伸哉くん。詳しいことは後でスマホの方に送るけんね」

 そう言うと咲香はこれまできた道とは反対方向に、自転車を漕ぎ始めた。その足取りはルンルンと言う言葉が付きそうな感じだ。

「なあ伸哉。俺もついてきていいだろ? 一生のお願いだ」

 涼紀は必死に懇願する。だが、伸哉はそれを軽くあしらう。

「ダメだよ。咲香さんの頼みだし。それを無碍むげにはできないなあ」

「伸哉……」

 涼紀は呆然と立ち尽くす。その表情はこの世の終わりと言ったような感じだった。

「じゃあ着替えに行こうっと。楽しみだなあ」

 伸哉は少し足早に部室へと向かっていった。
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