マウンド

丘多主記

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夏の大会編

緊急事態

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 八回の表。伸哉はマウンドに上がる。球威もコントロールも、初回から殆ど落ちていない。

 この回も菊洋打線を抑え込み、二死、ランナー無し。七番打者を迎えたところで、菊洋は代打に背番号十八をつけた三年生の田仲たなかという右打者の選手を代打で送ってきた。

 田仲は春の大会では逸樹の代わりに四番を任されていた打撃力に定評のある選手だ。ここは気が抜けない。

 彰久はアウトコース低めへのスライダーを、要求する。伸哉はコクリと頷き投球モーションに入り、一球目を投じる。

 ボールは要求通り、アウトコース低めに決まるスライダーだ。田仲は簡単に手を出してしまう。バットになんとか当てたが、打球は弱々しくレフト方向へと飛んでいく。

 誰もが、打ち取ったかのように見えた。だが、長打を警戒していた外野は、深めの守備位置をとっていた。涼紀が必死に追いかけるも、打球は風にも押し戻されレフトとショートの間にポテンと落ちた。

「伸哉。気にすんなよ!殆ど抑えてたんだから」

 彰久はすかさず、マウンドに向かい、伸哉に声かけをする。

「わかってますよ。次ですね。次抑えましょう」

 伸哉は彰久を追い返した。

 もう少し、気をつけないと。勝ってるとはいえ、相手は強豪校なんだから。伸哉は自分の心に喝を入れて、奮い立たせた。

 だが続く八番打者に、今度はライト前へのテキサスヒットを打たれる。その間、一塁ランナーは三塁に進み、二死ランナー一、三塁。

 いけない。ここで切らないと、マズイ。

 伸哉は、右手でボールをギュッと握りしめる。菊洋はこれが勝負時と見てか、今度は左打者の甲田こうだという選手を代打に送ってきた。

 この選手は前二試合とも出場機会は無く、今大会初打席である。

 こう言った選手は力みが出るケースが非常に多い。したがって、低めの変化球で引っ掛けさせるのが一番良いだろう。

 そう見立てた伸哉は彰久のサインに何度か首を振り、真ん中低めにツーシームを持ってこさせた。

 伸哉の見立て通り、緊張してか甘いコースに来たように見える、ツーシームを大きなアッパースイングで振りに来た。

 バットにはなんとか当たったが、打球はショートへの平凡なゴロ。この瞬間、誰もが菊洋はチャンスを潰してしまった、と思った。

 だが、悠然と捕球体勢に入りかけた二蔵の目の前で、打球はイレギュラーして方向を変え、大きく飛び跳ねる。二蔵も必死に食らいつこうとするも、あと数センチグラブが届かない。

 打球はそのままレフトへと抜けていき、菊洋のスコアボードに、始めて一の数字が刻まれた。




「浅はかだった……」

ベンチの最前列で、薗部は自分の一連の発言と行動を悔やんでいた。

「なんてバカなことをしたんだ。勝負のことを考えきれて無かったのは、自分の方じゃないか。好投してる投手をマウンドから降ろそうなんて、みすみす流れを相手にやるようなものじゃないか。なに考えていたんだ僕は!」

 薗部は自分の愚かさをぶつけるように、ベンチの壁を左手で思いっきり殴った。

 控えの部員は、その音と光景に、思わず二度見していた。

「これは自分が起こしてしまった負の連鎖だ。今できる、ベンチから出来る、善作を尽くそう。それしかない」

 薗部はキョトンと固まった部員の一人を捕まえて、自分の支持を伝えた。

 伝令が終わり、内野陣は自分の守備位置へと戻っていく。

 そして菊洋の打順は、一番の翔規。ランナーは、一、三塁。

 この場面での翔規はとても厄介な選手だ。確かに、初回以降ヒットは打たれてはいないが、菊洋打線の中で唯一、伸哉の球を的確に捉えた上での凡打を打ったのは、翔規だけだった。

 伸哉は、この場面でのベストボールを考える。

 翔規の前の打席はライトフライ。この時は三球続けてシンキングファストを投げ打ち取った。しかし、当たり自体はいいものだった。

 前の打席捉えきれてるってことは狙い球の一つのはず……。ならば、それを逆手にとって。

 伸哉は配球を頭の中で練り上げた。



 さて。何を狙っていこうか。翔規は、狙い球を考えていた。

 この場面は投手からすれば、パスボールになる確率が高い落ちる系の球は使いにくい。翔規はその考えに基づき、シンキングファストを頭から外す。

 ならばゴロを打たせやすいツーシーム、あるいはストレートを初球に持ってくるのではないかと、翔規は読みを絞り込み伸哉を鋭い眼光で睨む。

 まるでランナーがいないかのように、ゆったりとしたセットポジションから投じた一球目。球速はストレートより少し遅いくらい。

 この瞬間翔規は球種をツーシームと断定。決め込んで打ちにいこうとした。

 翔規は土に減り込みそうなくらい、右足を大きく踏み込む。ボールは、読み通り、ツーシームと同じ軌道を描く。だが、翔規はなにかしらの違和感を感じ取った。

(なんだ、この違和感……。まさか、これはシンキング?!)

 翔規の感じ取った違和感は、まさにそれだった。なんと、翔規が大きく足を踏み込み始めるとともに、ボールの軌道は、ツーシームより遥かに大きく、沈み始めたのだ。

 翔規はバットを止めようと考えたが、時既に遅し。バットはすでに出始めていた。

(マズイ、このまま止めても中途半端なスイングになる。そうなれば、間違いく凡打だ。ならば、余計に振り切るしかない!)

 体勢を大きく崩しながらも、必死に手を伸ばし、バットを振り切る。

「うおぉおおおおおおお!!!!」

 カンッ。

 気合いが勝ったのか、なんとかバットに当たり、打球は一塁方向へ大きく弾んだ。だが、ファーストの須野が飛びつき、少し前に弾きながらもなんとか打球を止めた。

(やっぱりだめか……。でもなんでだろう?アウトになる気が全くしない。それどころか、一点が入りそうな気がする。なんでだ?)

 翔規は不思議な感覚に包まれていた。




 打ち取った瞬間、伸哉はアウトを確信してファーストへのベースカバーに向かった。

 今度こそアウトを取って攻撃を終わらせられると思い、気楽に構えていた。

 だが、ファーストの須野はそれとは対照的に、かなり焦って気が動転していた。

 アウトを取れるか取れないか。さらには、この試合の流れを決めかねないような、重大な場面でのプレー。それが須野に大きなプレッシャーを与えていた。

 それが影響してか、須野は打球を止めはしたが弾いてしまい、余計にプレッシャーを強め焦りを強くしていた。

 伸哉がファーストに入る。須野は下手投げで、ふわりとした球を投げる。だが、焦ったせいか手元が狂い、ボールはなんとか捕球しようとジャンプした伸哉の頭上を越え、伸哉の出したグラブを越え、転々とファールグラウンドの方へと転がっていった。

 それを見て、二塁ランナーは一気に三塁を蹴ってホームに帰って来て悠々とホームイン。この回二点目が入り、六対二。また、点差が縮まる。




「すまん、伸哉……」

 須野は今にも泣きそうな顔で、ひたすら伸哉に謝っていた。

「大丈夫ですよ! 次抑えますんで!!」

 伸哉は笑顔で須野を慰めて、マウンドへと戻った。

「ふぅー、あんまり酷くはないけど、痛むな」

 伸哉は、屈んで足首付近を摩った。

 どうやら、須野の暴投を取ろうとしてジャンプした時の着地で、足首を捻ってしまっていたようだ。

「痛いなんて言えない。耐えて、絶対ここで押さえてやる」
 
 だがその後、二番、三番に連続ヒットを浴び、さらに二点を追加され六対四。なおも、ランナー一、二塁の場面と、この試合最大の山場に、四番の逸樹に回って来た。
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