マウンド

丘多主記

文字の大きさ
上 下
65 / 75
夏の大会編

攻めろ!

しおりを挟む
 先頭の幸長が出て、無死一塁。打席に入るのは二番、伸哉。バッターとして見ても、かなり厄介な選手だ。

 とりあえずここで切ろう。二試合とも見たが、こいつは一度もバントをしていない。ここは、じっくりと低めを攻めればいい。

 翔規は、伸哉をそう分析していた。

 伸哉は相手の守備陣形を見る。守備陣形はやや後ろに下がっており、バントを警戒する様子は一切ない。

 高校野球において二番打者にこの対応はケースにもよるが、滅多にない。

 薗部のサインを伸哉は見る。サインは全て偽装サイン。つまり指示は特になし。相手はバントを一切警戒していない。とすると、ここで一番効くのは。

 伸哉は考えた。

 翔規が投じた一球目。幸長の盗塁を警戒してか、外に大きく外れボール。ランナーも伸哉にも動きはない。

 セットポジションについて、投じた二球目。これも大きく外れボール。これで、ツーボール。

 翔規は困惑していた。これまで見た試合映像では、何かを仕掛けてくることの多かったこの打順で何も動いてこないからだ。

 翔規に迷いが生じ始める。翔規は何度も何度もプレートを外し考える。そして翔規はある考えに辿り着いた。

 悩んでいてもしょうがない。アウトコースへのスライダーを投げるだけだと。

 翔規は投げる球を決め、セットポジションについた。

 確かにいいバッターだが、大島程ではない。こいつなら百パー抑え切れる。そう確信して投じた三球目。翔規が投げた刹那。伸哉は突然バットを横に構える。セーフティバントだ。

 ギリギリながらもボールはバットに当たる。そして、ちょうどいい具合に、一塁側に転がる。

「なんだとぉっ⁈」

 投げ終わった翔規の重心は完全に三塁側に向いている。処理できるわけがない。

 そして内野手も全くと言っていい程バントを意識していなかったためか、突然の変化に対応出来てない。

 結果セーフティバントは成功し、幸長どころか伸哉までもが出塁した。

 翔規が落ち着かぬまま、無死一、二塁という状況で打席には三番の二蔵が入る。

 俺の仕事はアウトになっても構わないから、ランナーを進める事だ。

 二蔵は息を深く吐き呼吸を整え、集中する。

 対してマウンド上の翔規は肩を大きく上下に揺らす。見るからに凄い量の汗が流れている。

 ここで二蔵は思った。相手が疲れてるんだから、俺が打ちにいく必要はないんじゃないかと。

 ベンチからの指示は一切ないが、二蔵はバントの構えを見せプレッシャーをかける。

 翔規とキャッチャーは、バントを警戒したせいか初球は、外に大きくはずしてきた。余程伸哉のバントが効いているようだ。

 二球目、三球目も同じようにバントの構えを見せ、二球とも大きく外に外れボール。

 カウントはノーストライクスリーボールと、翔規が追い込まれた。

 ここでキャッチャーの小嵐こがらしが一旦、タイムを取ってマウンドに向かう。

「翔規っ。一旦落ち着け。あいつは、構えだけで、絶対にやってこんから。逃げたら、負けだぞ。忘れんなよ!」

 翔規の胸を、少し小突いて、キャッチャーは、戻っていった。

 ありがとよ小嵐。おかげで目が覚めたぜ。翔規は深呼吸をして呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。

 そこからの翔規は今までの乱れっぷりが嘘のように、簡単にストライクを取り、今度は逆に二蔵が追い詰められた。

 二蔵はかなり焦っていた。

 折角スリーボールまで追い詰めたのに、ここに来て追い詰められたからだ。

 一方の翔規は気持ちが、すっかりノってきていた。小嵐の出したサインに、大きく頷き、投じた六球目。真ん中低め。さほど球速の出ていない。

 ここに来て失投か。ラッキー!

 二蔵はここぞと言わんばかりに、バットを出しかけた。だがここで、翔規の特徴を語る上で最も重要であることを、思い出した。

 そう、スライダーの事である。翔規のスライダーはさほど球速は出ない。まさに今投げられたボールくらいだ。

 翔規が投げたのは自身の代名詞でもあるスライダーだった。ボールはインコースへ食い込むように、大きく鋭く変化し始めてくる。

 二蔵は出しかけたバットをひたすら止める。止まれ、止まれ、止まれ! と念じながら、身体全部でスイングを止めた。

 キャッチャーの捕球した位置を見ると、振っていなければボールになる球だ。

 祈るように審判のコールを待つ。主審が一塁塁審を指差す。一塁塁審は手を横に広げる。ノースイングの判定でボールだ。

「ボール、フォアボール」

「危なかったぜ……」

 二蔵は何とか塁に出塁することに成功し無死、満塁。明林にとって絶好のチャンスで四番の彰久に打順が回った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...