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夏の大会編
決着
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「休みの日だからって、かなりハメを外すのね。でも、人の見えないところで、見せるものが本性。ということは、外で見せているあの性格は嘘。作られた、ていうものでいいのね?」
涼花は優梨華の心に迫るが、優梨華は表情を崩さない。それどころか学校で使う低めの大人声で、反論に転じた。
「作られた? 何を言っているのかしら? 信憑性に欠けすぎる嘘ね。それに、あなたは私は兄が好きだと言ったけど、私はあの男が嫌いよ単なる気取り屋だもの。本当、恥ずかしい男よ」
優梨華はそこにいないはずの幸長を蔑んだ目で見ているようだった。だが、冷徹な表情とは違い内心は傷ついていた。
自分がブラコンであることを隠す時には、必ず幸長のことを罵倒してきた。もちろん、それは苦しみながらである。
本当は言いたくない。けれど言わなければ暴露てしまう。弱みを握られない為にも、こうするしか無いのだ。
心中で幸長に謝りながら、優梨華は続ける。
「まあ、何れにせよ、証拠はないので、あなたは嘘をついているとしか思えないわね」
優梨華は微笑んだ。それは絶対に隠しきれたという余裕から来る笑みだった。
逆に涼花は確信した。この様子では盗撮されてたことを知らないことを。そして、自分の手元にある証拠を見せた瞬間、慌てふためく哀れな優梨華の姿が思い浮かんだ。
「証拠ね。確かにそれがないと、あなたを切り崩せない。そんなことはとうの昔から知ってるわ。なにせ、あたしはライバルだからね」
涼花はキメ顔でそう言った。だが優梨華はそれを聞いて、クスクスと笑っていた。
「ライバル? 腹が捩れるくらい、笑える冗談をいうのね。あなたは、人を騙せない、哀れなペテン師がお似合いだわ」
優梨華は、笑を堪えながら、馬鹿にするように言った。
「ペテン師ねえ……。でも、私がたとえペテン師でも、確実な証拠があって、それを基に事実をいえば、ペテンじゃなくなる」
「はあ?」
「今の世の中には、スマホとかっていう便利なカメラがあってね」
「まさか?!」
優梨華はようやく気づいた。それと同時に、激しい後悔に襲われた。
いくらお互いが部活動で忙しくて中々話せなかったとはいえ、公の場で本性を曝け出すのはまずかった。どんな状況であれ公で本性を見せてはならないと、身を持って知った。
「ペテンとかいうのは、こういうのを見た後に言った方がいいんじゃないのかしら?」
差し出されたスマートフォンの液晶には、あの時の幸長との事が全部動画で撮られていた。
「このスマートフォンじゃ、合成も出来ない。どうしても違うっていうなら、この人に聞くなりなんなり出来るし。バカ兄が、これと同じユニフォームだったし、調べればすぐに分かるわ。これを拡散されたくなかったら、わかるわよね?」
優梨華の顔は青ざめていた。もう、言い逃れは出来ない。
「ひ、卑怯もの……」
思わず普段は使わない、本来の幼くかわいい声でつぶやいていた。
「勝つために手段は選べないもの。それにあたしはあなたより、人脈が広くてね。さあ、ここが分岐路ですよ。絶壁の女帝さん?」
この時の涼花の顔は、完全勝利に酔いしれて、緩みきっていた。
しかし、時にライバルは似るものである。涼花は自分の隠しているコンプレックスのことを、完全に忘れていた。
「おーい、涼花!」
涼花の父である涼一の声が聞こえる。涼花はこの場をそっちのけで、涼一を探がす。涼花は友人の誰にも言っていないが、重度のファザコンである。
「えーっと……。あっ、いたっ!」
見つけた瞬間、涼花は、無我夢中に走って涼一のもとへ行き、そのまま涼一の胸に飛び込んだ。
「まあまあ。いきなり飛び込んできて。お父さんびっくりしちゃうじゃないか」
「いいじゃん。あたし、パパのこと好きだし、パパみたいな人と結婚したいな。パパでもいいんだけどね!」
「まったく。涼花は甘えん坊なんだから」
涼一が頭を撫でると涼花の表情は幸せそのものを表しているように、緩みきっていた。
「ところで涼花。あの子は友達かい?」
そう言われて、はっと思い出した。自分は、優梨華と火花を散らしあっていた最中だった。
恐る恐る振り返ってみる。そこにいたのはやはり優梨華だった。そして、優梨華を見てみると右手で一眼レフのカメラを震えながら持っていた。
「え、えっとあれは……」
「初めまして。私は涼花ちゃんの友達の、大島優梨華といいます」
優梨華は笑顔を作って、素の声で言った。涼花は違うということを言おうとして、口を開こうとした。しかし、今何を言っても優梨華に躱されると思い口を閉じた。
「優梨華ちゃんか。うちの涼花をよろしくね。それと、そのカメラは?」
涼一は怪しむように、優梨華の一眼レフのカメラを指指した。
「えっとですね。私、写真を撮るのが趣味なんですよ」
勿論そんなのは嘘である。最も幸長の写真を撮るという意味では間違いではないが。
「それで先程も涼花ちゃんとお父様とのいいワンシーンがあったので、取らせていただいたのですが? もし、消して欲しいのであれば消しますが?」
「別に消さなくてもいいよ。ただ、賞とかに出すのはちょっとダメかな」
涼一がそう言うと、優梨華は、ありがとうございます、と言って頭を下げた。
「私は少し球場の外に出るので。それではまた」
優梨華は、最後まで笑顔を崩さず、足早に去っていった。
「涼花。いい友達を持ったな。あの子はいい子だ。礼儀正しいし。笑顔も素敵じゃないか」
「えっと……、うん。そうだね」
涼一には、優梨華の笑顔は素敵に見えたのだろう。だが、普段から見ている涼花からすると、人を欺くための笑顔にしか見えなかった。
結局今回は引き分け、いや殆ど負けか……。
涼花はため息をついた。
優梨華が去って後、三塁側の前列の席に座り、グラウンドの方を見ていた。
「そういえば、パパ。パパは高校生の時、野球部だったの?」
突然ふと思い立ったのか、涼花は尋ねてきた。
「そうかな。一応、レギュラーだったんだ。まあ、チームは凄く弱かったけどね」
この時涼一は嘘をついていた。涼一のいたチームは弱小チームではなく、甲子園で準優勝を達成したチームであった。普通の親ならば甲子園で準優勝したともなれば、息子や娘に堂々と語る事が出来るだろう。
しかし、涼一は今まで一切伝えてこなかった。
涼一にとってその時の思い出は、今でも夢に出て魘される程苦しいものだった。
涼花、ごめんな。本当だったら友達に、自慢させたり出来るのにな。
涼一が自責の念に苛まれていると、そばを帽子を被った二人組の男女が歩いていく。二人は、涼一を見ると、何かに気づいたようで、駆け寄ってきた。
「久しぶりだね。涼一クン!」
声を聞いただけでは、誰だか分からなかった。しかし、麦わら帽子の下に隠れた顔を見た途端、それが誰だか分かった。
「り、梨沙先輩?!」
それは伸哉の母こと梨沙のであった。そしてもう一人の男の方は、データ収集のついでに梨沙と一緒に来ていた片村だった。
「おう涼一か! 久しぶりやな」
片村は野球帽を脱いで、挨拶をする。
「片村先輩こそ。ここに来たのってスカウトですよね。で、なんで梨沙先輩が?」
涼一は言った。
「私の息子が、今日の次の試合で投げるからよ」
「えっ⁈」
当時の野球部メンバーとの繋がりを絶ってきた涼一が、涼紀と伸哉が同級生でチームメイトだということは、知っているわけもない。
当然、涼一の顔には驚きで満ちていた。
「伸哉は凄い球投げるぞ。そういや、明林の方に、笠野って子がいるけど、あれは、お前の息子か?」
「ええ。まあ。一応守備くらいは教えましたが」
そう言うと片村は笑いながら、ポンポンと涼一の右肩を叩いた。
「そうかそうか! あの守備はお前仕込みなのか。どうりで上手いわけだ。しっかし、明林には、あんときの同級生がいっぱい集まるなあ」
「ええ。そうね。涼紀君も涼一君みたいに上手くなってそうだわ」
「そうさそうさ。なんたって、涼一の息子なんだ。ま、たまには、同窓会とかに顔出せよ。じゃあな」
嵐が去るように、二人は去っていった。
「あの人達が、パパの野球部の先輩?」
「う、うん」
「ほえー。あの女の人、もの凄くかわいいかったなあ。あたしも、あの人みたいに、四十過ぎても、こんな感じの顔でいたいなあ」
「涼花なら、きっとなってるさ」
そう返すと涼花は喜んでいた。一方で涼一の気持ちは沈んでいた。来れるわけないじゃないっすか。片村先輩ならまだしも、添木先輩が、絶対許してくれるわけ、ないじゃないですか……。
涼一の脳裏には、あの日の最終回が脳裏に浮かんでいた。
もしもあの時、あと一歩が出ていれば。涼一は後悔の念に打ちひしがれていた。
涼花は優梨華の心に迫るが、優梨華は表情を崩さない。それどころか学校で使う低めの大人声で、反論に転じた。
「作られた? 何を言っているのかしら? 信憑性に欠けすぎる嘘ね。それに、あなたは私は兄が好きだと言ったけど、私はあの男が嫌いよ単なる気取り屋だもの。本当、恥ずかしい男よ」
優梨華はそこにいないはずの幸長を蔑んだ目で見ているようだった。だが、冷徹な表情とは違い内心は傷ついていた。
自分がブラコンであることを隠す時には、必ず幸長のことを罵倒してきた。もちろん、それは苦しみながらである。
本当は言いたくない。けれど言わなければ暴露てしまう。弱みを握られない為にも、こうするしか無いのだ。
心中で幸長に謝りながら、優梨華は続ける。
「まあ、何れにせよ、証拠はないので、あなたは嘘をついているとしか思えないわね」
優梨華は微笑んだ。それは絶対に隠しきれたという余裕から来る笑みだった。
逆に涼花は確信した。この様子では盗撮されてたことを知らないことを。そして、自分の手元にある証拠を見せた瞬間、慌てふためく哀れな優梨華の姿が思い浮かんだ。
「証拠ね。確かにそれがないと、あなたを切り崩せない。そんなことはとうの昔から知ってるわ。なにせ、あたしはライバルだからね」
涼花はキメ顔でそう言った。だが優梨華はそれを聞いて、クスクスと笑っていた。
「ライバル? 腹が捩れるくらい、笑える冗談をいうのね。あなたは、人を騙せない、哀れなペテン師がお似合いだわ」
優梨華は、笑を堪えながら、馬鹿にするように言った。
「ペテン師ねえ……。でも、私がたとえペテン師でも、確実な証拠があって、それを基に事実をいえば、ペテンじゃなくなる」
「はあ?」
「今の世の中には、スマホとかっていう便利なカメラがあってね」
「まさか?!」
優梨華はようやく気づいた。それと同時に、激しい後悔に襲われた。
いくらお互いが部活動で忙しくて中々話せなかったとはいえ、公の場で本性を曝け出すのはまずかった。どんな状況であれ公で本性を見せてはならないと、身を持って知った。
「ペテンとかいうのは、こういうのを見た後に言った方がいいんじゃないのかしら?」
差し出されたスマートフォンの液晶には、あの時の幸長との事が全部動画で撮られていた。
「このスマートフォンじゃ、合成も出来ない。どうしても違うっていうなら、この人に聞くなりなんなり出来るし。バカ兄が、これと同じユニフォームだったし、調べればすぐに分かるわ。これを拡散されたくなかったら、わかるわよね?」
優梨華の顔は青ざめていた。もう、言い逃れは出来ない。
「ひ、卑怯もの……」
思わず普段は使わない、本来の幼くかわいい声でつぶやいていた。
「勝つために手段は選べないもの。それにあたしはあなたより、人脈が広くてね。さあ、ここが分岐路ですよ。絶壁の女帝さん?」
この時の涼花の顔は、完全勝利に酔いしれて、緩みきっていた。
しかし、時にライバルは似るものである。涼花は自分の隠しているコンプレックスのことを、完全に忘れていた。
「おーい、涼花!」
涼花の父である涼一の声が聞こえる。涼花はこの場をそっちのけで、涼一を探がす。涼花は友人の誰にも言っていないが、重度のファザコンである。
「えーっと……。あっ、いたっ!」
見つけた瞬間、涼花は、無我夢中に走って涼一のもとへ行き、そのまま涼一の胸に飛び込んだ。
「まあまあ。いきなり飛び込んできて。お父さんびっくりしちゃうじゃないか」
「いいじゃん。あたし、パパのこと好きだし、パパみたいな人と結婚したいな。パパでもいいんだけどね!」
「まったく。涼花は甘えん坊なんだから」
涼一が頭を撫でると涼花の表情は幸せそのものを表しているように、緩みきっていた。
「ところで涼花。あの子は友達かい?」
そう言われて、はっと思い出した。自分は、優梨華と火花を散らしあっていた最中だった。
恐る恐る振り返ってみる。そこにいたのはやはり優梨華だった。そして、優梨華を見てみると右手で一眼レフのカメラを震えながら持っていた。
「え、えっとあれは……」
「初めまして。私は涼花ちゃんの友達の、大島優梨華といいます」
優梨華は笑顔を作って、素の声で言った。涼花は違うということを言おうとして、口を開こうとした。しかし、今何を言っても優梨華に躱されると思い口を閉じた。
「優梨華ちゃんか。うちの涼花をよろしくね。それと、そのカメラは?」
涼一は怪しむように、優梨華の一眼レフのカメラを指指した。
「えっとですね。私、写真を撮るのが趣味なんですよ」
勿論そんなのは嘘である。最も幸長の写真を撮るという意味では間違いではないが。
「それで先程も涼花ちゃんとお父様とのいいワンシーンがあったので、取らせていただいたのですが? もし、消して欲しいのであれば消しますが?」
「別に消さなくてもいいよ。ただ、賞とかに出すのはちょっとダメかな」
涼一がそう言うと、優梨華は、ありがとうございます、と言って頭を下げた。
「私は少し球場の外に出るので。それではまた」
優梨華は、最後まで笑顔を崩さず、足早に去っていった。
「涼花。いい友達を持ったな。あの子はいい子だ。礼儀正しいし。笑顔も素敵じゃないか」
「えっと……、うん。そうだね」
涼一には、優梨華の笑顔は素敵に見えたのだろう。だが、普段から見ている涼花からすると、人を欺くための笑顔にしか見えなかった。
結局今回は引き分け、いや殆ど負けか……。
涼花はため息をついた。
優梨華が去って後、三塁側の前列の席に座り、グラウンドの方を見ていた。
「そういえば、パパ。パパは高校生の時、野球部だったの?」
突然ふと思い立ったのか、涼花は尋ねてきた。
「そうかな。一応、レギュラーだったんだ。まあ、チームは凄く弱かったけどね」
この時涼一は嘘をついていた。涼一のいたチームは弱小チームではなく、甲子園で準優勝を達成したチームであった。普通の親ならば甲子園で準優勝したともなれば、息子や娘に堂々と語る事が出来るだろう。
しかし、涼一は今まで一切伝えてこなかった。
涼一にとってその時の思い出は、今でも夢に出て魘される程苦しいものだった。
涼花、ごめんな。本当だったら友達に、自慢させたり出来るのにな。
涼一が自責の念に苛まれていると、そばを帽子を被った二人組の男女が歩いていく。二人は、涼一を見ると、何かに気づいたようで、駆け寄ってきた。
「久しぶりだね。涼一クン!」
声を聞いただけでは、誰だか分からなかった。しかし、麦わら帽子の下に隠れた顔を見た途端、それが誰だか分かった。
「り、梨沙先輩?!」
それは伸哉の母こと梨沙のであった。そしてもう一人の男の方は、データ収集のついでに梨沙と一緒に来ていた片村だった。
「おう涼一か! 久しぶりやな」
片村は野球帽を脱いで、挨拶をする。
「片村先輩こそ。ここに来たのってスカウトですよね。で、なんで梨沙先輩が?」
涼一は言った。
「私の息子が、今日の次の試合で投げるからよ」
「えっ⁈」
当時の野球部メンバーとの繋がりを絶ってきた涼一が、涼紀と伸哉が同級生でチームメイトだということは、知っているわけもない。
当然、涼一の顔には驚きで満ちていた。
「伸哉は凄い球投げるぞ。そういや、明林の方に、笠野って子がいるけど、あれは、お前の息子か?」
「ええ。まあ。一応守備くらいは教えましたが」
そう言うと片村は笑いながら、ポンポンと涼一の右肩を叩いた。
「そうかそうか! あの守備はお前仕込みなのか。どうりで上手いわけだ。しっかし、明林には、あんときの同級生がいっぱい集まるなあ」
「ええ。そうね。涼紀君も涼一君みたいに上手くなってそうだわ」
「そうさそうさ。なんたって、涼一の息子なんだ。ま、たまには、同窓会とかに顔出せよ。じゃあな」
嵐が去るように、二人は去っていった。
「あの人達が、パパの野球部の先輩?」
「う、うん」
「ほえー。あの女の人、もの凄くかわいいかったなあ。あたしも、あの人みたいに、四十過ぎても、こんな感じの顔でいたいなあ」
「涼花なら、きっとなってるさ」
そう返すと涼花は喜んでいた。一方で涼一の気持ちは沈んでいた。来れるわけないじゃないっすか。片村先輩ならまだしも、添木先輩が、絶対許してくれるわけ、ないじゃないですか……。
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