マウンド

丘多主記

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テスト編

恐怖の妹! 出現!

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 五時になったところで三人は伸哉の家を後にした。途中で彰久とは別れたため、幸長と涼紀の二人で帰ることとなった。

 二人は少し沈みかけた陽を受けながら、来た道をゆっくりと歩いていた。

「中々面白かったっすね」

 幸長の後方をついていきながら涼紀は言った。

「そうだね。まさか伸哉クンがプロのスカウトからもう目をつけられているなんて思わなかったし。でも、僕だってもうすぐ出場する甲子園で大活躍して一気にプロ注目の選手になるはずさ」

 幸長は澄まし顔で美しく光る髪を左手で軽く整えた。

「い、いきなり甲子園って……。けど、伸哉が居ればいけそうっすよね」

「そうだね。だからこそもっとがんばれなければいけないね」

「そうっすね」

 二人は甲子園への決意を改めて固めた。夕陽に照らされた二人の姿はまるで青州映画のワンシーンのように美しかった。

「よーし! まずはテストを乗り切らないと……ね……」

 その時だった。幸長の頭の中に途轍もなく恐ろしい何かが走り回った。

 何が起こるのか大方の予想はついていた。このまま真っ直ぐ行っては間違いなく予想通りになっていしまう、と思い辺りを見回したがこの道は最悪なことに曲がり角はおろか小道すらない、素晴らしく見晴らしのいい一直線の道だ。つまり、正面から来られた場合、回避はほぼ不可能だ。

 前に進めば進むほど頭の中に響く軽快音は大きくなっていく。充実感に包まれている涼紀とは対象的に顔を青くし手を震わせながら幸長は歩みを止めた。

「先輩? どうしたんすか、急に立ち止まって? まさか風邪をもらっちゃったとか?」

 よ幸長の異常に気がついた涼紀が戻って幸長の元へと駆け寄った。

「涼紀クン。地獄の果てまでよろしくね」

 幸長の言葉を涼紀は今一つ飲み込めていなかった。

「せ、先輩? 一体何を言ってるんすか?」

「さて、エンカウントの覚悟はもうできている。行こうか」

 幸長は意味不明な言葉を残し前に進んだ

「ちょっと! 先輩待って下さいっ!!」

 あまりにも幸長の歩く速度が早過ぎたために涼紀は置いていかれてしまった。涼紀は必死に追いかけた。

「俺を置いてかないで下さいよ。せんぱ……い?」

 やっとの思いで追いついた時に涼紀が見たのは、昼間幸長が写真で見せた妹の優梨華だった。

「ゆ、優梨華。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 優梨華は二人の前におぞましい効果音がよく似合いそうな雰囲気を纏いながら聳え立っていた。

「あらお兄ちゃん。今日も相変わらず素敵ですわ。ところでこの写真の女の人は……誰?」

 優梨華が見せたのは幸長と梨沙が話していた時の写真で、優梨華は梨沙のことを言っているようだ。

「これは伸哉クンのマザーなんだ…」

「ふーん、そうなの。でもこんな二十歳くらいの女の人が、まさかお兄ちゃんより一つ年下の伸哉さんのお母様であるはずが、ないわよね?」

 美少女系アニメにそのまま出てくるくらいかわいい顔を左へゆっくり、ゆっくりと傾けながら、その写真をぐしゃっという音を立てて潰した。

「涼紀クン! 明日の夜までよろしく!」

 そういうと幸長は涼紀の手を引いて逃げ始めた。

「まちなさーいっ! 逃がさないわよお兄様ああああああ!」

 その後涼紀は、幸長を裏切るようにして幸長と別方向へ逃げなんとか助かった。

 一方の幸長は伸哉の家へと向かい、梨沙に説明してもらうまで逃げ続け事情が分かったところで、不毛な鬼ごっこは終了した。




 陽の沈んだころ。幸長と優梨華は並ぶようにゆっくりと歩きながら帰路についていた。そんな二人を月明りは優しく照らしているようだった。

「ごめんなさい、お兄ちゃん……」

 優梨華は申し訳なさそうに暗く、下を向いていた。

 今の優梨華からはほんの三十分ほど前までおぞましい雰囲気を纏いながら幸長を追い回していたことは、一切想像できないだろう。そんな優梨華を幸長は軽く微笑みながら見つめていた。

「ドンウォーリー、気に病むことはないさ」

「で、でも」

「いいのさ。優梨華に悪意があったわけでもないし、僕が気にしてないんだから、それでいいのさ」

 幸長は慰めるように、やさしく言葉をかけた。

「……お兄ちゃんがそういうなら、そうする。でも、直さないといけないよね」

 優梨華はポツリと呟いた。幸長は一瞬動きが止まったが、しばらくすると再び歩き出しながら、

「そうだねえ。これに関しては、いつかは直しておかないと……、ね。僕がいつまでも傍に居てあげられるわけでもないからね」

と答えた。ただ、その時の幸長の表情には嬉しさと寂しさが入り混じっているようだった。

「お兄ちゃん。私、お兄様と離れるまでにどうにかしてみせるから。だから、それまで……」

 そう言うとぐっと力を溜め、勢いよく幸長の腕に抱きつき、

「それまで、私のことを見捨てないでね」

 上目遣いで見ながら、心の奥底に訴えかけるかのように言った。

「見捨てないよ……、いつまでも優梨華のことは見ているから。だからそんなに心配はしなくていいよ」

 幸長は我が子を見守る母親のような柔らかい微笑みを浮かべながら、幸長の腕を包む優梨華を見ていた。この様子を傍から見れば仲のよいカップルの微笑ましいワンシーンのようだった。

「優梨華、その大丈夫なのかい?」

 少し経って幸長は心配そうに優梨華に問いかける。

「うん、大丈夫……。今日は大丈夫だから」

 優梨華は若干息を荒げながら答える。表情自体は日向ぼっこをしている猫のようにとても幸せそうであったが、なにかを我慢しているような雰囲気でもあった。

「優梨華がそういうなら、何も言わないよ。だけど、こっちの方はゆっくりでいいし、治らなくても仕方ないから。無理だけはしちゃダメだよ」
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