マウンド

丘多主記

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練習試合編

ゲームセットと二人の観客

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 八回裏の明林の攻撃。幸長は宣言通りにヒットを打つもその他が打ち取られて得点なし。そして迎えた9回表の久良商の攻撃。伸哉は残る力を振り絞り先頭の西浦、代打で入った石田を三振に取った。

 そして、打順が六番の三輪になったところでセンバツのベンチメンバーにも入っていた澤田を代打に送ってきた。伸哉はマウンド上で一息つく。

「代打攻勢か。でも関係ないね」

 一球目、二球目と簡単にストライクをとりあっという間にツーストライクに追い込んだ。勝利まであと一球。

「あと一球だぞ伸哉!!」

「慎重にいけよ!」

 グラウンド上のナイン、そしてベンチにいる控えのメンバーも沸き立つ歓喜を抑えながら、マウンド上の伸哉を見つめていた。

 ここに来い、伸哉と言わんばかりに彰久は大きく構える。サインはアウトコース低めへのシンキングファーストだった。伸哉はサインに頷き力一杯、ボールを投げ込む。

 シュルゥゥゥゥゥゥ。

 ブゥン。

 バスッ!!

 ボールがミットに収まる。

「ストライクッ!バッターアウトォッ!!ゲームセットッ!」

「やったあぁぁぁーーーーーっ!!!」

 この瞬間、練習試合ながらも明林高校は二年ぶりの勝利をあげた。




「んー。結局伸哉君、完封したのか」

 グラウンドの外野フェンスの裏でひっそりと試合を見ていた刑事のような格好の男は、そう言った。

「今の時点でも福岡の三番手くらいにはリストアップ出来るし、何よりまだ一年生。伸び代もまだまだある」

 男は胸ポケットからメモ帳を取り出し少し書き込んだ。

「マウンドを降りる時とか失点すると泣きながら悔しがってたあの伸哉君も、しばらく見ない間にここまで成長したのか、隆也……」

 男は胸ポケットへとメモ帳を直した。

「おやおやこれはこれは。誰かと思えばスパローズのスカウトさんじゃないですか? 今日はどんな要件で?」

 古内は右手で男と握手を交わした。

「最初は木場君が投げると、風の噂で聞いたもので。マークしてる選手見たさにここに来たんですよ。監督こそどうしてここに?」

 男は照れ臭そうに答えた。

「試合が早めに終わったから、急いで切り上げてきたんだわ。で、どうだったかな? うちの木場は?」

「いいピッチャーですね。このまま行けば、再来年のドラ一は確実でしょう」

「ほう、伝説のスカウトさんにそう言われると自分のことじゃなくとも、非常に嬉しいですな」

 古内は高笑いしていた。

「伝説のスカウトってそんな大袈裟な」

「だが、あんたの目のつけた選手は皆が皆一流のプレイヤーばかりだ。これを凄いとは言わずしてなんという」

「まあそうなんですけど、でも、頑張ったのは選手ですから、僕は何もしてませんよ。ただ、キッカケを、環境を作っただけです」

 素っ気ない顔で、男はグラウンドの方を見ていた。

「まあ確かに。がんばったのは選手だな」

「そうですよ。やるのは彼らですから。ところで、久良商の今夏の目標は?」

「全国制覇。これしかない。私はどのチームを率いる時でも、目標は常に頂点ですよ。甲子園出場が目的だったらそこまでのプレーしかできなくなる。だが、頂点を目指していれば、それ以上のプレー、自分の限界を超えるようなプレーができ、それが自分の実力にもなってくる。それが、私の考えですから」

 古内は堂々と誇らしげに立っていた。

「名将古内将らしい言葉ですね」

「名将……か。私は自分が思うに質の悪い壊し屋か下手な修理屋だがな」

 古内は自分の右手を見つめた。

「今まで壊した選手は、果たしてこの右手、いや両手に収まるのだろうかな……。」

 世間では名将と謳われているがその反面、古内によって壊された投手が数多くいるのも事実だ。それ故に久良目商業への就任にはOBから猛反対にあっていた。

 結局校長がそれを押し切り就任させた事で、名門は復活を遂げ今年の選抜出場を成し遂げたのだが、そんな今でも反対意見は消えていない。

 それほどまでに、古内の悪評と言うのは大きいのだ。

「ところでスカウトさん。あんたから見てうちは全国制覇できそうかね?」

「回答には困りますが、面白いかなとは思います」

 男は即答でそう断言した。

「木場君に新崎君とレベルの高い投手が二枚もいる。そして、この試合に出てないけど、いるんでしょ? ファーストの吾妻あずま君が」

 吾妻の名前を出され古内はえっ、と声を出して驚いた。

「どうしてその名前を?! 確かに吾妻は逸材だが中学時代の実績は皆無。なぜご存じで?!」

「彼が中学時代に、たまたま見ていた試合で見つけたんですよ。チームの中で、レベルが高すぎて一人浮いていましたからね。それで、今日は怪我ですか?」

「ああ。あいつ、性格は真面目でいい奴なんだが、見た目が不良のそれでなあ。三日前に不良と喧嘩に巻き込まれて右腕を怪我したと。あいつ自身の怪我は大したもんじゃないが、相手は全員病院送り。先に手を出したのは不良らしいが、病院送りにしたということで、謹慎食らっとるよ」

 古内はため息を吐いた。その様子を見る限り、吾妻に掛ける期待は大きかったらしい。

「は、はあ。それはなかなか大した男で。けど、バッティングは本物でしょ?」

「まあな。その上足も速い。ただ守備範囲だけには目をつぶりたいがな……」

「ふむふむ。面白そうですね。いつかチェックしに来ますので、その時は頼みます!」

 男は帰ろうとしていたが、何かを思い出したらしく、再び戻って来た。

「そういえば一つ言い忘れていました。おそらくここから三年間は荒れますよ……この地区、いや福岡が。そして福岡が野球界の中心になるでしょう」

 男は不敵な笑みを浮かべる。

「わかっとるよ。今日で言えば明林の大島君に添木君。他にもいい選手はいるが、彼らは特に注意しなければならん存在だ。次にやる時は、もっと策を練らねばな」

「けど、その策も通用するでしょうかね? 大島君はともかく、添木君に関してなら私は断言できますよ。添木伸哉は世界一のピッチャーになると。彼と知り合いだからという理由じゃなくて、一スカウトマンとして、色んな選手を見てきた私の目が、そう言っていますから」

 男の顔は自信に満ち溢れている。これだけは間違いないと、言わんばかりに。

「あんたがそういうのなら、うちはもっと対策を練らねばな。野球は、特に高校野球はジャイアントキリング、大番狂わせがよく起こる。相手がどうであろうと、最後に笑っているのは久良目商業ですから」

 古内も堂々とした態度で言った。

「楽しみにしていますよ。二人の投げ合いを」
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