マウンド

丘多主記

文字の大きさ
上 下
28 / 75
練習試合編

本領発揮

しおりを挟む
 守備のタイムが取られ、久良目商業の内野陣がマウンド上に集められる。ベンチからマウンド上へ西浦が急いで走って来る。

 大地はマウンド上でうなだれる。やはり自分には早かったのだ。ニセモノの自分が本物の伸哉に勝つ、ましてやグラウンドで投げ合うなど夢のまた夢だ、という言葉が頭の中で渦巻いていた。

「なーにしょぼくれてやがんだアホ大地」

「西浦……」

 うなだれている大地に最初に声をかけたのは、伝令に来た西浦だった。

「小代羅さんからの伝令はまず木場。とにかく六回までは絶対に投げてもらう。場合によっては七、八回までいく、とのことだ」

 木場はベンチを向いたが、小代羅はわざと大きくマウンドから目線を外していたていた。

「それから古賀さんへ。もうちょっとバッターを考えたリードをしろ。明林の打線を舐めてただろ? 投手の良さを引き出すのもいいが、相手からは読まれてます。あのホームランも防げた失点です。普通なら僕に変えるところですが、六回までは変えないからそこをキチンと考えろ、とのことです」

 この部分、実は西浦が勝手に自分の意見を、あたかも小代羅が言ったかのように伝えているだけだった。

 当然その事を一切知らない古賀は怠そうに返事をした。それが非常におかしく思えたのか、一瞬西浦はニヤッとしたがすぐさま真剣な表情に戻った。

「内野陣の動きはいつも通りでいいぞ。以上です」

 古賀に対する指示を除き、小代羅の指示をそのまま伝えて一度目の伝令は終わった。

「ふぅー。じゃあもう一度整えましょうか」

 プレートの中心で手を合わせる。

「ここから巻き返して行こうぜ!!」

『おうっ!!』

 古賀はマウンド上の内野陣に気合いを入れ直した。

「そうだ大地。初回に気づいててずっと言うのを忘れてたけど、今日のお前、球に怖さがない。無意識かも知れねえけど今日は腰を捻ってねえぞ」

 マウンドからベンチへ戻る前に、思い出したように西浦が言った。

「それを最初に言えって!!」

 まだ硬い表情をしていた大地は笑っていた。




「ストラックアウトォッ!」

 西浦のアドバイスが緊張や動揺を消し去ったのか、続く須野には本来の投球を見せ、あっという間に三球三振に切って取った。

「戻してきてしまいましたか……」

 この三球は今までの腰の捻りの小さいオーバースローから、本来のフォームであるトルネード投法に戻ったと同時に、ボールの迫力や球威が遠くからでも感じ取れるまでになっていた。

「やっぱり戻るとヤバイっすね」

 これが今さっきホームランを打った投手なのか、とあまりの変化に彰久は驚いているようだった。

「うーん、今の三球で最も速かったのが二球目で百四十キロ後半くらい。彰久君に投げた三球目と同じくらいですが、いつものフォームで投げている分球威が増していますね。これでは、よほど乱調を起こさない限り打つのは難しいでしょう」

「じゃあ、どうするんですか?」

「苦し紛れですが、球数を投げさましょう。残念ですがうちの選手に今の木場君からヒットを打つのはちょっと厳しそうですから」

 ありきたりな作戦を薗部は指示する。だが彰久はこの時の深刻そうな表情を見て、もうこれしか無いのだろうと感じ取っていた。

「ストライクアウトォッ!!」

 当然ながら馬場も三振に倒れ、この回の攻撃は三点で終了した。

 その後のイニングはヒットどころか、ボールが全くと言っていいほど当たらなくなってきた。

 力でグイグイと押して三振の山を築く大地に対して、なにも有効な対策の立てられず、ただ攻撃を終えていくだけだった。

 そんな状況の中迎えた六回の裏。先頭は一番の幸長が左バッターボックスに入いる。

「この回は一番期待出来る幸長君からですか」

 彰久も薗部の言葉に同意していた。

「まあ、そうっすね」

「幸長君は前の打席で二回から五回の攻撃で、うちのチームで唯一どの球種も完璧に捉えていました。結果は三振でしたが、期待が持てるとしたら彼だけでしょうね」

「幸長、頼むぞ……」

 彰久は幸長がヒットを打ってくれることを願っているようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

主記の雑多な短編集

丘多主記
大衆娯楽
私、丘多主記の短編集作品を集めた作品集になります 各お話前に大まかなあらすじ等を入れて、その後にお話が始まると言った感じです。イントロダクションになっている作品はお題小説かワンライ、もしくはその両方です ジャンルはスポーツ、友情、恋愛と雑多ではありますがご覧ください 表紙:私が2024年の秋頃にキリンのビール工場で撮ってきた写真

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†
青春
私‭――田所が同級生の遠野と一緒に毎日ご飯を食べる話。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...