マウンド

丘多主記

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練習試合編

一回表

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 一回表。先攻は久良目商業。一番バッターの能勢が左打席に入った。一年生とは言えども名門久良目商業の一員である。ここは慎重にいかなければならない。

 彰久は初球はアウトローのストレートを要求する。伸哉がサインに頷き、大きく振りかぶって一球目を投げた。

「あっ、」

 慎重に投げたつもりだったが、手元が狂い、コースもスピードも打ちごろの絶好球。能勢は大きくバックスイングをとり、バットを振り抜いく。

 快音を響かせた打球は、高く右中間のちょうど真ん中へと飛んでいく。

 勢いからするとホームランにはならない。

 だが、間違いなく長打コースになる打球だった。伸哉が三塁のベースカバーにつこうとしていたその刹那。

 鈍い音とともに、幸長がフェンスに激突して倒れた。固唾を飲んで見守る中、倒れたままグラブを上げる。ボールは、しっかりとグラブの中に収まっていた。

「アウトっ!」

 伸哉の予想外の失投は、幸長のファインプレーに助けられた。

「ナイスプレーです! 大島先輩!」

「何をやってるんだい伸哉クン。いきなりど真ん中にイージーボールを投げちゃって。僕の華麗な守備がなければスリーベースだったよ」

 カッコいいはずなのだが、その余計な一言には苦笑いをするしかなかった。

 ありがとうございます、先輩。この回を絶対に抑えて見せますよ。伸哉は心の中で呟いた。

 そこから伸哉は落ち着いたのか、二番の三津中三球三振に切って取り、三番の大地との勝負を迎えた。

「大地くん」

 右打席に入る大地を見て伸哉は昂る気持ちが抑えきれず、顔が少しばかり緩んでいた。

 それもそのはず。バッターとしての大地と勝負をするのは、中学時代を含めても初めての事である。

 その上、伸哉は昔から相手がいいバッターであればあるほど、興奮して顔がにやけてしまうという癖がある。つまり、大地はそれだけいいバッターなのである。

 それを知っている彰久は、ひとまず落ち着かせるためか、タイムを取ってマウンドに駆け寄ってきた。

「伸哉。おーい、伸哉」

 彰久が呼びかけるも全くといっていいほど反応がない。目線の方も、明らかに大地の方に集中していた。流石に不味いと感じたのか、彰久はミットで軽く頭を叩いた。

「あ、えっと。どうしたんですか?」

 叩かれたことで、ようやく伸哉は彰久の方に視線と意識が向いた。彰久はその様子を見てホッと息を吐いた。

「伸哉がそうなるのも分かるが、今はこっちに集中してくれや」

「はい。わかりました」

 やさしく声を掛け、彰久はホームへと戻っていった。

 伸哉は戻っていく彰久を見ながら、フゥーっと長く息を吐き、昂っている気持ちを静めた。息を吐き切った時には、顔も引き締まった表情に戻っていた。

 サインに頷き投じた一球目は、外角低めいっぱいにビシッと決まるストレート。大地はこれを見逃しワンストライク。

 ノーサインで投じた二球目も同じコースへのストレート。これもあっさりと見逃しツーストライク。あっという間に大地を追い込んだ。

 あっさりと追い込んだが、どう攻めていくべきか。一球外すべきか、それとも三球で仕留めに行くべきか。伸哉はサインに首を振りながらどう組み立てるのかを考える。

 ここはボールになっても、カウント的には全く問題ない。伸哉はそう結論づけた。

 導き出した球種とコースにサインを出させる。それに頷き、ワインドアップから投げた三球目。

 コースはさっきまでの二球とは打って変わって少し内角よりの高めへの速い球。

 大地はこれを読んでいたのか、ボールを呼び込むように大きく後ろに引いていたバットが動く。

 これまでの二球でストレートに目が慣れたのか、始動のタイミングも完璧に合っている。この時の大地は、ヒットを確信した勝ち誇ったような表情を浮かべていた。

 だが、そのボールは突然、右バッターのインコースへ食い込むような変化を見せる。

 この変化に大地は驚いたのかスイングを止めてしまいボールはいい音を響かせながら、ミットへ収まる。

「ストライクスリー!」

 球審はすかさず三振のコールを告げる。伸哉はこの回を無失点で切り抜けた。




「くぅーーーっ!!」

 手が出なかった悔しさのあまり、バットをギュッと握りしめながら、大地は強くなった元チームメートとの一打席目の対決を振り返った。

「まさか、しょっぱなから投げるとはな。驚いたよ」

 今までなら、初回からは投げることはなかったツーシームを、この回から決め球として使ってきた。

「今までの伸哉ならありえなかった……。いや、その考えに付け込まれたんだ」

 自分の考えの甘さを痛感し、より一層悔しさが込み上げてきた。

「おまけにボールもメチャクチャキレてる。だが、まだ一イニング。まだチャンスはある。次の打席は絶対に捉えてやるさ」

 ベンチメンバーからグラブを受け取りながら、大地で呟いた。




「ありがとうございます。先輩」

 幸長がベンチに戻ってきたのを見た伸哉は、深く頭を下げた。

「ありがとうございますって、僕は当然のプレーをしたまでだけど」

 声を掛けられたのが嬉しかったのか、幸長はドヤ顔で答えた。

「いや、あんなことになったので、てっきりわざと取らないかと心配してたのでつい……」

「心外だな。条件は僕達がパーフェクトなプレーをした上での完封だ。その辺を間違いないでくれ。まあこれなら、クリアがずいぶんと楽になりそうだけどね」

 幸長は爽やかにカッコつけながら、バッターボックスへと向かって行った。

「なんでだろう? あんなにナルシストな言動なのに全然ムカッとこないのは」

「不思議だよなー」

ベンチで迎える涼紀もさりげなく同意した。
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