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練習試合編
元投手の過去
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練習後の夜道。
「ふう、久しぶりに疲れっちゃた。ベリータイアードだね」
と、言いながらも幸長は優雅に自転車を漕ぎながら、夜の道をひとり寂しく帰っていた。
「さてと。サタデーがいよいよ練習試合か。久々にセンターが出来る。華麗で美しい僕の美技を沢山みんなに見せられるのかあ。ベリージョイだ」
期待に胸を膨らませながら、途中に寄ったコンビニで買った、少し高めの梅おにぎりを少しずつ食べはじめた。
幸長は中学校時代、ボーイズリーグーー中学の硬式野球リーグーーで野球をしていた。
高い身体能力と、圧倒的な野球センスでチームに入ってすぐにレギュラーになった。
その後も手を抜くことなく努力に努力を重ね、着々と成績を残し、二年の秋にはボーイズリーグで幸長を知らない者はいない、というくらいなまでに有名な外野手に成長していた。
当然その活躍は高校のスカウトの目は幸長の元に集まった。
大会や練習試合には常に十人以上のスカウトが来て、データをとっていた。その中でも熱心な高校は、試合後にパンフレットなどの資料を幸長に渡していった。
その後も成績を残し続け、幸長の噂はアマチュア野球界全体にまで広がっていた。
そうして三年の秋には、北は北海道、南は沖縄にある数々の名だたる名門校から、推薦や特待生の話が来ていた。
幸長にとってそれは嬉しいことに違いはなかった。
だが、同時に自分自身をより磨くためにはどこに進むべきなのか。一ヶ月近く悩んだ。そして選んだのがこの明林高校だった。
野球界では当然実績のない名もない無名の公立高。もちろん推薦というものは無かったが、あえて苦しい環境に身を置くことが、自分のためになると判断したのだった。
こうして、数多くの推薦を全て断って明林高校に来たのだった。
入部当初は、中学時代の頃との野球部のレベルの差に戸惑い少しだけ、不安を覚えることもあった。
そんな中、自分ほどのセンスはないが、中々いい動きをしていた同級生の彰久を見つけた。
幸長は彰久とコミュニケーションを取りつつ、自分の持っている技術を教え、入部した次の週には、お互いがチームの主力選手になっていた。
レギュラーの座を掴んで以降も、そこからの努力を惜しむことなく楽しみながら毎日野球に没頭していた。
そこまではそこそこ順調だった。だが、歯車が狂い始めたのは夏の事だった。
ある日、その当時の監督から練習後に呼び出され、ポジションを投手に転向することだけを伝えられた。
当然幸長が納得するはずはなかった。外野手として通用しなくなったのならばわかる。しかし、未だにチームの不動のセンターとして活躍していてのスイッチだったからだ。
その事で監督に抗議をしたが、
「お前のセンスを買っとるんだ。文句言うな」
と言って突き返すだけだった。
その日から慣れない投手の練習をひたすらやらされる毎日。その頃から野球をする事が辛くなってきた。イヤイヤながらも練習をはじめて一月で、様々な投球術や変化球を覚えることができた。
監督はその球を見る度に、
「やっぱり投手にして良かった」
と言って満足していた。一方の幸長は全然満足出来なかった。
どんなに腕を振っても、自分の思った以上に変化も、ノビも、キレもない死んだ球だった。どんなに練習を重ねても、思った通りに投げられない。そんな大きな不安を抱えたまま、秋の大会を迎えることになった。
「よっしゃーっ! もう一点!!」
スコアボードに一点、また一点と数字が刻まれていく。最初の四イニングまでは完璧に抑えていた。けれど、五回にすべてのリズムが狂った。
一人目をフォアボールで塁に出した次の打者。
バットの芯を外した弱い当たりを飛ばさせるが、味方のエラーであっさり一点が入った。そこからは一人での炎上劇になった。
コントロールが大きく乱れ球威も大きく落ちた。そんなボールで、勢いに乗った打線を抑えるのは困難な話だった。
それは監督にも分かっていたようだが、チームにまともに投げられる投手は幸長しかいない。
ただバッティングマシーンのように、打たれ続けるしかなかった。
結局、五回を投げて十二失点という、あまりにも悲惨な結果で秋は終わった。
それ以降も投手をさせられ投げる試合ではいつも、味方のエラー絡みでの大量失点で晒し者にされ、ついに心が折れた。
なんの為にこの高校を選んだのか。
その意味がわからなくなってきた。
そんな時に現れたのが伸哉だった。伸哉の投球を一度も見たことは無かったが、その凄さはボーイズリーグのチームにも噂される程だった。
噂が本当かどうかを疑っていたが、テストでその球を初めて見たとき、それは本当だと確信できた。
そして、彼ならこのチームを引っ張ってくれるはずだと心の中では確信していた。
だが、表に出て来た感情は憎悪と投手をしていたという、変なプライドだった。
嫌なポジションだった。それなのに、いざこのような状況に追い込まれると、何かを奪われた気分になった。
だから、伸哉に無茶な条件を押し付けてしまった。今更この要求を取り下げるわけにもいかない。
達成できなければ伸哉というダイヤの原石を奪ってしまい、逆に達成されたら自分の顔が立たない。どうすることも出来ないのだ。
「リタイアしようか。一度。ディスタンスを取ることも、大事だからね」
幸長は、久良目商業との練習試合後に一度部を離れる意志を固めた。
「ふう、久しぶりに疲れっちゃた。ベリータイアードだね」
と、言いながらも幸長は優雅に自転車を漕ぎながら、夜の道をひとり寂しく帰っていた。
「さてと。サタデーがいよいよ練習試合か。久々にセンターが出来る。華麗で美しい僕の美技を沢山みんなに見せられるのかあ。ベリージョイだ」
期待に胸を膨らませながら、途中に寄ったコンビニで買った、少し高めの梅おにぎりを少しずつ食べはじめた。
幸長は中学校時代、ボーイズリーグーー中学の硬式野球リーグーーで野球をしていた。
高い身体能力と、圧倒的な野球センスでチームに入ってすぐにレギュラーになった。
その後も手を抜くことなく努力に努力を重ね、着々と成績を残し、二年の秋にはボーイズリーグで幸長を知らない者はいない、というくらいなまでに有名な外野手に成長していた。
当然その活躍は高校のスカウトの目は幸長の元に集まった。
大会や練習試合には常に十人以上のスカウトが来て、データをとっていた。その中でも熱心な高校は、試合後にパンフレットなどの資料を幸長に渡していった。
その後も成績を残し続け、幸長の噂はアマチュア野球界全体にまで広がっていた。
そうして三年の秋には、北は北海道、南は沖縄にある数々の名だたる名門校から、推薦や特待生の話が来ていた。
幸長にとってそれは嬉しいことに違いはなかった。
だが、同時に自分自身をより磨くためにはどこに進むべきなのか。一ヶ月近く悩んだ。そして選んだのがこの明林高校だった。
野球界では当然実績のない名もない無名の公立高。もちろん推薦というものは無かったが、あえて苦しい環境に身を置くことが、自分のためになると判断したのだった。
こうして、数多くの推薦を全て断って明林高校に来たのだった。
入部当初は、中学時代の頃との野球部のレベルの差に戸惑い少しだけ、不安を覚えることもあった。
そんな中、自分ほどのセンスはないが、中々いい動きをしていた同級生の彰久を見つけた。
幸長は彰久とコミュニケーションを取りつつ、自分の持っている技術を教え、入部した次の週には、お互いがチームの主力選手になっていた。
レギュラーの座を掴んで以降も、そこからの努力を惜しむことなく楽しみながら毎日野球に没頭していた。
そこまではそこそこ順調だった。だが、歯車が狂い始めたのは夏の事だった。
ある日、その当時の監督から練習後に呼び出され、ポジションを投手に転向することだけを伝えられた。
当然幸長が納得するはずはなかった。外野手として通用しなくなったのならばわかる。しかし、未だにチームの不動のセンターとして活躍していてのスイッチだったからだ。
その事で監督に抗議をしたが、
「お前のセンスを買っとるんだ。文句言うな」
と言って突き返すだけだった。
その日から慣れない投手の練習をひたすらやらされる毎日。その頃から野球をする事が辛くなってきた。イヤイヤながらも練習をはじめて一月で、様々な投球術や変化球を覚えることができた。
監督はその球を見る度に、
「やっぱり投手にして良かった」
と言って満足していた。一方の幸長は全然満足出来なかった。
どんなに腕を振っても、自分の思った以上に変化も、ノビも、キレもない死んだ球だった。どんなに練習を重ねても、思った通りに投げられない。そんな大きな不安を抱えたまま、秋の大会を迎えることになった。
「よっしゃーっ! もう一点!!」
スコアボードに一点、また一点と数字が刻まれていく。最初の四イニングまでは完璧に抑えていた。けれど、五回にすべてのリズムが狂った。
一人目をフォアボールで塁に出した次の打者。
バットの芯を外した弱い当たりを飛ばさせるが、味方のエラーであっさり一点が入った。そこからは一人での炎上劇になった。
コントロールが大きく乱れ球威も大きく落ちた。そんなボールで、勢いに乗った打線を抑えるのは困難な話だった。
それは監督にも分かっていたようだが、チームにまともに投げられる投手は幸長しかいない。
ただバッティングマシーンのように、打たれ続けるしかなかった。
結局、五回を投げて十二失点という、あまりにも悲惨な結果で秋は終わった。
それ以降も投手をさせられ投げる試合ではいつも、味方のエラー絡みでの大量失点で晒し者にされ、ついに心が折れた。
なんの為にこの高校を選んだのか。
その意味がわからなくなってきた。
そんな時に現れたのが伸哉だった。伸哉の投球を一度も見たことは無かったが、その凄さはボーイズリーグのチームにも噂される程だった。
噂が本当かどうかを疑っていたが、テストでその球を初めて見たとき、それは本当だと確信できた。
そして、彼ならこのチームを引っ張ってくれるはずだと心の中では確信していた。
だが、表に出て来た感情は憎悪と投手をしていたという、変なプライドだった。
嫌なポジションだった。それなのに、いざこのような状況に追い込まれると、何かを奪われた気分になった。
だから、伸哉に無茶な条件を押し付けてしまった。今更この要求を取り下げるわけにもいかない。
達成できなければ伸哉というダイヤの原石を奪ってしまい、逆に達成されたら自分の顔が立たない。どうすることも出来ないのだ。
「リタイアしようか。一度。ディスタンスを取ることも、大事だからね」
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