声に惹かれて

丘多主記

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それは色を取り戻す声だった

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 子供の頃だったと思う。お母さんが僕に言ったんだ。恋は二度目からがいいって。その時は意味がわからなかった。と言うより、恋というものを何か理解していなかったと思う。

 ただ、今ならその意味はわかるかもしれない。と言うより、そうであって欲しいと願いたい。そう考えている理由は実にシンプル。2ヶ月前に彼女に振られたからだ。振られた理由はあなたより好きな人が出来たと言うシンプルに悲しい理由だ。

 そんなわけで、今は絶賛彼女募集中と言うわけだ。それで、今日は合コンに行ってたのだが……

響介きょうすけお前緊張しすぎ! カミカミだしイミフだし何やってんだよ!」

泰輔にそう言われて背中をバシっと軽く叩かれる。泰輔は金髪のイケイケ系の高身長男子。今日の合コンを企画してくれた一人だ。

 そしてもう一人。主催してくれた茶髪のイケメンイケボのみやびが今泰輔の左隣にいるのだが、雅も呆れた顔をしている。僕がアハハと苦笑いすると、雅は軽くため息を吐いた。

「泰輔の言う通りだぞ。折角俺らがアシストしたのに、全然喋れないはちょっとなあ……。彼女に振られたと聞いて、響介に新しい出会いがあってくれるといいなって思って開いたんだぞ」

 雅にも苦言を呈された。二人に言われた言葉は本当にその通りだ。僕の為に今回の合コンは開かれた。二人とも彼女が居るのに、その彼女に事情を説明して謝ってまで開いてくれたのだ。集めてきた女の子も相当レベルが高くて、性格も優しい人ばかりだった。各大学を回って頭を下げて集めて来たらしい。それだけに留まらず、自分が喋りやすい様に自分の趣味の音楽の話を中心にしてくれた。

 本当に自分の事を考えてくれたんだと分かっていた。分かっていた。なのに、僕は雰囲気に呑まれて全く喋れなかった。喋っても言葉に詰まるし、何言ってるのか意味不明な事ばかり喋っていた。背中を叩かれるのも、苦言を呈されたのも当然の話だ。折角のいいチャンスだったのに、友人の手厚いサポートもあったのにそれに応えられなかった。後は入れるだけのシュートを盛大にポストの外に打ってしまった選手の様なそんな気分だ。恥ずかしくて堪らない。本当に情けない。こんなに自分はダメな奴だったんだと、絶望するしかなかった。

 そんな落ち込んで背中を丸めてとぼとぼと歩いている自分を見てか、泰輔は僕の肩を組んでくれた。

「つっても、もう終わった事は取り返せねえ。次も開いてやっから、そん時にちゃんとゴール決めてくれよ!」

「すぐには出来ないけど、1ヶ月以内には必ずやるからその時はちゃんとやってくれ。わかったね?」

 泰輔と雅はそう言って僕を励ましてくれる。その優しさが、今の僕には沁みた。

「ホント……ごめん……ありがとう」

 僕は泣きながら謝罪と感謝のセリフを二人に向けた。

 それから1時間くらい別の居酒屋で二人に励まして貰った。本当に出来すぎた友人を持てて僕は幸せ者なんだろうと思う。感謝しないといけない。

 店を出た後二人は彼女のところに行くと言って、電車で帰っていった。僕は改札口まで見送って、そこから繁華街の方へとまた戻っていった。今の時間は夜の10時12分。もう一軒行くか、カラオケに行こうかなあ。けど今日は週末だから人混んでそうだなあ。さっきの居酒屋がたまたま空いてただけで、他は空いてないだろうなあ。じゃあ何をしようか。そう思い悩んでいた。

 一人で悩んでいると、嫌な記憶が蘇ってくる。元カノに振られた記憶だ。僕は誰かにとっていい人でありたかった。それがその時は元カノだった。いい人である為に、彼女の言うことは何でも聞いた。彼女がお気に召さない物は捨ててきたし、好きな物は何でも揃えようと努力した。実際8割くらいは揃えられたんじゃないかな。元カノもそれは喜んでくれていたはずだ。

 けど振られた。尽くしてきた自分より好きな人が出来たと言う理由で。じゃあ自分がやってきたことは一体何だったんだろう。何がいけなかったんだろうか。何が悪かったんだろうか。悪い所があるならどんなことでも直したのに……。でも、それは最後まで言われなかった。無駄だとでも思われたんだろうか。そうだろう。きっとそうに違いない。じゃあ、今までの自分はきっと無駄な事をしてきたんだろう。そう考えると元カノとのことが全部虚無に思えてきた。

 ダメだ。一人だとこんな感じで考え込んで楽しめない。僕も、もう帰ってしまおうか。そう思っていた時だった。

 歌が聴こえてきた。それはとても力強く、希望に満ちているような女性の歌声。耳に入っても全然不快感はなく、モヤモヤとか暗い感情を吹き飛ばしてくれそうな、そんな声だ。

 その声に導かれるように、歩いていく。そうすると、シャッターの閉まった店の前で歌う女性が居た。スピーカーはあるけど楽器はないから、録音した音源に合わせて歌っているのだろう。見た感じ身長はそんなに高くない。150はなさそうだ。黒髪で体も細身で色白でか弱そうに見える。とてもそんな声が出せそうに思えない。でも、その声の主は彼女で間違いない。てっきりガタイの良さそうな人だと思っていたから、不思議な感覚に襲われていた。

 やがて、一曲を歌い終わったのか。スピーカーを操作し始めた。僕は堪らず拍手を送っていた。

 それに驚いたのか、彼女は少しビクッと体を上下に動かした。ただ驚いたのはほんの一瞬で、その後はすぐに笑顔になっていた。僕と彼女はお互いを見つめ合う形になる。やがて彼女は口を開いた。

「聴いてくれてありがとう。私は歌藤かとうディーヴァ。最近この活動を始めたばかりなの。でもお客さん誰もいなくてね……立ち止まって聴いてくれたのはあなたが初めてよ」

 ディーヴァは軽く笑う。信じられない。こんな素晴らしい歌声を持っているのに、誰も聴いてかないなんて。世の中の人はセンスないんじゃないか。僕はそう思った。

「とんでもなく上手かったっすよ! これならいくらでも聴いていたいっす」

「そう言ってくれると嬉しいわ。じゃあ、もう一曲。これもオリジナルなんだけど聴いて欲しいな」

 そう言って、彼女は歌い出した。僕は目を閉じて彼女の歌声を聴いた。

 確かに、彼女の歌声は素晴らしい。発声がとても良く出来ている。喉の開きとか共鳴がよく出来ている。故にあれだけいい声になるのだろう。だけど、曲は微妙だ。聴いた感じ独特と言うか、全然使われていないコードが使われている。別にそれはそれで問題はないんだけど、あくまで不自然でないならと言う場合に限る。この流れは明らかに不自然だ。だから、普通の人が聴いたらイマイチに聴こえるのかもしれない。逆にそこを直せばもっと注目されるかもしれない。僕はそう思った。

「どうだったかな?」

 歌い終わった彼女は僕を見ていた。

「えっと、歌声は本当に素晴らしいんですけど、曲の構成自体変えた方がいいかもしれません。例えばAメロなんですけど――」

 僕は思った事を彼女にありのまま話した。突然そう言う事を言うもんだから、ディーヴァは何を言い出すんだコイツみたいな目をしていた。けど、しばらくしたら何か納得したのか、楽譜を取り出し僕に添削を依頼してきた。僕は思いついたコードとかメロディーラインを書いてみた。もちろん、ディーヴァの意見も聞きながら。1時間くらいして、ようやく話がまとまり、添削は終わった。

「ありがとう。凄く参考になったわ! こんな意見くれる人中々居ないから、助かったわ」

 ディーヴァはとても喜んでいるようだ。力になれたのなら嬉しいもんだ。

「いや、ディーヴァさんはもっと上に行くべき人っすから。いい曲歌っていけば絶対売れるっすよ」

「そう言われるととても嬉しいわ。じゃあ、今日はこの辺で終わるわ。ありがとうね」

 ディーヴァはスピーカーを片付けて、街の片隅へと消えていった。

 いい時間だったなあ。僕は心の底からそう思っていた。そういえば、連絡先交換してなかったや。じゃあこれっきりかなぁ……。いや。明日もここに来れば会えるかもしれない。明日も会えるかなあ。会えればいいな。僕はそう思いながら、そこを後にした。




 これが世間で後に“恋の歌姫”と呼ばれる彼女と作曲・編曲家として“ヒットメイカー”と呼ばれることになる僕の出会いの話だ。
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みんなの感想(1件)

ろうでい
2024.03.05 ろうでい
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