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3-3.調べ物、創薬と治験

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 歓迎の食事を終えた後、ミラは国立の図書館に向かうことにした。
 リリカはそこに案内してくれるらしく、一緒に屋敷を出る。
 シルクはお留守番だ。王都では野獣狩りが認められているから、一時いっときも目が離せないとのことだから、連れていけない。

 フローラは怪しまれないように、後でこっそり屋敷を抜け出すらしく、夜には王城で合流するのことだった。


 ミラは王都の貴族街の道を隣のリリカから案内を受けて歩いた。
 しばらくして、そこを抜けると大通りに差し掛かかる。
 王都はミラが先日までいた街とは全然違った。馬車とはまた見え方が違うことに気付いたのだ。
 単純に人口が多く、貴族や多くの平民が道を歩いていることだろう。
 周囲をキョロキョロ見回すミラをリリカが注意した。
 
「あまり周囲を見回さないようにして? 憲兵に捕まるし、周囲も田舎者としてスリや恐喝される危険もある。何より、女性を狙って路地裏に連れ込まれることもあるから」

「わかりました」

 ミラは真剣に頷いて、できるだけ目の端で周囲を見回した。
 どうやら、ミラは思った以上にそわそわしていて、挙動不審に見えたらしい。
 王都の常識や治安も初めて知った。

「それから最近はいろいろな詐欺が流行っていて、もし1人で行動することがあったら注意して。それと、スラム街の方には近づかないこと」

「王都って意外と治安が悪いんですね」

「多くの人が集まる場所だからね。国は犯罪対策はしているようだけど、追いついていないみたい」

「そうなんですか……」

 ミラはリリカに案内をしてもらって正解だと思った。
 十数分くらい歩いたところで、大きな建物が見えてきた。

「あれが国立の図書館だね」

 リリカが人指し指を向けて言った。

「かなり大きいですね」

 中に入る時は、厳重な柵にそって歩き、入り口の門から入る。
 受付のような場所で金貨を1枚ずつ払った。

 建物の中に入り、リリカは国立の図書館内を案内する。

 ジャンルごとに大雑把に区切られており、本が並んでいた。
 ミラは図書館の中でレクチャーを受けて、そこで別れる。
 リリカは、そこで試験結果を王都のギルドに報告に戻るらしい。

 そこからは、1人で本を探すミラ。

 フローラの話を聞いて、リリカがシャンプマーニュ家でどういう立場にいるにしろ、あの症状は治してあげたいところがミラの正直な気持ちだ。

 そこでリリカの問題は、主に心や精神が原因で、そこに解決策はないかと探した。
 しかし、王都に集まる文献でも、それらしき解決策は見当たらなかった。

 あるのは、どれも個人の随筆や大作家の書いたと見られる棚を埋め尽くす物語の小説くらいだ。個人の心理を描く本は、体験や経験を書くにとどまっていて、治療のためのジャンルに見当たらないようだ。

「やっぱり、そうなるわよね……」

 治療といえば、ポーションや外用薬だ。
 心を治療する方法は書かれていなかった。


 次に、薬師に公開されている限定エリアに向かった。
 そこでもやはり、ミラが知っている以上のことはなかった。他の文献はたくさんあるのに、精神面の薬となると眠らせるための薬や混乱毒の解毒方法しかない。

 基本的に心や精神は個人の問題で、細かい症状を治す薬はなく、調合方法もないようだ。

「この国にある既存の知識ではダメってことかしら?」

 ミラは薬師だからこそ、薬で治す方法も選択肢に入れて考える必要がある。
 見つかったのは、創薬という新しい薬が作れることを知ったくらいだ。

(薬は新たに作れるのね……。たしかに、元となる薬は誰かが考え出したものよね?)

 創薬をするといっても、情報がゼロ0では時間がかかりすぎる気がした。

 そこで、海外の資料がないか、図書館の受付に尋ねる。
 
「あの、薬師のものですけど、薬草治療について、外国の文献はありませんか?」

 メリエラの師匠が残して工房で見つけた資料のように、外国にはまだ眠っている知識があるはずだ。
 それを読めればなにかわかるかも知れない。

「外国の文献ですか? 薬師の専門文献の多くは薬師を管轄するギルドが一部を独占していますので、そちらに行かれたほうがよろしいかと」

「わかりました……」

 国立の図書館を出て、今度はリリカが向かったギルドにミラも向かうことにした。


***



 場所は図書館に近かったおかげで迷わずにたどり着けた。
 受付のあたりをミラは見回す。

「いないわね……」

 すでにリリカはいないらしく、姿は見えなかった。

 受付にギルド証を見せて、書庫を見せてもらった。
 ミラは書庫の中を歩き回り、街のギルドよりも文献が多い事に気づいた。

 外国の文献もあるが、埃を被っている。
 普段読まれていない証拠だ。

 なかには昔の文献もある。だから読めない人も多いのだろう。
 ただでさえ外国の文献は、読める人が限られているのだ。昔に書かれた古代の外国語ともなれば読めるものは皆無である。

 ミラは、新しいものから順に読んでいく。当たり前のように現代の外国語を読みこなした。
 文献を読み進めるが成果はなかった。
 いくら外国とはいえ、薬の知識がこの国と一致している部分も多い。細かい調合が違うだけのようだ。
 そこで、古い文献にも当たる。
 ここから古代語で読解が難しくなるはずだが、ミラは意にも介さなかった。

 そして、見つけた一文がこれだ。

「精神治療における薬の調合?」

 研究が途中で途絶えてしまったのか、現代の薬の調合方法とは考え方が違った。

 さらに読みすすめると、精神・心理ケアと指定の薬草で調合した薬を飲ませることで、特定の精神症状に効果があることを確認した、とのことだ。

「そういうこと、だったのね」

 どうやら、混乱や睡眠を治すための薬の調合に手を加えて、別の薬草を混ぜた薬を生み出していた。
 作り方は今とは違うとはいえ、理屈と材料がわかればミラでも調合ができる。

 創薬方法のイメージを掴み、さらには、治療の可能性がある薬草や調合方法を知ることができた。

(それから……薬だけではダメで、心のケアも同時に必要? ということだけど、この方法の通りにすればいいのかしら? ちょっと原始的だけど、必要なのか疑問だわ)

 ミラには、治療がなぜ薬だけではダメなのか知っているつもりだが、心にも効く薬があるのなら「薬だけでよいのではないの?」と疑問を口にした。
 それともこの薬だけではやっぱり治せないのか、と少し不安になる。

 とりあえず、治療の方針を決めて、調合器具のあるリリカの屋敷へと戻ることにした。

「そういえば、リリカさんはどこへ?」

 屋敷にでも戻ったのかと、来た道を帰るのだった。


***


 ミラが屋敷に戻った後、薬の調合を準備した。

 今の材料でできたのは2つのポーションだ。
 1つは、精神的な興奮を抑える薬、もう1つが気分を高揚させる薬だった。

 書いてあった薬を参考に、ミラが少し手を加えてある。それは毒ポーションの応用で、健常者が飲んでも大丈夫なように、薬の量の微調整をしたことだ。

 もし普通の人が飲んでも大丈夫だ。眠たくなったりいつもより元気になったりするだけである。

「できたけど……いきなり飲ませても良いものなのかしら? いえ、安全確認はしないとだわ」

 ミラは文献にあった治験による薬の試飲が必要になる事も知っていた。
 だが、リリカと同じ症状の人間をあまり周囲で見たことがなかったのだ。誰か承諾してくれる同じ症状の人はいないかと思案するが、そんな都合の良い人が近くにいるわけもないだろう。

 通常は、ギルド申請して、治験者を集めるのだが、ミラの薬では症状が限定的で見つかる保証がなかった。こういうときは、症状への薬効ではなく、安全性のみの確認となる。

 ミラは自分の体で安全性だけ試すことにした。
 症状がピンポイントの薬は、『患者への投薬前の段階で、効果を試せないことがある』と書いてあったからだ。
 
「味は……抑える薬の方は苦いわね。高揚する薬は甘いかしら?」

 ミラは自分の体に異常がないことを確認した。
 服を脱いで、下着姿になる。
 そこで、肌色を確認する。発疹がないかも確認した。
 急激な反応があれば肌にも出るからだ。

 とはいえ、ミラは一般の健常者と同じ体かといえば違って、本人はそれをあまり理解していない。
 自分の確認だけで安全確認を終えてしまった。

 抑える薬はミラに少しだけ眠気をもたらし、高揚する薬は少しだけ気分が明るくなった。

「薬効が弱いかしら? 本当なら眠ってしまうはずだけど」

 仕方なく、健常者でも問題ない量のギリギリまで調合量を増やし、少しだけ薬効を強めることにした。
 ミラはその2種類の薬を手に持って、同じものを何本か作り始める。
 
「あ、これ緊張したときに使うといいかも知れないわ」

 すでに作ってしまった弱いほうの薬の何本かは、ミラが後で飲むことにした。



***


 ビンを革鞄に入れて、屋敷の1階に下りると、リリカが帰ってきた姿が見える。

「おかえりなさい……って、私がいうのも変かもしれませんけど」

「あれ? ミラはどこ行ってたの?」

 リリカはミラがすでに屋敷にいることに少しだけ驚いていた。

「私はあの後すぐ移動して、ギルドに寄ってからここに帰ってきましたよ? リリカさんは?」

「ギルドの後、図書館によってミラがいなかったから、学院の方に顔を出してた」

「すれ違いだったようですね」

「ところで、その鞄は?」

「あ、これはリリカさんの症状に効くかもしれない薬を作っていたんです」

「え、私の?」

「はい」

 リリカはなぜか嬉しそうだった。
 
「この後、出かけるんですけど、また夜に帰ってきますね?」

「うん、その予定だったもんね。晩御飯はいらないんだっけ?」

「はい」

 その後、薬の話を少しして、王城に向かう。

 屋敷から少し離れたところには、迎えが来ていた。
 王家の馬車が止まっており、使用人らしき人物に呼び止められる。
 そうしてミラはその馬車に乗るのだった。

 ついに、この国の王妃と対面することになる。
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