上 下
43 / 54

2-17.5 不審な依頼、次代聖女とシャンプマーニュ家

しおりを挟む
 王城の一室、夕食を囲んでいるのは王族のなかでも現国王に連なる者たちだ。
 王妃のマーガレット、長女のエリス、次女のフローラ、三女のフレドリカ。王族の男は今日いるレオだけ。それとS級冒険者のセファエルが王妃より上座に座っていた。

 唐突に、話題を提供したのは母親のマーガレットだった。

「セファエル、あの依頼の件、聞いている?」
「ああ、聞いた」
「あれ、どう見ても怪しいでしょ?」
「あれは……怪しいな」
 
 話の脈絡がわからないフローラが聞いた。

「何の話ですか?」

「セファエルに冒険者の直接指名依頼が来ていたのよ」

 フローラは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「……ありえないですね。どこのお馬鹿でしょうか?」

 セファエルはS級だ。
 指名依頼を出せるのは王家か、莫大な金を積むしか無い。
 しかし、そもそもセファエルはそういう依頼を断れる特殊な立場にいる。

「かなりの金を積んでいるそうよ。だから、断れるけど、王家としては受けさせると見越したのでしょうね。しかも王都からしばらくの間離れるような依頼よ」

「そこまでして、王都から彼を排除したい何者かですか? それって……」
「もう言わなくてもわかるわよね。あの家よ……」
「バイレンス家」

 長女と三女だけは、話がよくわからずにずっと疑問の表情を浮かべていた。

 フローラはそこで、そもそもの疑問を取り上げた。

「なぜお母様は、バイレンス家の処分を保留にしているのでしょうか? ミラさんが生きているなら、証人になりますし、処分できるのでは?」
「それは無理よ。時間をかければ個人を捕まえることは可能だけれど。とはいえ、あなた達は知らないと思うけど、王国内で旧家の家を潰す最終決定権は聖女様のものなのよ。いまはちょうど聖女様が空席になって次代を迎える準備が始まっているわ」
「そうだったんですか! 知りませんでした……」

 次代と呼ぶのは、現職がいないことを周囲に知られないための欺瞞だった。

「当たり前よ。聖女が殺されていたなんて、王族にも簡単には話せないわ」
「……そういうことでしたか」

 フローラは最近の母を見ていて、不自然な言動や行動のすべての理由に気付いた。
 聖女の殺害事件はここ数日の出来事ではない。ミラについて話をした以前にすでに起こっていたのだと、フローラは察した。
 いま話したということは、それが今後バレるような、何か大きなことをしでかすつもりなのだと理解する。

 マーガレットは話を続けた。

「誰が殺したのかは、ミラさんのことを知っている私だから予想はできるけれど、黒幕の真犯人は見つかっていない。その場で刺客も死んでいたみたいだから」

「殺したのはどんな人物だったんですか?」

「黒いフードをかぶった男だったそうよ。まるで何かの教団員のような、怪しい奴だったと」

「……それで教団」

 フローラは母親が教団と冗談めかしていっていたことが、ただの作り話だと思っていた。
 しかし、なぜ急に「教団」という発想が出てきたのか、確かに不自然だった。
 彼女には、その元となる情報源が最初からあったのだ。

「予想外だったのは、街に出向いた時、ミラさんに聖女になる返事をすぐに貰えなかったことよ」

「それは……すみませんでした」

 フローラが謝る。レオも食事の手が止まった。
 勧誘したのは彼だったのに、フローラが先に謝ったからだ。

「いや、俺が原因だ。誘い方が拙かったことは自覚している」

「いえ、レオお兄様は結構頑張っておられましたわ。得意ではないのに。私が上手くフォローできていれば」

 謝罪の応酬が始まった。

 そこで、マーガレットは2人に手で謝罪の応酬を辞めるようにジェスチャーする。

「王都にはいつ来る予定なの?」

 それにフローラが答えた。

「この前、手紙が来て、王都に行く日程が決まったそうです」

「そうなのね? でも宿泊申請は来ていなかったわよ?」

「それがシャンプマーニュ家に泊まるらしいです……残念ながら」

 マーガレットが、フォークの手を初めて止めった。
 真剣な話のときもずっと落ち着いた様子だったのに、初めて動揺を見せていた。

「え……なぜあの家に? よりによってシャンプマーニュ家って……」

「わかりません。試験で仲良くなったとしか書かれていませんでした」

「じゃあ、あなたもあの家に泊まるようにしなさい」

 マーガレットが決定事項としてフローラに言う。
 母親として彼女がここまで強い口調で子供に指示を出すのは初めてだった。
 だが、あの家の性質を考えれば当然だ。

「わかりました……。あの家に親しい者を探してなんとか取り次いでみます。たしか末子はリリカさんというお名前でしたね。あの方は王都の薬師養成学院ではなく、普通の学院に入られていたはずです。他の子供はすでに亡くなっていますし、子供は彼女だけだったはず」
「そういえばそうだったわね。でもなぜかしら? 聖女目指しているはずよね? 普通は薬師の学院に行くわよね」

 マーガレットが疑問を口にした。

「聞いた話では、学院の試験に合格できなかったそうです。本番に弱いのだとか」

「ああ……そういうこと。それでも薬師を目指しているはずよね? 試験も受けたみたいだし」

「そのようですね。シャンプマーニュ家なら。あの家の子供が聖女選考の最終試験に通るとは到底思えないですら。それでも実子も養子も子供に目指させるのは聖女一択ですからね……あの家は」

 フローラは、そこに「たぶん」と付け加えて言った。

「ミラさんが、聖女候補だと知らずに仲良くなったとしか思えないですけれど」

 マーガレットがため息を付いた。

「大丈夫かしら……いえ、あなたがしっかり監視しなさい」

 また懸案事項が増えた。
 フローラは先ほどの話に戻る。

「それで、直接依頼はどうするおつもりなのですか?」
「セファエルがいるから直接手を出してこないのなら、あえて依頼を受けさせるのも良いかも知れないわ。彼が王都から離れたら、きっと王家を狙ってくるでしょうね」

「例の、古の聖女システムですか?」

「そうよ、古い聖女の時代には行われていた生贄儀式をしたいのでしょうね。王家の授権が行える唯一の方法だもの。その時だけは、授権する本人がいないといけないから、当主が来るはず。現行犯なら、聖女の許可がなくても当主の処刑はできるもの。ミラさんの兄と姉も連帯責任で捕まえられるし、家は潰せなくても、実質的な取り潰しに近いわ」

「セファエルの代わりは誰が?」

「そこなのよね……。でもなんとなくすでに当たりはつけているから心配しないで。武勲で名を挙げた新しい家だけど、信頼はあるから」
「お母様がそう言うなら、防衛戦力として十分なのでしょう」

 そうして話が終わり、家族の団らんに戻っていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。

亜綺羅もも
ファンタジー
旧題:「デブは出て行け!」と追放されたので、チートスキル【マイホーム】で異世界生活を満喫します。今更戻って来いと言われても旦那が許してくれません! いきなり異世界に召喚された江藤里奈(18)。 突然のことに戸惑っていたが、彼女と一緒に召喚された結城姫奈の顔を見て愕然とする。 里奈は姫奈にイジメられて引きこもりをしていたのだ。 そんな二人と同じく召喚された下柳勝也。 三人はメロディア国王から魔族王を倒してほしいと相談される。 だがその話し合いの最中、里奈のことをとことんまでバカにする姫奈。 とうとう周囲の人間も里奈のことをバカにし始め、極めつけには彼女のスキルが【マイホーム】という名前だったことで完全に見下されるのであった。 いたたまれなくなった里奈はその場を飛び出し、目的もなく町の外を歩く。 町の住人が近寄ってはいけないという崖があり、里奈はそこに行きついた時、不意に落下してしまう。 落下した先には邪龍ヴォイドドラゴンがおり、彼は里奈のことを助けてくれる。 そこからどうするか迷っていた里奈は、スキルである【マイホーム】を使用してみることにした。 すると【マイホーム】にはとんでもない能力が秘められていることが判明し、彼女の人生が大きく変化していくのであった。 ヴォイドドラゴンは里奈からイドというあだ名をつけられ彼女と一緒に生活をし、そして里奈の旦那となる。 姫奈は冒険に出るも、自身の力を過信しすぎて大ピンチに陥っていた。 そんなある日、現在の里奈の話を聞いた姫奈は、彼女のもとに押しかけるのであった…… これは里奈がイドとのんびり幸せに暮らしていく、そんな物語。 ※ざまぁまで時間かかります。 ファンタジー部門ランキング一位 HOTランキング 一位 総合ランキング一位 ありがとうございます!

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

婚約破棄をされた悪役令嬢は、すべてを見捨てることにした

アルト
ファンタジー
今から七年前。 婚約者である王太子の都合により、ありもしない罪を着せられ、国外追放に処された一人の令嬢がいた。偽りの悪業の経歴を押し付けられ、人里に彼女の居場所はどこにもなかった。 そして彼女は、『魔の森』と呼ばれる魔窟へと足を踏み入れる。 そして現在。 『魔の森』に住まうとある女性を訪ねてとある集団が彼女の勧誘にと向かっていた。 彼らの正体は女神からの神託を受け、結成された魔王討伐パーティー。神託により指名された最後の一人の勧誘にと足を運んでいたのだが——。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

処理中です...